國葬

今日は故安倍晉三元内閣總理大臣の國葬でした。

私は政治的には保守系なので、安倍氏には第一次政權前から期待して來た人閒の一人です。其れが例の暗殺事件を切掛けに自民黨と舊統一敎會との癒著が表面化し、安倍氏を含め保守系の政治家に對する社會の信賴が搖らいでゐます。自民黨とCIA、勝共聯合、舊統一敎會との關係は、表立って言はれることは稀でしたが豫てより指摘されて來たことであって、今更の感を禁じ得ません。昭和の時代に問題視すべきであったことが最近になって發覺したかのやうに取り上げられてゐるだけであり、國民は皆、何者かに踊らされてゐるのです。

あるかないか知りませんが、陰謀論業界では安倍氏を地底政府の手先として、半島李氏の血筋として論ひ、事もあらうに極左系情報媒體の言說まで引用して難ずる者もゐます。其の中に何程かの事實が含まれてゐる可能性も否定はしませんが、今は判斷を留保するのが適當かと思ってゐます。但だ、地底政府が國際金融資本や全球主義企業を從へて國家の上位に立ち世界を支配して來たと云ふ、此れまでの壓倒的な金字塔構造の現實下にあって、安倍氏以外であれば日本がもっと良い國や社會であり得たかに就いては、よくよく再檢證してみる必要があると思ひます。左派全體に言へることですが「◯◯でさへなれば」と云ふ代替案なき素樸な理窟が幅を利かせ、モリカケサクラで無用な歲月を費やし「アベ政治を許さない」「I’m not Abe」と云った空疎な標語を揭げて公共の言論空閒を汚し、小人の滿足に甘んじてきました。舊統一敎會のことに就いて當時、問題提起の一つでもした人閒が左派に何れだけゐたでせうか。先の參議院選擧で緊急事態條項の加憲に危機感を懷いた人々の一部が、一應は護憲派だからと野黨への投票を呼び掛けてゐましたが、既存の價値觀が崩潰し轉換する時節には、より害のある價値觀が人々の心に忍び込み易いものです。陰謀論者呼ばゝりされてゐる人々も、努々氣を附けなければなりません。

安倍氏に就いては、本人は既に數年前に亡くなってゐて今囘の兇彈で斃れたやうに見せてゐたのは護謨人閒或いは複製人閒であった、と云った都市傳說めいた考察も流布してゐますが、其の虛實はともあれ「安倍晉三」と云ふ役者が現世の舞臺から永遠に引退してしまったことは紛れもない事實であって、安倍氏の御冥福をお祈りしたいと思ひます。

國葬の是非について、經費の出所、法令の根據、弔意の强制と云った觀點から種々論じられてゐますが、餘り關心が涌いて來ません。コ◇ナ騷動の諸問題に比較すれば、些事であるからです。

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