マイコの場合⑪

普段は夕方まで寝ているママが、私が帰ったらもう起きていた。珍しく機嫌がいい。そして私に好きな人はいるのか、と聞いた。ママとまともに話をするのは本当に久しぶりだった。何年か前だったらきっと嬉しかったんだと思うんだけど、もう遅いよ。私は「いない」とだけ答えた。そしたらママは嬉しそうに、いい人を紹介してあげると言った。

ママの知り合いのフィリピン人の男性で22歳。フィリピンにいるからあとでビデオコールをしようと言われた。私はめんどうくさかったので、返事をしなかった。それでもママはお構いなくビデオコールを始めた。そして私に、相手の男性と話をするように言われた。

ママのこういうデリカシーのなさにうんざりする。私はもうすぐ17歳だけど、今まで恋愛と呼べることをしたことはない。でもママがとやかく言う話ではない。そもそも、こんな風に無邪気に恋愛ができないのは、ママのせいではないか。

それでもここで抵抗するとママは絶対にキレるだろうし、相手にも失礼だからママのところに行った。画面の向こうには、色の白いぽっちゃりとしてサイドをきっちり刈り込んだ髪型の男性がニコニコして自己紹介をしてきた。ママ以外の人とタガログ語を話すのは久しぶりだった。

彼はマイケルと名乗った。エンジニアになるために大学に通っていると言った。エンジニアになって日本で働きたいとも言った。私の知っているフィリピンにいるほとんどの人は、日本で働きたいと言う。フィリピンは給料も安いし、十分な生活もできない、とみんな同じことを言う。そして私の給料を聞いて羨ましがる。でも私の給料はほとんどママに渡しているし、私の渡したお金をママがどうやって使っているのかも知らない。そして何より、幸せな暮らしなんてしていない。だからなぜそんなに私を羨ましいと思うのかが理解できない。

マイケルはよくしゃべった。私は適当に相槌を打っているだけだったので楽でよかったけど、マイケルの話したことはほとんど興味はなかった。それでもマイケルはしゃべり続けた。そしてまた話をしようと言ってビデオコールを切った。

ママは隣でずっと聞いていた。そしていい人だし、カッコいいと褒めていた。そんなに気に入ったならママが付き合えばいいじゃないか。自分だって好きになれないのに、他人を好きになる余裕なんてまったくない。確かにどうにも寂しい時はある。夜、このアパートで一人でいると、もしかしたらこの世界には私一人しかいないんじゃないかと思ったりすることもある。でもだからといってビデオコールの向こう側のマイケルを好きにはなれないし、寂しさも埋めてはくれない。

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