見出し画像

霊性と情熱

  

 2017年春から日本公開されたこのマレーシア映画ほど、奇跡の傑作という形容がふさわしい作品はそう多くない。インディペンデント映画の常で公開規模が小さく知名度は低いながらも、劇場を訪れた多くの観客が深く感動し、鑑賞後は少なくない人が生涯の一作に数えあげる。これが大げさな表現でないことを、実際に観てぜひとも確認していただきたい。



 映画『タレンタイム~優しい歌』は、ある高校での音楽コンクール開催の過程を描く。マレー系、中国系、インド系、英国系など多人種・多文化混淆のマレーシア社会が抱える諸問題や、イスラムとヒンドゥーのコミュニティ間にくすぶるミクロレベルでの宗教対立などが、学生たちのオーディションから本番へと向けた日々を通して映し出される。

 登場する少年少女は実に多彩で、各々に複雑な家庭事情を抱えている。たとえば主人公のひとりマレー系ムスリムのハフィズは、重病の母を抱えながらも勉学に励むが、マレー系優遇政策のなかで自身へ向けられた妬みをかわすため、テストの回答をわざと間違える。一方、父から成績トップであれと強く要請される華僑の同級生カーホウは、焦りからハフィズがカンニングをしていると虚偽の告発を為してしまう。英国系の祖母をもつ娘ムルーの明るく賑やかなマレー系混血家庭には、母と同じリンの名をもつ中華系の家政婦が働く。彼女は中華系でありかつ敬虔なムスリマだ。



 こうした多文化・多宗教混淆の様が、手際の良い構成により鮮やかに描かれる一方で、中心となる数人の学生を軸とする心の物語もまた、ブレることなく質実に語られつづける。幼少期に父をなくし、ヒンドゥーの貧しい家庭からバイク通学するインド移民の子マヘシュは聴覚障害をもつ。マレー系の娘ムルーは初めマヘシュの無反応な態度を誤解するが、二人はやがて恋に落ちる。しかしマヘシュの伯父が結婚式当日ムスリムの隣人に撲殺されたことから、マヘシュの母はムスリムの人々に対し心を閉ざしてしまう。ヒンドゥーの伝統様式に則した結婚式から葬式への描写に、ムルーの祖母がふと漏らす英国系白人ゆえの孤独に根差すセリフが重なる場面などは、それが一瞬のシークエンスであればこそ神がかり的と言わざるをえない。

 このような物語展開に並行してコンクールの準備は進み、場面転換の端々には印象深い音楽が挟み込まれる。マレー系の少年がカントリーを歌い、スカーフを被った少女が京劇を舞い、華僑の少年がヒップホップのステップを踏む。このとらわれのない自由さは眩しいほどだ。そして物語がクライマックスを迎えると同時に舞台上で始まる、サリー姿の少女による創作舞踊は圧巻だ。少女ゆえの拙さを纏いつつ、指先まで張り詰めた表現性の本格。展開の全体に心底陶酔させられるこの場面でかかる曲"O Re Piya"はこう歌う。「連れていってくれ、あなたの元に。偏見にしばられた世界は僕の永遠の敵」と。


"O Re Piya" (舞踊場面1:53~)


 極めて構築的でありながら瑞々しく叙情的。女性監督ヤスミン・アフマドの卓越したその手腕はまた、マレー社会の今を映すリアリスティックな場面進行のさなかに夢幻の表象、たとえば精霊や天使すらをもごく自然に紛れ込ませる。一度観ただけでは目につきがたい細部にわたって彼らは宿る。

 この21世紀に現前するリアルの諸相を、霊性の圏域にまで拡げとらえてみせたヤスミン・アフマドは、しかし本作がマレーシア本国にて初公開された2009年、脳内出血により早逝してしまう。彼女がその天性を結晶させた遺作『タレンタイム』が生む感動の波紋は、完成から8年をへてようやく日本へ到達し、この列島の隅々へと今しずかに響きだしている。



※『タレンタイム 〜優しい歌』、2019年1月現在アップリンク吉祥寺にて上映延長中(~2019年1月31日)→UPLINKサイト
※※本稿は、2017年3月25日の『タレンタイム』日本国内ロードショーに併せたキリスト新聞社季刊誌Ministryへの寄稿記事を一部改変したものです。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?