オムライスと創作料理#12「ウィリアム・モリスというオムライス」

『カラー版 図説 デザインの歴史』のプロダクトデザイン分野の担当者として声をかけていただいたので、担当章は後半に固まっているのだが、『02 アーツ・アンド・クラフツ運動』も1つだけ飛び地のように担当した
普通分担執筆でそのような割り振りはしないので結構不自然に見えるというか、疑問に思われる方も実際に数名いたので、その辺りも含めて記しておきたい。

消滅しかける

実はこの章、全体構成検討中に一度消滅した章である。
後から振り返ると、モリスとアーツアンドクラフツの章が存在しない、という本などあり得ない気がするのだが、目次(つまり全体構成案)の検討中、「全40章程度のうちモリスに2章割り当てるのは多いのでは?」という空気が一時的に支配的になり、1ヶ月ほど目次から消えた。
その名残りで次章『03 プライベート・プレス運動とその後継者たち』にモリスの肖像(03-3)が載っている。
そこでモリス初登場の予定だったのだ。

余談であるが、本書のように紙面の限られる本でデザイナーの肖像で図版の枠を1つ消費するのは勿体無いと個人的には思う。
確かに顔を認識したほうが圧倒的に他の情報も覚えやすくなる。
だが本書は巻頭の年表に似顔絵を載せているので、そこに代わりに写真を載せれば良いのではないか。
と編集会議中に提案したが採用されなかった。
恨み節終わり(別にそこまで恨んでいない)。

しかしながら、翌月の会議の場でやっぱり必要なんじゃないですかと私が発言。全体の構成も内容が膨らみ40章を超えるようになったため、バウハウスも3章あるし、モリスで2章あっても問題ないのでは、という感じで復活と相成った。
そして言い出しっぺの私が執筆担当となった

実は前職でモリスの柄を扱うサンダーソン社(02−7の注釈にさりげなく登場させておいた)と取引があり、社内で何度かサンダーソン社の人を見かけていた。
私自身はモリスやサンダーソンの商品担当をしたことはなかったものの、モリス自邸02−1《レッド・ハウス》も現地写真を撮っているし、特に問題なく書けるだろう。
と思っていた。
余談だが、《レッド・ハウス》は学生の時「赤い家」として習い、建築業界っぽくない響きだなと思ったような記憶がある(「赤の家」のが建築作品名っぽい)。
さらに余談だが、邸内のガイドのおばちゃん(おばあちゃん?)にこれからどこ行くの?と訊かれ、バーミンガムから来たけどこれからロンドンに戻るというと、あら!ロンドンなんか行かずに(《レッド・ハウス》があるのは東京でいえば青梅とか我孫子とか平塚とかそんな感じのとこである)今夜はここに泊まって行けばいいじゃない!と言われ、おばちゃんの距離の詰め方って世界中同じなんだなと思いつつ丁重にお断りした。

これがオムライスだ

しかし、いざ執筆をはじめて頭を抱えることになる。

これは完全にオムライスだ

ド定番を美味しく、しかもお客様の期待を少し上回るものを作らなければならない。

モリスをどう評価して書くべきなのかー。
モリス研究者でもない身には相当の難題である。

うまく料理できたかはわからないが、
私が心がけたのは
ご存知結婚生活ネタは(師匠のラスキン共々)避ける
レッサーアーツ(小芸術)という語を載せる
アーツアンドクラフツ運動は(その語も含めて)モリスが作ったものではない
の3点。

結婚生活のことはそっとしておいてあげようよ

まず最初の私生活がうまくいかないことが仕事に影響を及ぼすのは何もモリスに限った話ではないのに、モリスはやたらそこを書かれがちである。
別にイームズ夫妻のチャールズの方は再婚なんですよ、みたいなことはわざわざ書かないのに。
さあデザイン史を学ぶぞ、という若者にいきなり三角関係のゴシップラスキン含めてワンツーで浴びせるのは避けたいと思ったのだ。
結局こうやって書いてしまっているのだが。

レッサーパンダならぬレッサーアーツ

1877年12月4日ー本当に余談だが私が生まれるほぼジャスト100年前ーにモリスは『The Decorative Arts: Their Relation to Modern Life and Progress』という題目で講演をしている。
後に印刷物としてその内容を刊行する際に『The  Lesser Arts』とその名を変えた。
その約4年後の1882年1月23日には『Some of the Minor Arts of Life』と題する講演を行い、こちらも印刷する際には『The  Lesser Arts of Life』と改題している。
要は「装飾芸術(Decorative Arts)」≒「マイナーアーツ(Minor Arts)」≒「レッサーアーツ(lesser arts)」ということのようだ。
えー、すみません、私本では(lessor arts)と誤植してました。大変申し訳ありません、改訂の際には直します…。
「小芸術」の訳語を当てるとなんだか字面イマイチだが、ともかくモリスは住宅から焼きもの(窯業)、織物までをまとめてそう呼んだ。
単なるインテリアデザインでもテキスタイルデザインでもなく、生活空間を満たすもの全てを対象としているようで、建築学科出身のプロダクトデザイナーとしては非常に共感できる言葉である。
日用品という意味では、例えばドナルド・ノーマン『誰のためのデザイン?』の原題(The Psychology(or Design) of Everyday Things)のように「everyday things」では味気ないし、大芸術(建築(おそらく公共建築や教会堂のことだろう)や彫刻、絵画)と同等に、日常生活を美しくしたい、という理想を感じさせる語だと思う。

最後のアーツアンドクラフツ云々は長くなるのでまた次回に。

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