陰謀論は法的に規制されるべきか

11月5日の米国大統領選・11月17日兵庫県知事選の結果を踏まえ、SNS上(といっても私はX上でしか観測していないのだが)において「陰謀論と民主主義」が話題となった。さらに、「陰謀論は民主主義に悪影響であり、法的に規制されるべきではないか」といった議論もなされていた。一部報道では与野党の幹部が陰謀論の規制の検討は「避けられない」と発言したそうだ。
*なお、私はトランプ氏や斎藤氏を支持しているわけではないことを付しておかなければならない。

日本において、現在は陰謀論の、その発信自体を取り締まる法規制は存在しない。 陰謀論が特定の個人や団体の権利を侵害している場合に名誉棄損や侮辱などの違法性を帯びうるにとどまる。また、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(平成13年法律第137号)により、プロバイダに対する発信者情報の開示を請求する権利を定めた法律も存在するが、罰則規定はない。

対して、EUではデジタルサービス法(DSA:Digital Services Act)において、プラットフォーム事業者に、フェイクニュースなどの有害なコンテンツをより厳しく監視・対応することを義務づけている。そして、義務に違反した場合は、最高で前年度の総売上高の6%の課徴金が科せられることとなる。
英国では、2022年3月、デジタル・文化・メディア・スポーツ省(DCMS:Department for Digital, Culture, Media and Sport)が、プラットフォーム事業者による自主規制に依存せず、政府が規制を行い、当該規制が守られているかを英国情報通信庁(Ofcom:Office of Communications)が監視するという内容のオンライン安全法案を議会に提出している。(余談ではあるが、英国の行政組織の名前はどうしてこうもディストピア感があるのか)
アジア諸国においてはより一層踏み出した法規制が存在し、例えば、シンガポールでは、当局がインターネット上のプラットフォームや個人的なチャットグループを監視できるようにする科刑付き(最大10年の禁錮刑)が科されるのフェイクニュース禁止法を承認している。ベトナムにおいても、SNS 上で偽・誤情報を流布させれば罰金刑が科され、台湾では災害関連の偽・誤情報を広め公共または個人に損害を与えた場合、最大で無期懲役がありうる。

日本でも、今回の選挙以前から陰謀論やフェイクニュースを法的に規制すべきという声は多い。山口氏の調査によれば「フェイクニュースには法規制が必要である」という問いに対し、「非常にそう思う」・「そう思う」と答えた人の割合は七割近い(山口真一『ソーシャルメディア解体全書』(2022, 勁草書房))。
しかし、総務省が開催している「プラットフォームサービスに関する研究会」では、「民間部門における自主的な取組を基本として、正しい情報が伝えられ、適切かつ信頼しうるインターネット利用環境となるよう、ユーザリテラシー向上及びその支援方策、また、ファクトチェックの仕組みやプラットフォーム事業者とファクトチェック機関との連携などの自浄メカニズム等について検討をすることが適当」という報告がなされており、規制に関し、いまだプラットフォーム事業者の幅広い裁量が認められている。

確かに、陰謀論はその大半が無害ではあるものの、陰謀論を信じる個人・集団が、その信念に基づいて行動する際、暴力が発生することがある。2016 年に米国で起きたピザゲート事件や、我が国では山上徹也被告による安倍晋三元首相暗殺事件も記憶に新しい。さらには、陰謀論は、本来は理性的な個人を、集団パニックに陥らせ、集団による暴力に加担させることもある。その結果、民主主義が阻害されることもある。このように聞くと陰謀論はとても怖いものに聞こえるかもしれない。

「陰謀論」という語の定義は非常に曖昧で、かつ時代によって変遷するために不安定である。私は陰謀論を「重要な出来事の原因・結果には陰謀が張り巡らされていると考える諸原理」と定義している。この定義において、陰謀論が必ずしも悪いものではないことを示す意図がある。陰謀論はほんとうであることもあれば、間違っていることもある。ほんとうであった例として、ナイラ証言のように、過去には陰謀論として扱われた言説が実際に暴かれた例は枚挙がない。また、アメリカ同時多発テロでは陰謀論者たちが公式見解に疑問を呈したことで、事件に対して詳しい証明がなされた。このように、陰謀論が公益に資する場合があることは明白であ り、陰謀論は健全な懐疑として働いたり、情報の透明性を高める方向に働いたりすることがある。
政府が陰謀論を規制することにより、調査を進めれば真実であるかもしれない重要な情報を抑圧するおそれがある。

さらに、陰謀論を規制することによって、政府が、自分たちの都合のいいように陰謀論を広めることもある。事実として、ブッシュ政権が、イラクが大量破壊兵器を保持していてアメリカ同時多発テロに関与したという陰謀説を広めたという過去がある。

なにが「陰謀論」であり、なにが「真実」であるのかの基準には必ずわれわれの主観が介入する。もし、そのような主観を排し、客観的事実に基づくものを「真実」と定義したとしても、われわれが当該情報が「真実」か否を厳格に審査する際、「真実」という基準を満たさないコンテンツ・情報は全て消されてしまう。陰謀論に限らず、オカルト、宗教などの情報や、食品、美容、代替医療といったわれわれの日常に密接する事柄に関する情報も、同じく俎上に載せられる。何百万という膨大な数の記事・コンテンツがオンライン上から消滅する恐れがあるのだ。

”すべては霧の中に消えていた。過去は消去され、消去されたことは忘却され、嘘が真実となったのだ”

ジョージ・オーウェル(田内志文訳)『1984』pp.117(2022, 角川文庫)



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