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近況:語尾の砂漠

夏はやっぱりだめだ。ひきこもる。
なんだかいろんな物が値上がりしている。最近は値上げがあっても、世間の気分としてそんなに反発はなく、まあ仕方ないか、と受け入れている気がする。なんでそうなったんだろう。値上げをしていかないと賃金も上がらないので、そのこと自体は悪いことでもないと思うけど、昔は値上げをしたら、もう買わんわ、と消費者に総スカンを食うみたいなイメージがあった。
コロナとかウクライナ侵攻とかでの非常事態気分のためなのかな。円安だからしかたないか、というのもあるのか。
僕の世代は、若い頃にいろいろ値下げしまくってた経験があるので(マクドのハンバーガーが59円とか)、それに引きずられてて慣れないだけかもしれない。
これはしかたがないか、というのと、力のあるやつらの言う通りにしていたらどんどんつけこまれる、というのと、その見分け方ってものすごく難しいなと思う。



『絶滅動物物語』、リョコウバトやドードーなど、いろんな絶滅した動物の絶滅エピソードを書いた漫画。勉強になる。学習まんがとして子どもにもすすめたい感じ。

↓で一話読めます。

絶滅した動物のことを考えると寂しい気持ちになる一方で、Aが1万匹、Bが1万匹いる状態と、Aが絶滅してBが2万匹になった状態を比べると、命の総量は同じではないか、と思ったりもする。
多様な種がいたほうがいいのだろうか。それだったら、BがB'やB''に分化して進化するように、人為的に環境の変化を作ることも、絶滅を防ぐのと同じくらい良いことなのではないだろうか。
人間が手を付ける前の自然にあった多様性が重要なのだろうか。それはなんとなくわかるけど、「自然」なものは正しいとするのは、根拠がない感情である感じもする。



米本和広『我らの不快な隣人 統一教会から「救出」されたある女性信者の悲劇』を読む。統一教会を脱会させるために家族が信者を拉致監禁して、「逆洗脳」するというメソッドがあってそれを請け負う人たちもいるらしいのだけど、その拉致監禁でPTSDを発症し、統一教会も家族も両方信じられなくなって、居場所をなくしてしまった人の話がたくさん紹介されている。

結構キツかった…。統一教会にも賛同できないけど「家族の言うことを聞けないのは洗脳されてるからだ」と無理やり拉致監禁してくる家族にも反感を持ってしまう。統一教会も家族推しだし(だから合同結婚式とかさせるし)、家族という概念が一番悪いのではという気持ちになる。
そもそも、「あいつは洗脳されていて話が通じないから監禁して説得するしかない」となってしまうのは、もともと家族間でちゃんとお互いを自立した個人として尊重して話し合うことができていない関係性だったから、ということを思ってしまう内容だった。
家族も友人も恋人もあまり深くつながりすぎないほうがいい、という鶴見済さんの『人間関係を半分降りる』を中和剤として置いておきたい。

著者の米本和広さんは山上容疑者が犯行前に手紙を送っていた人だ。

米本さんの本は、僕の『人生の土台となる読書』でも少しだけ紹介したのだけど、ヤマギシズムについて追った『洗脳の楽園』、カルト信者の家庭に生まれた子どもを追った『カルトの子』など、どれも面白かった。




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