見出し画像

母児同室の炎上について考えた

 Twitterで母児同室がつらいって書いてた産後2日目の母親のツイートに、男の小児科医が「産後は自分の回復を最優先にしてできるだけ子供を預けましょう!産後すぐから母児同室なんてスパルタすぎ!(要約)」と引リツ飛ばして炎上していた。
 なぜ炎上したかを現役の病棟助産師として色々考察してみたけど、結局原因は本人の属性にあるよなと感じた次第である。

 昔は全国的に母児別室がスタンダードだったんだよね。これがなぜ母児同室へとスタンダードが変わっていったかというと、母乳の再評価がある。

粉ミルクがもてはやされた昭和は、お産を終えた母親たちは3時間おきにおっぱいをあげに新生児室へ通った。赤ちゃんは生まれてすぐにミルクを飲まされ、おっぱいが足りない子にはどんどんミルクが足された。そしてミルクが足されると赤ちゃんは満足しておっぱいを吸わない。
まぁ当たり前だ。誰だって別に喉が渇いてないのに一生懸命出ない蛇口から水を啜ろうとは思わないだろう。喉が渇いているから一縷の望みをかけて蛇口に必死に吸い付くのだ。
でもおっぱいっていうのは空っぽの状態を吸われることでどんどん量を増やして作られるように設計されている。赤ちゃんは本能でこれを知っている。だから十分な量の母乳が出るまで一心不乱におっぱいを吸うのだ。哺乳瓶から十分な量のミルクが与えられれば赤ちゃんは一生懸命におっぱいを吸う必要はなくなる。そしておっぱいは空っぽにならない、そもそも吸われないおっぱいは作られない。赤ちゃんも出てこないおっぱいより楽に飲めるミルクばかり欲しがる。母乳拒否。哺乳瓶大好きな赤ちゃんたち。吸われなければおっぱいは出ないのだ。昭和の母たちの母乳比率は30%まで減っていった。

 子は栄養が満たされていれば大体が問題なく育っていく。しかしミルクが赤ちゃんに与えられないもの。それは免疫だった。母乳には2ヶ月間母親の免疫物質が含まれ、赤ちゃんを守る強力なバリアになる。赤ちゃんは生後2ヶ月までは自分の免疫が使えない。非常に感染に弱い状態だ。でも母乳なら、例えば赤ちゃんがインフルエンザになったとき、お母さんが同じインフルエンザにかかって免疫が反応すれば、母乳を通して抗体が赤ちゃんにも届くのだ。
これは衛生管理が未熟な発展途上国などでは大きなメリットになった。母乳の赤ちゃんたちがより健康に育つことを発見したWHOは母乳育児を推進していく。
まぁ世間で急速に発展した反動で自然回帰みたいな流れもあったんでしょうね。

 そして最後。人類が哺乳類であるという本能だ。
子どもを産んだ女性は、「子どもに乳をあげよ!!」という本能に突き動かされる。まぁ考えてみれば当然だ。だって我々は哺乳類だ。自然界ではミルクなんてない。赤子は母乳を与えなければ死んでしまう。種が途絶えてしまう。母としてまずすべきことは子に母乳を与えることなのだ。
おっぱいをあげると母親のメンタルは安定する。赤子を守らなきゃ、育てなきゃ!というギンギンに駆り立てられた本能が一時的に慰撫されるのだ。自然界ではとりあえずおっぱい吸っときゃ子は育つのだ。
母乳のメカニズムは実に理にかなっていて、赤ちゃんが吸えば吸うほど出るように作られている。
生まれたばかりの赤ちゃんも実に理にかなっていて、産後すぐの2時間ほどは覚醒状態でおっぱいもよく吸うが、そのあと12時間から1日ほどは寝てばかりであまりおっぱいも吸いたがらない。これは出産後の母親を労わるためのプロセスなのではないかと私は考えている。産後すぐは血糖値を上げる必要があるのですぐに母乳を吸うが、そこからは血糖値も落ち着いていくので母親に束の間の休息をあげようというわけだ。うーんなんと慈悲深い赤ちゃんたち。
そして1日よく眠った赤ちゃんたちはもう止まらない。2時間でも3時間でも自分が満足するまでの母乳が出るまで夜も昼もなくおっぱいを吸いまくるのだ。
これは母親は非常に辛い。身体はボロボロだし、まとまって寝られる時間もなく、初めての育児に四苦八苦しながら授乳をこなさなければいけない。
 ここで出てくるのが「こんなに必死になってやらなきゃいけないの?」という疑問だ。
人類はいろいろなことを便利に、効率的にできるように進化してきた。こんな満身創痍なのに寝られずに赤ちゃんのお世話をさせられるなんて仕打ちは、ほとんどの女性が子供を産む前の人生では体験したことがないだろう。
答えは「NO」だ。赤ちゃんが生きていくためにはミルクがある。母親が必死になって母乳を吸わせる絶対的な必要はないのだ。免疫だって絶対じゃない。衛生も医療も発展した日本ではあればいいよねのプラスアルファ。でもなぜ母親たちはこんなに必死になって母乳をあげるのか。
 それは本能だ。どうしようもなくおっぱいをあげたいのだ。
自然界では母乳が出ないことは赤ちゃんの死に直結する。だから母乳が出ない、足りないと感じる母親はなんとしても母乳を出さなければと必死になるのだ。
ミルクがある。そんなのは百も承知。理屈じゃないのだ。本能がおっぱいをあげなきゃと母親たちを突き動かすのだ。

男の小児科医なんかに絶対にあの焦りや使命感はわからないだろう。
「そんなにつらいなら赤ちゃん預けて寝ればいいじゃん。ミルクあるんだし」
炎上。大炎上だ。
本能に振り回されてめちゃくちゃな母親の気持ちを1ミリもわかってない。
休みたい。でも、そばにいたい。おっぱいが痛い。ミルクにしたい。でも、おっぱいをあげたい。
これは本能なの。男がわけ知り顔で突っ込んでいい領域ではないのだ。すっこんどれ。

ちなみに私は産後5ヶ月で息子が発熱とともに急におっぱいを拒否した事に慌てふためいて、夜間だというのに子ども医療相談に電話して、夜間の救急病院を教えてもらい、小児科医に泣きついた経験がある。
小児科医に生命の危険はないからとなだめられ、なんとか様子を見ていたら子どもは6時間のストライキの後無事授乳を再開した。
現役助産師ですらこうである。知識なんて本能がギンギンに駆り立てられた状態では何の意味もない。

 ちなみに母乳は産後すぐが勝負で、そこを逃すとプロラクチンもだだ下がりだし、赤ちゃんも出ないおっぱいより哺乳瓶を吸いたがるので巻き返しがききにくい。
産後1週間しっかり母児別室で休んで元気モリモリ!さぁ今日から母乳育児がんばるぞ!ってやっても出てくる母乳もなけりゃおとなしく吸ってくれる赤ちゃんもいない。
母乳が出ないという事実は後々母親を追い詰めることが多い。産前は全然ミルクでいい!って思っていても産むと完全母乳したくなってしまうのが哺乳類の本能だ。理性と本能のせめぎ合いは母親の精神を著しく蝕む。
ちなみに産科医は絶対にここに軽々しく口を挟んでこない。
だって知ってるからだ。お母さんたちがどんなに大変な思いをして赤ちゃんを産んだか、自分の変化に戸惑っているか、母乳をあげるのがどんなに大変か、どれだけ休みたいと思っているか。でもそれを圧倒する母乳をあげたい、赤ちゃんと一緒にいたいという本能がどれだけ強いか。
そしてそれにどれだけ助産師達が寄り添ってそれぞれの最善を探っているか。

正直病棟助産師としては夜間お母さんに任せると夜中のミルクの計画などもお母さんと相談して立てなきゃいけないし、疲れてるお母さんは赤ちゃんと一緒に6時間寝続けて新生児低血糖になってたりするし、お母さんも寝不足でメンタル不安定になるし、おっぱいケアも盛りだくさんなので、預けてもらって新生児室で3時間おきにミルクあげちゃうほうが管理は圧倒的に楽です。
たまにスタッフが楽するために母児同室してるっていう人いるからね。
逆です!おしい!
新生児室管理が多いほうが夜勤は圧倒的に楽なんですね。
朝ラウンドする時の気持ちよさったらないです。
お母さんたちみんなよく寝れたーってニコニコしてくれるし、おっぱいトラブルはおきないし、赤ちゃんはお腹いっぱいでスヤスヤだし。
逆に母児同室多い時の朝のラウンドは非常に緊張しますね。
えっ!体重減少8%いってたからミルクも3時間おきに足しながらって相談して決めたのに結局母乳しかしてない!やっと寝てくれてーって赤ちゃんこれ寝てるんじゃなくて気絶してない?!
ママはおっぱい吸われすぎて乳首切れてる!心は折れてる!はいもう母児同室中止ー!今日は通いで授乳!
みたいなこと結構日常茶飯事です。

長々と語りましたが、要約すると
素人は黙っとれ
ですね。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?