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お仕事中…

いつもの電車に
盲導犬とお連れが乗ってきた。
イヌさんは、ラブラドールレトリバー
お洒落な花柄ベストが
黒い毛とよく似合う。

「お席、あいてますよ。」
「端でないとダメなんです。」
「端のお席ですよ。」

パートナーが腰を下ろすと
そばに立っていたイヌさんは消えた
と思ったら、座席の下で "伏せ" 。

電車の振動とともに
かすかに伝わって来る温もりに
ボーダーコリーのユリスを思う。

            ☕🍂

ユリスは、ベルギーとの国境、
アルデンヌの森近くの農場で
” いとこ cousins=親友” たちと暮らしている。
すっと伸びた真っ白な鼻筋に
白と薄茶の波打つ長い毛。
名前は『オデュッセイア』の主人公、
ギリシャの智将ユリシーズによるとか。

十一月初め、
大学は、始まったばかりだけれど、秋休み  ♪
学生猫たちはいっせいに帰省、子猫も
尻尾を立てて、アルデンヌへ。

農場に着いたとたん、
チビ猫&豆猫の兄妹と
ユリスが飛びついてきて
「森へ行こうよー、ドングリも拾えるし
ハシバミの実も、もう落ちてるよ。」

よちよち歩きの妹にお留守番は任せて
九歳、六歳、四歳の腕白猫たちと
牧場の柵に沿って続く小径を、森へ。
ユリスもついてきて、後になり先になり
犬さんスキップ、時どきジャンプ。

平かに広がっていた牧草の緑は
凝縮して森となり、猫たちを迎えた。
「木の実、リスさんの分、残しと。」
「イノシシしゃんのも!」
えっ、イノシシしゃんがいるの ⁈

チビ猫たちは、ドングリを探し
ハシバミの実を拾い、子猫も
紫や茜色に染まった蔓を見つけた。
愛らしい木の実や梢の枝を添えたら
すてきなクリスマスの飾りになりそう……

気がつくと
あたりが暗い。
さっきまで陽が射していたのに。

心細くなり始めたとき
ユリスが近づいてきた。
さっきまでチビ猫たちとかくれんぼしたり
落ち葉やキノコの匂いを嗅いでいたのに、
どうしたの?
ユリスは、声を立てず
全身で子猫を押す。
前に進むの?

日は落ちて
森に冷気が降り、
小鳥たちの声もない。
ユリスの温もりを頼りに
すっかりおとなしくなった腕白猫たちと
ほどなく森を出た。

森は出たものの、
夜目にも白く浮かび上がっているはずの
牧場の柵が見えない。
どこを歩いているんだろう。
歩きながらも、ユリスはだれかが遅れると
子猫の前に回り込んで足を止めさせ、
皆がそろうのを待つ。

やがて
そう遠くない辺りに
灯りが見えてきた。
蜂蜜のような光が
いとこたちの家の裏戸から
細く漏れている。

そうだったのね、ユリス。
柵に沿って、ではなく
牧場を横切って
家の裏手へ向かっていたのね。
最短距離…… 

「ただいまー!」
灌木の枯れ枝がパチパチ
拍手のような音を立てて暖炉に燃え、
お母さんお父さん猫が口々に
「おかえりー(=やっと帰って来た)!」
お留守番のよちよち豆猫も
「おかえ!」
「遅くなってごめん。心配したでしょ。」

「ユリスが一緒に出て行くのを見たから
そのうち連れて帰って来ると思っていたよ。」
そのとき初めて
ユリス号が
優秀な牧羊犬だと知った。

            ☕🍂

盲導犬とお連れを乗せたまま
マホガニー色の電車は走っている。

駅をいくつか過ぎたけれど
ラブラドールレトリバーは
窮屈な空間に伏せしたまま……
と思っていたら、ゆっくりと姿を現した。
鼻先でつんつんとお友だちの膝に触れ、
触れられたパートナーが立ち上がると
そのすぐそばで、じっと待機。

しばらくして
次の停車駅を告げる車内放送が流れた。
電車が駅に着いて扉が開く。
盲導犬は乗って来た時と同じように
お連れに寄り添って(きっといつものように)
電車を降りていった。

盲導犬、牧羊犬 —―
からだを動かすのが楽しくて
お友だちが喜ぶと、うれしくて
褒められでもしたら、もう最高!
ニンゲン、だーい好き。
役に立とうが立つまいが
イヌさんがたは、お仕事中。

自分に託されたいのちを
いま、このとき
生きている —―
ほんとうは、ね
ただそれだけで
だれもがみんな
お仕事中 ……。

            ☕🍂

行く秋の昼下がり
青ユズも充実して
冬の陽に染まるのを
待っています。

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