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雲のまにまに

離陸した飛行機が水平飛行に入る。
高度はだいたい一万メートル、ぐらい?

高度一万メートルは、雲の中。
窓際の壁が伝える冷気に微かに感じる
外は、ちょっぴり宇宙。

1970年代の大阪―パリ便は週に数回、
たいてい夕方こちらを発って
夜を旅して順調に飛べば
翌朝、目的地に着く。

綿菓子のなかに迷い込んだような
鋼鉄の翼の上に乗っかって
横着子猫は機内食(お喉 ♡ ゴロゴロ)
飛行機だってきっとお腹がすくのでしょう、
給油のためかアンカレッジで小休止。

現地時間を気にしたことはなかったけれど
アラスカは、たぶん、午後(?)
標高六千メートルを超える「偉大なる」デナリ(*)を眺めて
シロクマさん(はく製)にもご挨拶したら、再び機内へ。
                        (*) 2015年に名称変更
                       以前は、マッキンレー山

北極点を通過すると、時にオーロラ。
雲と夜との境界あたりに
仄かな淡彩の渦を作っていたり、
薄衣の帳となって揺らいでいたり。
緑、オレンジ、青、紫 ―—
自分が飛行機であることも忘れて
小舟は幻想の波間を
うっとりと渡っていく。

オーロラの彼方へ。

            ⛅

ニンゲンや猫たちが
雲の中を行き来するよりずっと昔、
ユーラシア大陸の東
水の恵み豊かな江南の地の猫たちは
雲に神霊を想い、憧れた。

『楚辞』九歌のうち「雲中君」。
地上に降り来る大空の貴公子を祝して
巫(かんなぎ)たちは舞い歌う。

女巫
フジバカマ香るお湯で体を洗いましょう。
髪も洗えばかぐわしい草の余香
花の衣にカキツバタ
飾ってあなたを待ちましょう。

合唱
しなやかに舞う神霊は照り映えて
その神々しさはかぎりなく
神々の宮居に鎮まれば
その輝きは日月とさえ競うほど。

雲中君
龍たちに車を引かせ
上帝の装束つけて
しばし天上を
悠と廻(めぐ)ろう。

合唱
雲の神霊はきらきらと降り
地に臨まれる ―—
と思う間もなく、また中空へ。

雲中君
見晴るかす中原の
果てしない大地
四方の海を覆い
わたしの至らぬところはない。

女巫
かの君を思えば溜息もれる
思い乱れて心悩まし。         

* 原文テクストは藤野岩友『楚辞』による。

            ⛅

機体は、高度を下げはじめ
朝、まだ明けやらぬ空
たぶん千メートルを切ったあたりから
雲は左右に分かれて
航路を開く。

雲のまにまに
地上に生きる猫たちの日常。

朝もやに緑くぐもる、森、また森。
苗色の放牧地のそこここに
リリパットの村々。
鐘楼そびえる教会に
赤土色の瓦屋根が身を寄せる。

雲のまにまに
昨日と同じ、今日のしあわせ。

風は緑の諧調を宿し
いつもどおりの朝を吹きぬけていく。
パンを焼き、牛乳を温め、コーヒーを淹れ……
「もう起きなさい。学校に遅れるよ!」
台所に、家じゅうに
子どもたちの笑い声。

こんなに美しい朝に
砲撃の轟音をとどろかせ
硝煙と砂塵の臭いをまき散らすのは
だれ?

世界中いたるところで
名もない猫たちの
つつましい今日が壊され
ささやかな明日が奪われていく
なぜ?

            ⛅

ねこじゃら荘の夏の初めは
葉も茎も、柑橘の清爽
レモンバームが伸び盛り。

江南の水の辺の少女のように
香りの草で湯浴みして
雲司る君に願います。

   いにしえの精霊よ
   運んでください、猫たちの涙を
   無数の煌めきに変えて
   オーロラのはるか彼方、
   天空の高みへ。

   雲のしずくは
   白い可憐な花となり
   はらはらと雨にこぼれて
   ふたたびの ”美しい朝”
   静かにやさしく歌うでしょう。

いつか必ず。

            ⛅

最後に
とても素敵なお空の写真は
猫たちの住む地上からの眺め。
(ご紹介が後になって、ごめんニャさい💦)

他のお記事にも美しい画像が、いっぱい
投稿者は ♡ のらりくらりさん💐
いつもありがとうございます。

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