ルナール美容室
クリスマスも近い夕暮れでした。
町は、たくさんの人でにぎわっていました。
どのショーウィンドーも光の色で彩られ、
クリスマスツリーには、キューピッドに似た
金色の小さな天使がキラキラゆれています。
北風の子はアーケードの屋根にすわって、
町のようすを眺めていました。
――人間も町も、みんなとってもおしゃれだなあ。
ぼくも、おめかししたいけど…。
そして、肩までたらした銀色のまっすぐな髪にさわって
考えました。
――ほら、あの向こう、
ツリーの枝の小さい天使、
金の捲き毛が、すごくかわいい!
風の子はあちこち吹いて、銀の髪を金の髪に、
まっすぐな髪を捲き毛にしてくれる美容院をさがしました。
道端の草花や虫さんたちの美容院はありましたが
風や星のためのお店は見あたりません。
(もっと北国にいかなければ、見つからないかも)
半分あきらめかけたとき、
建ったばかりのようなビルに、
看板が一枚だけ出ているのが見えました。
≪ルナール美容室*星や風のヘアーメイク専門店*三階へどうぞ≫
ひと気のないモダンな建物を三階まで上がると、
エレヴェータの前にガラスの扉がありました。
赤い実をつけたヒイラギの小枝で飾った
ハガキぐらいの大きさの木の札がかかっています。
≪ルナール美容室≫
扉を押すと、木のチャイムが鳴り
北風の子はお店のなかに入りました。
フカフカしっぽのキツネが出てきて、
――いらっしゃいませ。きょうは、どのように
させていただきましょう?
キツネは、どうやらこの店の店長のようです。
――クリスマスツリーの天使みたいな髪型にしたいのですが…
――かしこまりました。
では、シャンプー台へどうぞ。
風の子がシャンプー台にすわると、
濃いアイシャドーをした助手のタヌキがやって来て、
銀色のまっすぐな髪をとかしながらいいました。
――いらっしゃいませ。きょうは毛染めもされるのですね。
――金の髪もいいなと思って…
――髪を染めると、気分も変わっていいものです。
タヌキはお湯加減や手加減をたずねながら、
風の子の髪をていねいに洗いました。
シャンプーが終わり、鏡のまえに座ると、
キツネが新月のかけらで髪を切り、
赤いバラのパーマ液をつけて、ミノムシ殻のカーラーで
一房ずつに分けた髪を手際よく巻いていきました。
タヌキも、キツネに教わりながら黒い鼻に汗を浮かべて
不器用に前足を動かしました。
巻き終わると、
夏の海辺の太陽を集めた
ドライヤーのスイッチを入れて、
――熱くありませんか?
――だいじょうぶです。
タヌキの助手が雑誌を何冊かもってきて、
――よろしかったら、どうぞ。
絵や写真がいっぱい載った雑誌には、
キタキツネのスキー選手の活躍や、
タヌキばやしのスターのうわさ、
災害に遭って崩れた建物から救け出された
茶トラネコの写真もありました。
救助隊員の腕のなかでアルミシートにくるまれて
ネコはしっかりカメラを見つめています。
ドライヤーが止まると、
キツネが試しにカーラーをひとつだけ外して
――クセのない素直な御髪ですから、きれいにパーマがかかります。
満足そうにいってから、タヌキにもカールの具合を見せました。
――次はカラーリングですが、パーマのあとですから
毛染めはソフトタイプ、ツワブキの花びらを使いましょう。
風の子はすっかり疲れてしまい、おめかしなど
どうでもよくなりました。でもキツネもタヌキも
口をとがらせ、しっぽを振り振り、一生懸命
銀の捲き毛を金色に染めています。
風の子は、もう結構です、とはいいだせなくて、
じっとしていました。
もう一度、ドライヤー。
けれど、とうとうキツネの声が
――お疲れさまでした!
店長ギツネは、正面の大きな鏡に手鏡を合わせて
左も、右も、後ろも見せてくれました。
――こんな感じでいかがでしょう?
鏡のなかには、左も、右も、後ろも、
クリスマスツリーの小さな天使と
そっくりの風の子がいました。
――おめかしするって、楽しいな。
別の自分になったみたい!
――金のショートヘアー、
とてもよくお似合いです。
――カールの具合も、すてきです。
風の子はキツネとタヌキにお礼をいって、
料金はおいくらですか、とたずねました。
――ええっと…シャンプーとパーマ、
それにカラーリングですから……
深い紅色のサクラの葉を二枚、いただきます。
風の子は、サクラ紅葉の持ち合わせがありませんでした。
――このあたりにサクラの木はありませんか?
――大通りを少しおいでになりますと
角のお家に大きな木があります。
梢の細い枝先に、二、三枚
深い紅色の葉が残っているのを、
今朝も、見かけました。
――きっとまだあると思います。
タヌキもことばを添えました。
北風の子はさっそく行って、
梢に残っていた一枚と
ちょうど枝から離れたばかりの一枚を
≪ルナール美容室≫に届けました。
――ありがとうございました。
またのご来店をお待ちしています。
キツネの店長とタヌキの助手に見送られて外に出ると、
世界中のみんなをクリスマスパーティーに案内する
大きな赤い星がかがやいています。
北風の子も大急ぎで空へ駆け上がりました。
風の子が空気を蹴って昇るにつれて
人も車も家々もどんどん小さくなって
クリスマスツリーの飾りのよう。
町の明かりは光の花づな。
より高く、風の子はもう一度、
力強く空気を蹴りました。
凍てついた星々のきらめきが
全身に降りそそぎます。
風の子は、シャワーを浴びているようで
思わず両手で髪をかき上げてしまいました。
とたんに金色の捲き毛は元に戻り、
銀色のまっすぐな長い髪に変ってしまいました。
そうなんだ。ぼくは北風の子
やっぱり風の子のままがいい。
でも、おめかしも楽しかったよ。
キツネ店長もタヌキさんも、
ほんとに親切だったもの。
北風の子は、
雪をいただく峰の連なりを越え
冬の海に泡立つ波とたわむれ、
町の明かりを懐(おも)いながら
プレアデスの玲瓏の青を求めて
高く、高く、翔けていったのでした。