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お粥(かい)さん

風邪をひいてしまった。
鬼ならぬ猫の霍乱?

お粥さんを炊いた。
お米を少し、目分量
お水ゴボゴボ、目分量。
火にかけて沸騰するのを待って
思い切り弱火にして
「美味しいお粥さんになあれ」
唱えて、あとは放っておく。
しばらく経って、そっと蓋をとると
湯気といっしょに、フゥ~
懐かしい匂い。

チビ猫のころ
しょっちゅう風邪を引いていた。
祖母猫が作ってくれる薬湯の
甘く爽やかな香りが尻尾の先まで
温かく沁みわたり、そのまま一晩眠ると
あくる朝には
熱っぽさもだるさも消えて
障子越しの清やかな白い光に
目が覚める。
「おばあちゃん、おなか、すいた」
祖母猫は声を弾ませ
「ちょっと待ってや」
そして、必ず炊いてくれる
ほのかな塩味のお粥さん。

            🍂

明治がようやく半ばを過ぎたころ
大阪府の北東、三島あたりで祖母は生まれた。
生家の門扉の下には
太い木の敷居が通っていて、
三歳か四歳の幼女が腰かけるのに
ちょうどよい高さであったらしい。

朝起きると、敷居の椅子に陣取って
童女は行き交う大人たちを眺めている。
荷車を引いた人、天秤を担いだ人
独特の節回しの売り声で
採れたて野菜やお豆腐などを商いながら
男の人、女の人、若い人、年取った人
大人たちが通って行ったかもしれない。

そんな祖母の家に
時折やって来る老人がいた。
貧しい身なりの、でも、どこか他の
大人たちとは違うその人が
木戸口だか勝手口だかに姿を見せると
女性たちは挙って老人を
暖かい場所に招じ入れる。

その頃、朝餉は茶粥であった。
祖母猫も晩年まで、朝は茶粥。
晒を縫った巾着の口にタコ糸を通し
開閉自在に拵えた茶袋(ちゃんぶくろ)が
いつも洗って台所に乾かされてあった。
濃い茶色になった茶袋に粉茶(こちゃ)を入れ
お米とお水といっしょに煮出して茶粥を作る。

祖母の生家には大きな”へっついさん”があって、
毎朝、茶粥を炊いていた。
湯気の立つ炊き立ての”お粥さん”を
お供えもののように家の女性たちが
老人に振舞うさまを幼かった祖母は見ていた。

真っ白の髪も鬚も長く垂らした老人は
お粥さんをよそってもらうため
懐から「お袱紗みたいな布(きれ)」に包んだ
塗りの鉢を取り出す。
禅僧のような所作で粥を食していた
その老人がだれであったのか、
ついに誰も知ることはなかった。

ただある日、家で働いていた若い人たちの言葉を
ちょっと真似して使ってみたくなった祖母は
「またお乞食さんが来てはる」と
老人の来訪を奥に告げた。
すると祖母の祖母は穏やかに
「お乞食さんやのうて、お客人やで」。

今日たまたま食乞う人も
昨日は、振舞う人であったかもしれない。
今日は振舞う人であっても
明日は、食乞う人かもしれない。

            🍂

とまれ食は良薬。
数日間お粥さんに養われて熱も下がり
初秋の台所に立つ。

いつもはお白粥(しらがゆ)だけど、
母たちが遺してくれた茶袋で、子猫も
お茶粥、炊いてみようかしら。

ひょっとしたら
ささやかな朝餉の席に
あの「客人(まろうど)」、
まれびとの来訪があるかもしれない、
秋が深まり、木々の梢が
いのちの赤に煌めくころに。


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