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松村正直『高安国世の手紙』(六花書林、2013)

短歌結社等の創設者で歌人、ドイツ文学者で京都大学でドイツ語の教鞭をとっていた高安国世について「手紙」をもとに解き明かしていく評伝。

不思議な出会い方をした本でした。著者の松村正直さんがX(twitter)で

と呼びかけておられて、boothで使えるポイントがあったのと、高安国世訳のリルケを昔読んだなあとふらりと注文してみました(すみません)。

前段でも書いたように高安国世といえば特にリルケの翻訳で知られるドイツ文学者でもあり、私も自分が短歌を始めなければ高安国世が短歌を詠んでいたなんて思いもせず、短歌結社の「塔」を作った人と同一人物と知ることはなかったかもしれません。
そして、塔といえばアララギ系の結社と説明されていますが、私はこの辺も良く分かっていなくて、それは現在は結社としてはアララギそのものがなくなっていて、後継を名乗る結社(新アララギ、短歌21世紀など)とアララギがまだあった頃に設立された全国結社(塔、未来、歩道など)と各地区の支部のような形でつくられた結社(東北アララギ会「群山」など)があるからでこの辺まだよくわかっていません。

短歌結社としての塔は現在とても繫栄しているように思うのですが、高安国世の人生は体が弱かったことで(兵役検査は乙種合格、実際には丙種合格の人にも召集がかかった記録があるためこの辺りは厳密には何があったのか)戦争に行くことはなく、短歌をしていたことで本流の文学部教授にはなれず(ここもあくまで推測ですが、高安本人もそういっていたというからある程度真実性はあるのかも)という苦みのあるものでした。作品中では高安国世が書いた手紙を丁寧に読んでいくことである程度人物像はかたちを結んでいっていると思います。
また、何となく仙台人としては身近な東北大学教授で東北アララギ会「群山」の創設者・扇畑忠雄を思い浮かべながら読みました。扇畑は高安国世の二歳年上、京都高女の教員から東北大学にうつり、教養部教授を務めていました。と、途中でこの本、高安国世に限らずどなたの顔写真も載っていないということに気づきました。権利の関係とかなのかしら。なんでそんなことを思ったかというと扇畑忠雄といえばシュテファン・ゲオルゲ(ドイツの詩人)みたいな味のある顔でそれも魅力の一つなので高安国世はどんな顔だったのかしら、と思ったからなのですが。おそらく、よく探せば高安国世の肖像写真は比較的容易に見つかるでしょうし、手紙のやり取りのあった内田義彦や野間宏に至ってはネットで検索してすぐに写真が見つかるので、この辺りは著者の意図があるのかもしれません。
そして、現状の短歌の世界、特に結社の興亡という点では……高安は委ねることのできる人で塔の現在の隆盛もそこに理由があるのかなあというのはうっすら感じました。下の世代とよく話すことができたのは戦争に行かなかったということとせんそうに行った同世代へのコンプレックスがない交ぜになった点もあるのではないかと思いました。単純な視点ですが。

大辻隆弘さんの『岡井隆と初期未来』(六花書林、2007)もそうなのですが、歩いて対象に迫っていく松村さんの姿が見えるような筆致で読書が楽しい時間になりました。高安の姪、島崎美代子さんに関する記述は「虎に翼」を思わせる女性の社会進出への周囲の理解や愛について考えさせられるし、外に発散するところがあった夫への感情と表裏一体であろう妻・和子の鬱屈もうっすらと感じられました。
かつての独文学徒としては高橋健二、濱川祥枝など懐かしいゲルマニストの名前にときどきひっくり返ったりしながら読みました。多分これからも何度も読み返すと思います。

そして、今は光文社古典新訳文庫の松永美穂さん訳『マルテの手記』を読んでいます。

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