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「毛」のおもいで

中学生のとき、私は頭がわるかった。
スーパーミラクルわるかった。だから、いたるところに「肉」って描いてた。

プリクラにはよく「肉」と落書きして友だちに引かれた。
授業の教科書にも「肉」と落書きした。
夏休みの自由研究で、自分の手に「毛」って描いてた。
それは「肉」じゃなかった。

たしかに、うで毛が多いことを気にしていた。

たぶん一発ギャグみたいに、一文字で勝負してたんだと思う。
一文字ギャグ。たぶん、すんごくスベっていた。友だちもドン引き。

自由研究で自分の手に「毛」と描いたのは、ちゃんと理由がある。

「はたしてマーカーで塗った部分は日焼けをするのか?」

という実験をしていた。

マーカーで紫外線が通らず、「毛」って描いた部分だけ日焼けしなかったら、「毛」って白く残るんだろう!そりゃあね、ぜったい残るよ!

とおもった。
なんてすごくいいアイディアなんだ!とおもって興奮した。

そのときの私は、いつも、なんかちょっとだけずれていた。
美術の授業で、漢字一文字を選んで絵で表現しよう!という授業があった。みんなあれこれ候補を挙げて、どの漢字をどう表現しようかと悩んでいた。

私は何の迷いもなく「毛」を選んだ。「毛」を描くのは秒で終わった。
絵を描くのは簡単だった。「毛」に毛を生やせばいいからだ。

というかよく考えたら、「毛」という漢字がすでに毛そのものだから、さらに毛を生やしたら、ものすごくスーパーな毛ということだ。

ていうか、それって枝毛?
毛に毛が生えてるということは、毛が別れて、枝毛の状態だよね?

毛がだんだん手に見えてきた。もう手なのか毛なのかわからない。もしかして、毛って手を反転してるだけだし、左利きの手なんじゃないか?

そしたらもしかして、毛って左側に多いんじゃないか?
いやまって、手が右利きとは限らない。そもそも手が左利きだったら毛は右利きなんじゃないか?

もうそういうことは関係なく、私は右利きだったから、右手で毛を描いた。

そして最後の講評の時間がきた。
みんなの「翔」とか「朝」とかおしゃれな漢字といっしょに並ぶ自分の「毛」を見て、あれ?なんか?私の絵?ダサい?絵?え、毛?とおもった。

なにがちがうんだ?どうして?え?毛?え?スネ毛?とハテナでいっぱいだった。

それはもう、ミラクルにきしょい絵だった。

でもきっとみんな、知らないのだ。きっと思いもよらないだろう。
クラスで一番にきしょい絵を描いていた私が、今では美大にも行って、デザインの仕事をしているということを!

きしょかったのに、デザイナーになったということを!

そんなこんなで、みんなが気になっているはずの、結局のところ。
「毛」のかたちに日焼けができたかというと。
来たる8月31日、手を完全に洗いきった私は驚愕した。

自分の手はまんべんなく黒く日焼けしていた。まっくろに。

なんどもなんども、「毛」は消えていないか確認し続けた。あの夏。

夏休み、水で「毛」が落ちてしまわないよう、片手だけちょっと挙げたりして入った市民プール。

よく友だちが家に来ては、みんなでスマブラに熱中して。
「毛」と描かれた手は、みえないパワーみたいなものが宿ったようで、いつもより強く感じた。

熱いコンクリートの上を自転車でいっぱいにこぐときも、汗で「毛」が落ちてしまわないかっていつもうっすら心配してた。

夏休みの終わり際、研究のことなんかすっかり忘れて。ふと気づくと、わりと文字がもう、すこ〜ししか残ってなくて。急いで描き足した、あの夏。

9月からまたいつもの日常が戻って、いつもの授業も始まって、ただ自分の手だけが特別で、白くうす〜く「毛」の一文字が残っていたら・・!とドキドキしていた。

でも、手はすんごくふつうに日焼けしていた。
私の手は、ふつうに、ふつうの手だった。

マーカーのインクなんかちょろいぜ!せいぜい次は修正ペンで試すんだな!へッと紫外線に笑われているようだった。へッ。

実は、一本のマーカー以外にも、ブランド違いのマーカーとか、色違いのマーカーとか、ボールペンでもう一個毛を描いたりとか、細かく分けての比較もしていたのだが、ことごとくやられていた。もう完敗だった。

日焼け止めクリームって、偉大なんだなっておもった。

化粧品の会社は、実はすごいものをつくっていたのだ。
UVカットって・・実はすごい、切れ味だったのだ。
五右衛門もおどろくほどカットしていたのだ。

そんなことに、貴重な13歳の夏休み、
まるっと1ヶ月かけて気づいた私が。

大人になった今。

日焼け止めもめったに塗らず。

なにもつけず。

化粧水さえつけず。

なにも、つけず。

日差しの中、
外を歩いている。

それでも!

生きて、生きて。
健康で。
そして、元気に、うっかり日焼けをして、
たのしく!過ごしている。

これって、神様のすごい恩恵じゃないかな。
っておもったん、だっ。

あと、もしも実験が成功してしまって。
ヤッター!と、手をマーカーで塗りつぶす奇行に走るとかさ、

そんなことがなかったことも、神様の恩恵だったんじゃないかな。
っておもったん、だっ。