ひとしずく 20170517
コンプレックスというものは誰もが何かしらに対して抱いているのだろう。
彼女のそれはまた違う。
たとえば、腕が3本あればいいのに。
たとえば、超能力があればいいのに。
悩む隙のない、諦めたもの。
彼女は自分の睫毛をそういうものと捉えていた。
睫毛が長い人は美しくて憧れだ。
睫毛の多い人が羨ましい。
そんな思いはとっくに消化済みなのだ。
前向きな諦めなの、と言う。
これ以上減らさないよう、流行りの睫毛エクステなどしないし、マスカラで睫毛をのばすことも、しない。
やわらかい雨がすき。
雨が降ったときだけ、悲しむって決めてるの。
空に代わりに泣いてもらうって決めてるの。
五月の明るい夜、駅から町へ流れ出る人々がチラチラと空を見上げていた。
雨?
見上げようとした、その時。
ぱたり、と、しずくが睫毛に当たり、重たいそれは頬をつたう。
なんか泣いてるみたい、わたし。
そう思ったあと、泣いていた。
初めて自分の涙があたたかいことを知った。
細く永遠に流れそうに思えた涙も、一晩で枯れた。
それから、彼女の睫毛は上を向くようになった。
何も映っていなかった瞳に、空が、世界が、彼女自身が、映されるようになった。
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