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【映画の中の詩】光は闇の中で輝く

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映画と詩の交歓にまつわる文章を綴ります。 〈注:引用するのは主に1930〜50年代の映画です。 字幕と翻訳者明記のない引用詩は私の勝手訳(語句の入れ替え、省略有り)であることをご…
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2023年12月の記事一覧

【映画の中の詩】『Without Love』(1945)

キャサリン・ヘップバーンとスペンサー・トレイシーの9本ある共演作の1本。そのなかでも、もっとも知られていない作品、なのだそうです。 詩の引用が多めです。 ウィリアム・ワトソン、ドロシー・パーカー、エドナ・ミレイの3人に関しては、それなりに名のある詩人なのですが、日本語によるまとまった情報をwebでは見つけることが出来ませんでした。 ウィリアム・ワトソン卿『Song』 April, April, Laugh thy girlish laughter; Then, the m

【映画の中の詩】『欲望という名の電車』(1951)

「欲望」という名の電車に乗って 「墓場」という電車に乗り換え   六つ目の角まで行くように言われたんです 「極楽」に着いたら降りるようにと―― エリア・カザン監督。原作はテネシー・ウィリアムズの同名戯曲。 主演ヴィヴィアン・リー、マーロン・ブランド。 南部の裕福な名家に生まれ職業は高校教師という未亡人ブランチ(ヴィヴィアン・リー)と粗野で暴力的な貧しい職工スタンリー(マーロン・ブランド)という分かりやすい対比。 もっともブランチの家は没落し、彼女自身も不行状(男と酒)が理

【映画の中の詩】『火の接吻』(1949)

アンドレ・カイヤット監督。 ジャック・プレヴェール脚本。 出演アヌーク・エーメ、セルジュ・レジアニ、ピエール・ブラッスール。 映画『ロミオとジュリエット』の撮影のバルコニー場面のカメラテスト。 主演俳優のスタンドインで出会った男女が恋に落ち、やがて物語と同じ悲劇の結末を迎える。 脚本は谷川俊太郎が「僕のヒーロー」と言っている時期のジャック・プレヴェール。文字で書かれたものだけが詩ではないのだ。 10代だったアヌーク・エーメが初々しい。彼女の”エーメ Aimee〟(「最愛

【映画の中の詩】『セント・マーティンの小径』(1938)

主演チャールズ・ロートン、ヴィヴィアン・リー。 詩を朗読する大道芸人に拾われたホームレスの女スリは才能を認められ大道芸を抜け出しスター女優となる。 一方、彼女に去られた男は物乞いにまで落ちぶれていく。彼を立ち直らせようと女は自分の主演舞台の端役のオーデションを男に受けさせるが…、というストーリー。 『風と共に去りぬ』前夜の映画ですがヴィヴィアン・リーはすでに輝きを放っています。 オープニングシーンで朗読される詩はJ・ミルトン・ヘイズの「黄色い神の緑の眼」。いわゆる「劇的モノ

【映画の中の詩】『チップス先生さようなら』(1939)

❝美しき青きドナウ❞ は詩人のこころのなかにのみ流れる? 少年時代の初恋以外は女性に無縁の中年の堅物教師チップスが旅行中に出会ったキャサリンに惹かれるのですが、彼女の方も茶色いドナウ川が「恋をするものには青く見える」状態になっている、という場面。 「美しく青きドナウ」はいうまでもなくヨハン・シュトラウス2世作曲のウィンナ・ワルツの名曲なのですが、問題なのはその歌詞で 〈いとも青きドナウよ、 なんと美しく青いことか 谷や野をつらぬき、 おだやかに流れゆき、 われらがウィー

【映画の中の詩】『剃刀の刃』(1946)

「僕は今でも、髪に蝶形リボンを結んで、生真面目な顔をしてさ、キーツの詩を読むと、それがとても美しいんで涙で声を震わせていた、痩せっぽちの小娘を、目のあたりに見ることができるよ。今いったいあの人はどこに住んでいるんだろう」 エドマンド・グールディング監督。サマセット・モーム原作。 グールディング監督は『グランド・ホテル』(1932)で有名ですが作曲もこなす才人。 ダンスシーンの伴奏曲「Mam'selle」はさまざまなアーティストにとりあげられてスタンダードナンバーとなってい

【映画の中の詩】『白い蘭』(1934)

共に年老いていこう!    最良の時はこれからだ エリザベス・バレットとロバートのブラウニング夫妻の文学史に残る愛の物語。 寝たきり同然で死を待つのみだったエリザベスがロバートとの出会いと詩の力で生命力を取り戻してゆく。 1957年にジェニファー・ジョーンズ主演でリメイク(というか原作戯曲があるので「再映画化」)されています。 当時評判を取ったという、ルドルフ・ベジアの戯曲『ウィンポール街のバレット家』が原作です。 特筆すべきは、この戯曲を観たであろう、ヴァージニア・ウル

【映画の中の詩】『ジェニーの肖像』(1948)

ジェニファー・ジョーンズ、ジョゼフ・コットン主演。 孤独な画家と「時をかける少女」ジェニーの時空をこえた真実の愛の物語。多くの映画監督、作家に影響を与えた映画。 冒頭引用されるのは「美は真理、真理は美」という、キーツの『ギリシァの古甕のオード』 美は真実で、真実は美 それがすべて Beauty is truth, truth beauty,―that is all そうすべてなのだ―あなたが知るべきことの Ye know on earth, and all ye nee

【映画の中の詩】『高慢と偏見』(1940)

『高慢と偏見』。何度も映画化されているジェイン・オースティン原作のこれは1940年版。 主演は『チップス先生さようなら』のグリア・ガースン。ローレンス・オリヴィエ。 財産のある男性と結婚する以外に女性が社会的地位を得る術がなかった頃の話であることを頭に入れておけば、題名のいかめしさとは違って笑いもありの楽しい映画です。 劇中で歌われるのは『Afton Water』。歌詞はスコットランドの国民的詩人ロバート・バーンズ。 バーンズは多くのスコットランド民謡を収集し、「蛍の

【映画の中の詩】『救命艇』(1944)

撃沈された船から脱出した救命艇上の、ヒッチコックにはめずらしいセリフ中心の人間ドラマ。 ヒッチコックが「映画全体がタルラ・バンクヘッドという女優の強烈な個性にささえられていた」(『映画術』)と言う、タルラが引用するキプリング「Tomlinson」 参考リンク: Kipling" by Tomlinson" "For the sin that ye do by two and two ye must pay for one by one!" https://poets.o

【映画の中の詩】『愛の調べ』(1947)

―― トロイメライはまだその甘美なメロディをやめない 「献呈」は、フリードリヒ・リュッケルトの詩にシューマンが曲をつけて妻クララに捧げるシーンです。 リュッケルトは忘れられた詩人扱いですが、名だたる作曲家たちによりその詩が歌曲とされたために音楽畑では今もよく知られているとか。 フリードリヒ・ヘッベルの詩はシューマンのピアノ曲集『森の情景』の1曲に添えられたもの。 しだいに精神を病んでゆくシューマンに重ねられるような演出になっています。 開巻、キャサリン・ヘップバーンの見

【映画の中の詩】「ローマの休日」(1953)

『ローマの休日』(1953)。ウィリアム・ワイラー監督。 主演オードリー・ヘプバーン、グレゴリー・ペック。 出会いの場面でオードリーは「この詩ご存じ?」と問いかけるが、検索しても出所は不明。脚本のダルトン・トランボ(『ジョニーは戦場へ行った』の原作、監督)の創作では、という意見が多いようです。 この後の会話で「何か声明がおありかな?」と聞かれたオードリーが暗記させられているのであろう、若者に対する提言を述べるのにつなげるために「葬られようとも その声を聞かば...」という

【映画の中の詩】『リディアと四人の恋人』(1941)

過ぎてしまえばみな美しい・・・ ジュリアン・デュヴィヴィエ監督がアメリカで制作した映画。 リディアと若き頃彼女をを愛した男たちがつどい、過去を回想する。 実際にあったこととは異なり過去はいつのまにか美化され追憶される。四人の記憶するどれが本当の彼女だったのかはリディア本人にもわからない。 夜は千の眼を持つ 『夜は千の眼を持つ』フランシス・ウィリアム・バーディロン 夜は千の眼を持つ が 昼はたった一つの眼を持つだけ しかし この眼が沈めば 世界は闇に包まれる 頭では千