【鋼の錬金術師シャンバラ/プロトタイプ】誰も知らない、主人公がまた改変されてた感想

「鋼の錬金術師シャンバラを征く者シナリオブック」に載っているプロトタイプ版の感想


正直言うと、ぜんぶあらすじ書いてしつこく感想を殴り書きしたいけど余裕で一万字いきそうなので、ほんとにいいとこだけストーリーの流れで書きます。ストーリーの虫食いな感想だけだと意味わからないと思うので、最後にちゃんとまとめた感想もある。

最初にこれだけ注意。
劇場版を前提に比較するとエドワードがひどい。きもちわるいすぎる。よく劇場版のエドワードまで抑えられたなと思う。そしてエドワード・ハイデリヒ・ノーアの三角関係な恋愛要素が多い。この2つが無理ならもうプロトタイプ読めないと思います。

この時点で「?」になった人はまとめた感想から見てね。


ストーリー感想

太字→セリフ、ストーリー 本文→感想
※このプロトタイプは本当にキャラ改変がひどく、ショックな内容もあるから気をつけて!ニ次創作くらいの気持ちで読んでもいい


010
『…なあ兄さんって呼んでみて…』

いきなり唐突すぎるというか節操なくてビビる。ハイデリヒの初登場から数分でこれ。いろいろ言いたいことがありすぎるが…ブラザーコンプレックスを拗らせすぎておかしくなっているのかなー。まあ残念ながら聞き取られず。
序盤からきもちわるすぎる発言、「プロトタイプ」が始まったなーという感じ。ちなみにここでは「エドさん」呼びされていた。

019〜022
捕まるノーアを助けようとしないエドワードだがハイデリヒは積極的に、エドワードを巻き込みながら手助けする。シュタイナーの部下をエドワードの秘密の義手で追っ払う。
ここのエドワード、ノーアを助ける気がマジで全くない。ふつうに見殺そうとしている。手助けするハイデリヒにやれやれ加勢する。人と関わりたがらない設定をより強調させているらしいけど…ひとでなしすぎて嫌だ。
そして義手は劇場版よりゴツくてコードや金属露出が激しい。文字列からでも伝わってくる荒々しい義肢。この辺は結構のり気で敵を殴っている。このシーンがほんとに映像で見てみたい。

019
『兄さん、さっきの子だよ。助けてあげようよ』
『でも、兄さん、泣いてるよ』
さっきのエドワードのセリフは聞こえなかったはずなのに、ここではなぜかハイデリヒが「兄さん」呼びしている。(自分も本当によくわからない。)助けようとしないエドワードを動かすために?もしハイデリヒが、兄さん呼びすればエドワードが自分の言うことを聞いてくれるかもしれないとか思って自発的に言ったなら、この2人、完全に「終わり」すぎる。

031
エドワードを気遣い距離をあけて歩くノーア。近寄るエドワード、また離れるノーア、の繰り返し。ノーアに触れようとするが離れられる。
この空気、距離感、気まずさが映像でみたかったのに。。個人的にかなり惜しいカット。

033
『俺は弟をもとに戻す方法を探して…探して…最後に自分を代償に…弟を…』
『弟がもとに戻ったのかも…帰る方法もわからない…もしかしたら俺はとっくに死んでいるのか…ここは夢の中なのかもしれないな』

劇場版では口にしなかった、自分が死んでいるかもしれない、という思いまでひどく弱気に吐露するエドワード。(つらい顔になっている)と示されていた。もしかして泣きそうになっている?
劇場版ではエドワードの途方もない虚無感をあまり前に出さなかったらしい(詳しく後述)。プロトタイプではこんなエドワードがしばらく続く。地獄。

037
ブラッドレイ(ラング)を発見するエドワード。困惑するノーアに『…亡霊だ』とだけ言って追いかける。
ほんとにシャンバラエドワードは小説家さんのようなセリフをさらりと吐く。もはや笑ってしまう。まだまだ出てきます。

050〜051
『エドワードさんはこの世界に何も興味が持てないみたいだ』
『元の世界に帰る方法がわからなくて…何をしたらいいのかわからなくて…とうとう生きる気力も失ってしまったように見える』
『あの人の頭の中にしかその故郷はないのかもしれない』
プロトタイプのハイデリヒはエドワードに辛辣であり、そして誰よりもエドワードを心配している。エドワードも、人と関わることを避けるようになっても、ハイデリヒだけには特別なものを感じ、側にいる。ヒモで同居しているわけではない。エドワードにとって他人以上家族以下(プロトタイプエドワードならアルフォンスの代わり、下位互換とか思ってる可能性すらある)でもハイデリヒにとっては家族並みなんでしょう。その思いの重さの違いが読んでいてつらい。

056
城でエンヴィーと邂逅。だがヘスたちにエンヴィーのみ仕留められ連れていかれる。

プロトタイプでは、ロンギヌスの槍についてエドワードが言及している。エドワードの口からキリスト教がどうとかと言葉が出てくるのだが、正直それにどきどきする。(後述)

061
錬金世界、アメストリスにて
『意訳)大佐が待っているのはエドワードか?』
『大佐は…エドワードが消えたのも…自分が至らなかったせいだと…考えている』
大佐、なぜかエドワード失踪の責任まで背負い込む。
プロトタイプでは一層荒んだ印象でもはやかわいそうとまで思う。劇場版よりエドワードの生存を諦めている。

075
『エドは…あなたの肉体の錬成の代わりに消えたのよ…もうこの世界のどこにも…』
エドワードの死に顔を見て、彼が生き返って、自身を錬成して消えた一部始終を唯一見たロゼだからこそエドワードを諦めてしまっている…ある意味でウィンリィよりつらいかもしれないのに…かわいそうだしすごく悲しい。

077
『エドワードさんと違って…僕は現実的だからね』
『あの人は、まともに仕事に就かないし、僕以外の人と深く関わろうとしない…ここが夢の中だと思っているから…』
『あの人にとってこの世界は…人ごとなんだ』

辛辣なように見えるが、夢見心地でふわふわと地に足をつけられないでいるエドワードに苛立っている、家族として、現実を見てほしいと心配している、健気すぎるハイデリヒ。でもエドワードに中々想いは伝わらない。かわいそうすぎる。

080〜081
『あんたにはわからんさ、一生を夢の中で生きる人のことなど』
『俺が生きていたあの世界はいまどこに…いや本当にあったのか…帰ることを諦めたのはいつだったか…だが俺の現実はここでもない…』
また出た。お前は小説家さんなの?このセリフは錬金世界の人にも自分にも言っていると思う。
そしてまた虚無感に浸っている。劇場版ではシーン丸々カットされた。ハイデリヒのことを考えるといい加減にしろと思ってしまうが、エドワードがここまで虚無に溺れてしまったそれまでの2年間で味わった焦燥と無力感を考えると、想像つかない壮大な絶望をこっちが感じる。アニメ1期からずっとそうだった、どうしようもなくかわいそうだった。彼は。

087
排水溝を通ったことでエンヴィーの血液で汚れているエドワード。自分から滴る血液で錬成陣を綴る。

文字ではこの萌えが伝わりきらない。義兄の血液で血塗れになっているエドワードさん。あー映像でみたい。
劇場版では自分の血液で門を開けたが、どっちも好き。

090
仮アルフォンスと脱出するエドワード。ハイデリヒが偶然目撃。
『いいぞ、アル!』(その嬉しそうな表情)
『…アル…?』(ハイデリヒ、何も言えない動けない)

うわー…
最悪の邂逅。(ハイデリヒしか気づいてないが。)カッコ内にも書いたが、余計に残酷さを引き立てる細かい表情の描写まできっちりと書いてあった。人の心はあるのか會川。劇場版と違ってここにハイデリヒがいるから、ついに見てしまった、本物の弟を。つらいーー…そしてここから地獄が始まります。

098
仮アルフォンスを家まで連れてきたエドワード。
『だって…僕はもう…ウィンリィといっぱい年が離れちゃったから』

ウィンリィは18歳、本来アルフォンスは17歳なはずなのに12才の姿になってしまった。エドワードとも6歳差。ここの会話「もうウィンリィにはお前しかいないよ」とエドワードにそれとなく言っている?でも本人は今ノーアに少し気がある。元の世界に戻ること諦めかけていたし。これも地味に結構くる。悲しい。

099
仮アルフォンスと共闘していたが、アルフォンスの力の限界が来てしまい、完全に事切れる。
『アル…アル…帰っちまうのか』
『畜生、お前らのせいだ』
敵をぶん投げ、殴り蹴り、倒れている相手にひとりで攻撃し続けるエドワード。グレイシアが駆けつけ、抱きしめられて、やっと静止する。
また問題発言。ひどすぎる。
まったく帰郷の可能性がなくて真っ暗な中、いきなりアルフォンスと再開できた。だが、差し込んだ希望がまた消えてしまった。その絶望、失望、わかることはできないほどだと思う。けど。その失望とどうしようもない怒りをそこに関係ない敵を殴ることで発散した。一方的に殴って八つ当たりするエドワード、劇場版と比べても、はっきり言って歪んでいる。
そして暴走するエドワードを抱きしめて止めるシーンはアニメ1期のロスを思い出しますね。18歳のクソガキを止めるグレイシアも大変だなー

100
錬金世界で意識が戻ったアルフォンス
『ウィンリィ…兄さんを見つけたよ』
『エドが?』

2人とも嬉しそうだけど、今その兄さんは人殴って発散してるよー。

103
シュタイナーとエドワードの対面
『君の思考は宇宙秩序の隅々まで理解しているようだ』
『だが誇りや名誉という利己主義が僅かに残っている…』

ひさびさにシュタイナー登場。虚無って暴走してを繰り返すエドワードのエゴを見透かしている、エドワードにここまでバッサリと言うキャラも意外と他にいない。

110
ホーエンハイムが門を開ける手伝ったことを知り、怒りのあまり机を殴りつけ凹ませるエドワード。

父親に対しての怒り、呆れ、色々と爆発している。今暴力的になっているエドワードは攻撃力も高い。

110〜111
キャラ描写※そのまま抜粋
(暗い目で立ち上がるエドワード)
(歩くエドワード。疲れ切ったその顔。全ての希望が失われたようなその顔。)
劇場版でもここまでキているエドワードは出てこなかった。死ねるんじゃない?映像で見たいなあーー

116〜119
ハイデリヒを大誤解させるエドワードとノーア。
『ロケットを、飛ばせるんですよ?』
『ここは俺の本当の世界じゃ…居場所じゃないから』
『あなたにはなにも言う資格はない!』

ハイデリヒがロケット製作を急ぐのは半分はエドワードのためなのに、本人はまだ現実逃避しようとするからキレる、と言うか説教?あたりまえですねー
劇場版以上に、アルフォンス・ハイデリヒという男に涙が止まらない。

122
司令部の臨時会議に議長として出頭要請されるが頑なに断る大佐
『それを断るからには…軍人でいるつもりもない』 

なぜかエドワードのことでずっと落ち込んでいる…そこまで自責するか?本当に子どもを亡くしたくらいの気持ちなのかもしれない。

123
ウィンリィと偶然出くわす大佐

アニメ1期の大佐はウィンリィの両親を銃殺して、エドワードも失って(と本人は思っている)、ウィンリィとは気まずいだろうねー

129
キャラ描写
(何もかも失った抜け殻のような顔のエドワード。
唇にはだらしない微笑。ただ歩いていく。)
(そんなエドワードを見るのがつらそうなノーア)

なぜこんなにダメそうになっているのかよくわからない。ハイデリヒに振られたから?ここまで地獄すぎるエドワードを映像で見せられてたらドン引きできつかったと思う。

139
『あなたがいくら関わりない顔をしても、現に扉は開く。あなたのせいでね』

また辛辣ハイデリヒかと思うが、現実を見ようとしないエドワードに地に足つけてほしいだけ。ハイデリヒにとっては、扉が開けば、ナチスの後押しにもなるしエドワードに現実を見てもらえる、ただいいことだと思ってるんですよね。本当に何も悪くないんですよ、この人は。

143
『このエンヴィーも私の息子だ
彼が望むなら、私は彼に殺されたい』
エンヴィーに噛み砕かれるホーエンハイム、絶叫するエドワード

劇場版ではカットされたセリフ。されてよかったと思う。アニメ1期ホーエンハイムのセリフの中でもひどいセリフ。
父親から最後に自分たち以外の家庭の息子のことを話されるのも、その息子に殺される決意を聞くのもつらいだろうし。
そして父親の死に絶叫するシーン。劇場版では血飛沫ごしに膝から崩れ落ちるエドワードが見える演出だった。声すら出ない。個人的には劇場版の方がすき。

162
『生きていたか…エドワード・エルリック』

劇場版は『生きていると思っていたよ』
プロトタイプの大佐はエドワードの生存を諦めていたので、セリフが違う。
劇場版で、大佐を咄嗟に盾にする兄弟のシーンがかわいい。

163
『理想郷も、夢の世界も、どこにもない、そこに生きている限り、すべて現実だ!』
『そこに…人がいる限り』

やっと、やっと現実を見てくれたエドワード。命懸けでそれを伝えたハイデリヒは死んでしまったんだけどねーー…。涙。

165
エドワードとの別れ、大佐涙

一瞬引いてしまうが、ちょっと待って!
アニメ1期の大佐は、エドワードの保護者、という色が強く描かれていたので、そんな彼との本当の別れが、本当に泣くほど原寸大で悲しかったのかもしれない。

168
『あれ…きっとエドだ…』(ぐっと唇を噛む)

劇場版にある『もう…待たせて、くれないんだね…』のセリフはない。このセリフで毎回涙がとまらないんだけど、これがないとウィンリィとの別れがあっさりしすぎて寂しい。
まあ結局なにしてもこのシーンは悲しすぎる。何も言わずに耐えるウィンリィの強さを表したかったのかもしれないけど、一応ヒロインだし、なんなら全然ウィンリィも泣いたり未練たらたらでもいいんだよ…

171
『立って歩け…前に進め…』

會川本人も書いてるけど、最後ロゼで締めるのが唐突すぎる。自分はアニメ1期ロゼだいすきだけど、ここだけまた急に出てきてもよくわからないことになると思う。
しかしエドワードで物語を締めるのも〜とか書いてたが、今まで散々エドワードをしつこく詳細に描写してきたんだから、別にそれでも良くない…?


まとめ感想

プロトタイプエドワードきもちわるい…と感じたあなた、全然それで普通なので安心してください。
シャンバラプロトタイプを読んだ人の感想は大体エドワードひでーハイデリヒつれーなので大丈夫。


エドワードがきもちわるいと感じるのは、虚無感に溺れているのに錬金世界には未練がましく、アルフォンスへの執着を捨てきれずハイデリヒでそれを解消させているように見えるから、だと思う。

自己燐憫がきもちわるいというのはよく言われることだけど、漏れにとってはもうどうでもいい、だってそんな彼がだいすきだから、そして漏れも一緒だから。

劇場版ではかなり抑えられていたが、シャンバラエドワードは「虚無」がキーワードであり、彼の罪だった。と會川も解説で言及している。

會川いわく、劇場版ではエドワードの虚無感が、主人公然としていない・感情移入しづらい・エドワードに寄りすぎてアルフォンスが霞んでしまうという理由であまり出せなかったらしい。

會川は、虚無感に沈んでいるエドワードを、尺が三時間あれば書き切れただろうと解説している。だったら書いて欲しい、虚無りすぎて神経症持ち廃人気味ている主人公も見てみたい。どうせ劇場版でも8割くらいエドワードの話なんだし。

※會川は解説で、虚無感に「溺れる」、「漂う」、みたいな表現を使っていました。途方もない非現実感の海で遭難しているイメージでしょうか。

まあ自分は劇場版エドワードの、ハイデリヒや近所の人と割と普通に関わりあっているように見える隙間からたまに出てくる虚無感や厭世感がちょっとえろくてすきなんだけどねーーー


劇場版とプロトタイプの差は、やっぱりキャラ描写の細かさだと思う。
劇場版は、なんか違うエドワード、誰かに似ている現実世界のキャラたち、その他。て感じだけど
プロトタイプは、どうしようもないエドワードとハイデリヒとノーアの結構大人なもどかしすぎる三角関係、やんちゃすぎるアルフォンス、ラースとイズミの辛すぎる別れ、そして荒んだ大佐、だった。

劇場版は90分に収めるために削りまくる必要があったことはわかるんだけど、正直いうと時代背景の描写をもう少し削ってプロトタイプのシナリオを残しておいて欲しかった。ファンなら大体そうだと思う、確かにそれが劇場版のリアルな雰囲気を作る大事な部分だろうけど、エッセンスはそこじゃないんだよねー
この映画を見る人なんてアニメ1期みてきたファンだけなんだから、
ちょっと惜しい感じだなーー

プロトタイプの恋愛要素がまったくカットされたのも惜しい。恋愛ドラマにあるベタな三角関係、ベタなすれ違いだけど、エドワード・ハイデリヒ・ノーアがこれを展開すると急に複雑で大人な話になる、最終的に誰もくっつかないのもいい。ハイデリヒは死んで、エドワードにはアルフォンスがいる。ノーアはどうなるのかな。
アニメ1期本編はエドウィン要素が原作より薄かったしロゼまで出てきてたので、プロトタイプの恋愛ストーリーが沁みる。誰も幸せになれなくて悲しい。


鋼の錬金術師という作品には、それぞれ違う「エドワード・エルリック」という主人公が、もう10人くらい存在しているけど、その中でもこのプロトタイプが1番ひどい。ひとでなし。
この鬱屈で歪んでてどうしようもないエルリックを
演じる朴璐美も、過激な幸薄のハイデリヒ役の小栗旬も聞きたくない、でも聞きたい。映像にして欲しくないけど、映像で見たい。そう思える作品。


(後述)
個人的なことだけど、
プロトタイプでは、エドワードは宗教とかオカルトとか神、魔術、悪魔、などについて意見を持っている。エドワードの口からキリスト教がどうとかと言葉が出てくるのだが、正直どきどきする。本来交わらないはずの架空のキャラクターと、現実に存在する、特に宗教の思想が交差していることに何か、うしろめたいふわふわした興奮を感じている。なのでプロトタイプでは、エドワードの容赦ない現代日本人的な無宗教観溢れる言葉に、すごく萌えている。


散々きもちわるいとかいってるけど、シャンバラプロトタイプエドワードが1番すきになった。アニメ1期の幸薄で幼くて儚いエドワードもすきだけど、このうんざりするくらい人間味が溢れたコンプレックスだめ人間なエドワードもすき、暴力になると殴りすぎてしまう所も含めて。どっちも歪んで病的で不健全な精神で、萌えなんだなーー、


最後に

自傷の跡が痛い
そんな日の前に読んだ。これはコンプレックスにはならないけど、それは今だけなのかもしれない、そうなる未来の自分を想像すると、余計に、つらくてしかたがない。

原作のプロトタイプを買った勢いでシャンバラシナリオブック、このプロトタイプを買ったけど、アニメ1期コアファンとして本当に読んでよかった。「鋼の錬金術師」というコンテンツでは1番知名度が低いこの内容に共感してくれる人がもっと増えてほしい。
まあここまで読んだあなたは買うことはないだろうけど。

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