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パフォーマンスビルダー三浦の視点 #3~クライミング:四駆の体づくり

こんにちは、パフォーマンスビルダーの三浦千紗子です。
今回は、私が取り組んできた仕事についてお話したいと思います。
元来私は生粋の現場主義なので、知識と経験、そして知恵を用いていかに現場で結果を出すか、結果ありき。その面白さと難しさに魅力を感じています。
この15年、ほぼ毎日と言っていいほどスポーツの現場で仕事をしてきましたが、その中でもクライマーとの関わりはとても濃密で笑、関わってきた選手の中には東京オリンピックの出場権を獲得した選手もいます。
現場での仕事のおもしろさは多岐に渡っており、なかなか1つのトピックにまとめるのは難しいのですが、今回はクライマーとの関わりをパフォーマンスビルダーの視点でレポートしたいと思います。

以前の投稿(「“手”との出会い、そしてこれからの楽しみ」)でもお話しましたが、私にとって2009年から2019年の10年間はまさに「手の時代」。
クライミング界の老舗であり、複数のクライミングジムを運営する「クライミングジムPUMP」の皆さんとクライミングの上達方法について研究し、本をつくったりとても内容の濃いものでした。その一方で競技としてクライミングに取り組む選手との関わりも濃厚、濃密。
どっっっぷりクライミングに浸かりました。


1、 絶対に守る、選手の体

何を差し置いても、私が一番大切にしている観点は「怪我の予防」です。
これなくして正解はないと思っています、断固予防です。
スポーツの仕事をしていると、結果を求めるがあまり無理なトレーニングをしたり、筋力トレーニングに頼ってしまいがちですが、私の中での結果の定義の一つは「怪我をしない」ということです。もちろんどんなに予防をしていても、アクシデントで怪我は起きる時には起きてしまいますが、余程の場合を除いて怪我は防ぐもの、防げるものと考えています。ただし、ラグビーやアメフトなどのコンタクト前提のスポーツは別ですよ。
  ※注釈~怪我について
   過去に経験した怪我がある場合、また、怪我を招きやすい姿勢や
   アライメント(各関節や骨の並びのこと)の場合は怪我が起きやすい
   状況であることもあります。
   怪我に関してはこちらも参照下さい。


その定義からすると、クライミングは上半身の負担が大きい競技なので、ある意味最も敬遠したい競技の一つでした笑
上半身は、繊細なパーツが多いんです。
人間の体の場合大雑把に考えてこのような特性があります。

体の役割

人間の上半身は、力を出すためにあるのではなく、道具を使ったり、体の向きを変えたり、細かい作業をするために繊細な構造になっています。
クライマーズバイブルにも記載しましたが、人間の体を植木鉢や植物に例えると、骨盤は丈夫な植木鉢、背骨は体の幹となる部分で、腕や指は枝葉にあたるようなイメージです。

植木鉢

画像引用:クライマーズバイブル

クライミングの場合は、指でホールドと呼ばれる突起物を握って動くという競技なので、柔らかくしなやかさを特徴とする枝葉の部分で力を出さなくてはいけないという、人間の体のセッティングに矛盾した特性なのです笑
おかしなもんですね笑
ということは、その矛盾点をいかに攻略するか~というポイントが見えてきます。
壊れやすい繊細な指、手首、肘、肩を守りながらパフォーマンスを構築する。
以前「パフォーマンスビルダーとは」でも記載しましたが、私は一時のパフォーマンス向上を狙って、大切な体のパーツを壊してはいけないと考えています。
自転車や棚などの「物」は壊れたパーツを取り換えることができますが、人間の体は簡単に取り換えることはできない一生物の部品だからです。
もちろん、手術をすることで改善することもありますが、体や競技への負担は大きく、何があっても壊してはいけないと私の取説には書いてあります。
特にクライミングの場合、生涯スポーツの側面を持っているため、若い時だけ競技ができればOKではなく、きっと彼らは一生登っているはず^^
だからこそ、いくつになってもクライミングを楽しめる体を守っていくことは、私の重要なミッションだと考えています。


2、 クライマーのニーズ「保持力」

次に、クライマーのニーズ、それは「保持力」。
これまた断固保持力、笑。
壁から出ている突起物(ホールド)を握る力のことです。
ホールドには様々な種類があり、乾電池ほどの小ささで握る力を要する「カチ」と呼ばれるものから、親指と人差し指を目いっぱい広げて持つ「ピンチ」、サッカーボールほどの大きさの丸い球状の「スローパー」まで様々な形状のものがあります。加えて、表面もザラザラしていたり、つるつるだったりと色々な特徴があるわけです。これをいかに握るかということがクライマーのニーズです。
「握る=指や前腕の力」という公式ができあがっており、前腕のたくましさや保持力は「ロマン」だそうです。
 
でもですね、考えてみて下さい。
手(指や手のヒラ)や腕ってとっても小さくないですか笑???
反対にお尻や足を触ってみましょう、とっても大きくないですか笑???
そもそも体の中で見たらこんなに小さい手や腕で体を支える力を出そうということが矛盾していると思うのです。

では、どのように「保持力」の答えを導くか。
手(指や手のヒラ)は驚くくらい発達していましたが、代わりにまだまだ活かされていない、眠っている体のパーツが山のようにあったので、それらを活かすことがきっとキーになるだろうと考えたのです。


3、 私の答え「四駆の体作り」

以上の2つの観点をふまえ、私がクライマーへ行った基本的なフォームづくり、体づくりは「四駆の体づくり」です。
クライマーの場合、前輪駆動、つまり上半身主動であることが多く、後輪である下半身がないがしろになっていることがとても多かったのです。もちろん後輪である足も効果的に使いこなしているクライマーもいますが、実際に体の機能としては前輪である上半身の方が重視されていました。
でも人間には、下半身という後輪があります。
そしてその人間の体は四輪駆動として動くべく、上半身と下半身が繋がっているのです。
そのもとになる考え方がこれ、「お尻と背中の力」です。

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『アナトミートレインとは「筋膜連結」のことで、「筋肉」というものは、1つ1つ独立して存在していますが、筋肉を包んでいる「筋膜」は、複数の筋肉をまたいで繋がっており、その連結を「アナトミートレイン」といいます。(出典:「アナトミートレイン」)』


この図からもわかるように、お尻と背中の筋肉の力は連結しており、共に協調しながら力を発揮します。
さらに、前輪である手や腕の力は上半身の背中の力と連結しており、
後輪である足部や脚の力は下半身のお尻と連結しているという特性がある。
つまり、クライマーのニーズである「保持力」は「ホールドを持つ手(指や手のヒラ)から腕を介し、繋がっている背中の力、さらに繋がっているお尻の力から足先の力」つまり「全身でホールドを保持する力」という答えを導きました。

本来柔らかく、繊細な動きをする「手」を守りながら、壁の中で体を支え、上へと進む推進力を生み出す。

そのために四輪駆動の登りをする、それが選手と共につくってきたパフォーマンスです。


4、おわりに

言葉にするととてもシンプルにまとまってしまいますが、この言葉を体現するのには、莫大な時間と労力を費やすものです。
もちろん目標達成までの最短コースは考えますが、最短コースだったとしてもその道のりは優しくなく、結局のところ日々コツコツと体づくりや登りづくりを繰り返すことが必要です。
クライミングのワールドカップはヨーロッパで行われることが多く、日本とは時差があるので、深夜にLIVE配信を観ながら、悔しさや歓喜を味わったことを昨日のことのように思い出します。
この「手の時代」、私にとってはとても貴重な10年間でした。「手」という新たな目線を身に着けていざ前進~です。


画像引用:見出し「PIXABAY

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