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高校球児は本当に守備からリズムを作っているのか

はじめに

8月6日から始まった、第104回 全国高校野球選手権大会、通称「夏の甲子園」は、今年も熱い戦いが続出しています。

ところで、皆さんは昨今の高校野球が抱える最大の問題点はなんだと思われますか?
甲子園の過密日程?理不尽な上下関係や教師の体罰?必要以上の送りバントなど、前時代的な戦術?
そう、「守備からリズムを作る高校」の存在ですね。

ご存じない方のために説明すると、毎年甲子園を全試合生中継するNHKは、ここ数年、甲子園に出場する全チームに、自分達のチームの持ち味や甲子園での目標を30秒程度で紹介してもらうひと言コメントコーナーを設けています。
その紹介映像に、いつの頃からか定型文のように使われるようになったワードがいくつかあります。例えば「切れ目のない打線でどこからでも得点する」や「粘り強い野球」、「一戦必勝」などの言葉です。

その中でも特に目立つのが「守備からリズムを作る」「守備からリズムを作り、攻撃に繋げる」というワードです。
攻撃と守備の境目が事実上存在せず、守っている状態からシームレスに攻撃に繋がり得点が生まれることがままあるサッカーやラグビーなどと違い、攻撃と守備が明確に分かれていることから、守備を起点に得点することが不可能な野球においては、少なくとも表面上では守備が攻撃に明確に影響することはあり得ないはずです。にも関わらず、毎年多くのチームが、自分たちの野球として「守備からリズムを作り、攻撃に繋げる野球が持ち味」と述べているのです。

しかも、そもそも「守備からリズムを作る」という表現について、明確な定義等はもちろんありません。何をもって「守備からリズムを作る」のかははっきりしていないのに、毎年毎年守備からリズムを作るチームは多発しているのです。

ところで昨今の高校野球界を席巻するこのワード、本当に信憑性はあるのでしょうか?信憑性があるなら、その正体は一体何なのでしょうか?Twitterで「守備からリズムを作る高校を許さない市民の会」として活動している私としても非常に気になるこの問題に、今回は迫っていこうと思います。

仮説

守備からリズムを作ることを持ち味としているチームは、当然その守備に自信を持っているはず。であれば、守備からリズムを作る高校は、守備からリズムを作ると言っていない高校、つまり守備からリズムを作ろうとしてない高校よりも守備がいいはずで、それがデータとしても浮き出てくるはずです。
上記の仮定をもとに、チーム紹介で「守備からリズムを作る」と発言しているか否かを確認し、守備からリズムを作ろうとする高校と、守備からリズムを作ろうとしていない高校との成績を比較してみました。

各高校のデータは高校野球ニュース様(https://www.高校野球.online/)を、チーム紹介はTwitterのNHK甲子園様(https://twitter.com/nhk_koushien)の内容をもとに、それぞれ作成しています。ありがとうございます。両サイト様ともこんな訳の分からない比較のソースにされるとは思わなかったでしょう。

エラー面から見たデータの比較

それでは早速比較していきましょう。
まず、守備からリズムを作るor作らない高校の数を比較していきます。

守備からリズムを作る高校:20校/49校
守備からリズムを作らない高校:29校/49校

なんと、全体の4割が守備からリズムを作ろうとしていました。高校野球界における守備から作られるリズムの浸食具合は非常に深刻な状況にあることが分かります。高野連は何をやっているんだ。

次に、両陣営のエラー数を比較していきます。守備に自信を持っている以上、まずい守備の象徴たるエラーの数は少なくて然るべきでしょう。そのエラー数に差があれば、その守備の堅さは十分にスロトングポイントとして説得力を持ちますし、「エラーで自分たちから相手に点や主導権を渡さない」ということを「守備からリズムを作る」と表現しているのではないか。と考えることも出来ます。結果は、

守備からリズムを作る高校:4.35個(1試合あたり平均0.75個)
守備からリズムを作らない高校:4.48個(1試合あたり平均0.80個)

僅かながら守備からリズムを作る派の方が成績がいいですね。まかり間違って結果が逆ならここで話が終わってしまう可能性もあったので、守備からリズムを作る派の皆さんは肝を冷やしたところでしょう。よかったですね。

さて、守備からリズムを作る派の方々としては、ここでまとめに入って欲しいところでしょうが、そうは問屋が卸しません。そう「いや確かに差はあるけど、これだけ微差なら誤差の範囲じゃないではないの?」というものです。いわゆる「有意差があるのか」という話ですね。
ということで、有意差検定をやっていきます。まずは前準備として、リズム群と非リズム群のデータのばらつきが等しいかどうかを表す「分散」を求めます。信頼区間は一般的な5%を採用するので、p値が0.05よりも大きければ、2つのデータ群にはバラつきがないということになります。で、結果としては、

エラー数:p=0.852
平均エラー数:p=0.670

と、なり、両方ともp>0.05を満たすので、2つのデータ群にはバラつきがない=等分散であるということになります。

では本番、2つのデータ群の差が有意かどうかを調べていきましょう。有意水準片側5%のt検定を採用しているので、p値が0.05よりも大きければ、2つのデータ群の差は優位ではないということになります。結果は、

エラー数:p=0.427
平均エラー数:p=0.336

でした。ともにp>0.05だったので、2つのデータ群の差は優位ではない、つまり「誤差」と言えてしまうことになりました。

何がリズムを作っているのか

これは由々しき事態です。エラーの少なさという、分かりやすく守備の売りをアピール出来るはずの要素は、守備からリズムを作らない高校と差がない、誤差の範囲内であると判定されてしまいました。これでは守備からリズムを作る高校は、おちおち故郷に帰ることも、大会後の自由時間にUSJではしゃぐことも出来ません。

では、彼らは一体何をもって「守備からリズムを作る」と言い張っているのでしょうか。
そこで、エラー数以外の要素として、「失点」「1試合あたりの失点数」「防御率」「打率」「得点」について、それぞれ平均を比較し、その差が有意かどうかを調べてみました。それぞれのデータはいずれも等分散だったので、以降はf検定のp値は割愛し、t検定のp値のみを記載します。

各データ比較

失点
守備からリズムを作る高校:8.70点
守備からリズムを作らない高校:10.86点
p=0.086

1試合あたりの失点数
守備からリズムを作る高校:1.54点
守備からリズムを作らない高校:1.99点
p=0.061

防御率
守備からリズムを作る高校:1.80
守備からリズムを作らない高校:2.18
p=0.117

打率
守備からリズムを作る高校:.369
守備からリズムを作らない高校:.347
p=0.047

得点
守備からリズムを作る高校:47.20点
守備からリズムを作らない高校:42.28点
p=0.074

そっち?

意外過ぎる結果が出ました。両者に有意に差がある、と出たのはなんと守備とは全く関係の無い打率。そっち?
また、有意差が出た項目こそ打率でしたが、他の項目もほぼ有意水準ギリギリであり、甘めに見ると(甘めに見ちゃいけないんですが)、「誤差の範囲だけどその中ではそこそこ差はある」程度は言えるんじゃないか、少なくとも、全体的にエラー数よりp値は有意水準に近いとは言っていいのではないかと思います。

新たな仮説

と、ここで一つの仮説がおぼろげながら浮かび上がってきます。
それは、「守備からリズムを作る」とは、投手力の良さを指すのではないか。というものです。
いくら守備を鍛えたところで、肝心のピッチャーがバカスカ打たれるようでは活かしようがありませんし、逆に守備力自体はそこそこでも、投手力があれば相手を0点に抑えることは可能ですし、投手が投げている時間はすなわち守備の時間なので、投手がランナーを出さず0点で抑えていればリズムよく投げている、と判断され、それはそのまま守備がリズムよく進んでいる、と判断される。とないでしょうか。
実際、「守備からリズムを作る」と言った20校のうち、ほぼ半分の9校が「投手・エースを中心に」というワードを頭に付けてチームをアピールしています。
また、エラー数が少ない10校のうち、守備からリズムを作っていたのは4校なのに対し、防御率上位10校のうち、守備からリズムを作っていたのは6校、平均失点数に至っては、上位10校中7校が守備からリズムを作っていました。

あまりにもあんまりでは

ただ、投手力の言い換え、とだけ考えると、打率に関して出た有意差についての説明が難しいんですよねぇ。
打率・得点上位10校中、打率は5校、得点は4校が守備からリズムを作っており、逆に打率・得点下位10校では、打率で3校、得点でも3校が守備からリズムを作っていましたが、過半数まではいかないので説得力に欠ける気がします。
ウンウン唸りながら「守備が売りの高校は、投手力が良く、打撃にも優位に差があるんだよな…これって一体どういう…」と考えたところで、「あれ?これ総合力じゃね?」という考えが頭をよぎりました。
そこで、「1試合あたりのエラー数」「失点」「防御率」「打率」「得点」それぞれの順位を合計してみました。この数が少なければ少ないほど、総合力が高いと考えられます。
結果はこちら

エラー数/試合、失点、防御率、打率、得点の順位合計上位10校

なんと上位5校すべてが守備からリズムを作る派の高校でした。
つまり、「守備からリズムを作る」とは、なんてことはない、シンプルな総合力の高さの言い換えだったと考えられます。あまりにもあんまりでは?

確かに便利ではある

しかし確かに、プロ注目の大エースやスラッガーを擁する高校であれば、必然的にその選手の活躍で甲子園まで来たケースが多くなり、チームの長所を表現する上でも、その選手の内容を盛り込むことが出来ますが、総合力の高さで勝ち上がってきた場合、それはただただ「普通に抑えて普通に打って勝ってきた」ということになります。
そのようなチームが馬鹿正直に「普通に抑えて普通に勝ってきました」とチームを紹介するのも明け透けすぎるというか、私自身は非常に嫌いな言葉ですが「高校生らしくない」と捉えられてしまう可能性もままあります。
総合力をいい感じにアピールできる表現はないものか、と考えてたどこかのチームがあるとき、「守備からリズムを作る」というワードを思いついたのだと思います。投手力も野手の地力も同時にアピール出来て、なおかつ嫌味もない。総合力で勝ち上がってきたチームにとって、これほど便利な言葉もないでしょう。
実際、合計順位上位10校のうち、「守備からリズムを作る」とセットで使われやすい「投手・エースを中心に」というワードを入れていたチームはたったの2校でした。

また、大エースの存在で甲子園の切符を勝ち取った高校も、世間に自チームをアピールする際、「エースの頑張り一発でここまでやってきました」とはなかなか言えません。また、投手ひとりにチームの命運を背負わせると、投手側は必要以上に気負ってしまうことが考えられますし、背負わせるチームとしても、必要のない負い目を感じる可能性は大いにあります。また、逆に投手の増長や、チームの腐りの原因にもなりかねません。
そこで「守備からリズムを作る」と表現することで、チーム全体で戦っているんだよ。ということを内外にアピールしているのではないでしょうか。
このように、総合力に加え投手力をアピールしたい高校も使い始めた結果、「守備からリズムを作る」というワードはこれほど広まったのではないか、と考えられます。

改めて、「守備からリズムを作る」とは

以上の内容から、「守備からリズムを作る」の正体は、
「実質的な投手力、総合力の高さの言い換えであり、それを嫌味のない、マイルドな形として表現している」ということなのではないか、と私なりに解釈しました。
総合力の高さ、すなわち地力の高さを嫌味なく表現するのは確かに難しいですし、そこで投手と野手の共同作業とも言える「守備」に着目したアピールを最初に思いついた高校の視点は素晴らしいと思いますね。

おわりに

いかがでしたか?(定型文)
今回、データを集計することで、「守備からリズムを作る」とはなにか、という問題について、うっすらとでもその正体に迫れたのではないか、と思い上がっています。学生時代に勉強した統計がこんなところで役に立つとは。しかも昔触った程度の杵柄なので、諸々確認しながらやりはしたので大丈夫だとは思いますが、データを読み間違えてる可能性もあります。それを言っちゃあおしまいなんですが。

さて、このデータを集計する中で、取りたかったものの叶わなかったデータとして、「エラー回失点数」「エラー後得点数」があります。
守備からリズムを作る高校にエラーした回に失点した回数が多ければ、守備でリズムを作れていない可能性が高くなりますし、エラーした直後の回で得点を取っていれば、守備から作ったリズムに関係なく、攻撃は機能している、ということが言えると思います。
しかし、地方大会の1回戦などは、エラー数は分かるものの、どの回にエラーしたかなどの詳細な記録が見つからず、「少なくともn回はエラー回に失点した」のような、不十分なデータしか集められなかったことから、集計を断念しました。各都道府県の1回戦からの詳細な記録が載っているサイト等がありましたら、お教えいただければ幸いです。やるかは知らん。

また、せっかくなので、まとめたデータのスプレッドシートを公開します。
このデータを足掛かりに、誰かに新たな気付きや仮説を提示してもらえるようなことがあれば最高に面白いな、と思っています。
https://docs.google.com/spreadsheets/d/e/2PACX-1vQT_2788scZXdOuMn2fvBOWT2wM8sjiTu8hV91eT9ldw3fFCYoDJhh6JKm_hdD7zlKHHp2Pa2AU899W/pubhtml

それから、当然皆さん分かっていただけてるとは思いますが、一応念のために、Twitterでの言動も含め、これらは全てネタで言っています。本気で守備からリズムを作る高校を憎んでたらさすがに頭おかしいでしょ。

では最後に、これからの今大会でも、忘れられない激闘や信じられないドラマが観れることを期待しつつ、各校のチーム紹介で一番好きだった、県岐阜商の動画を貼って終わりにしたいと思います。ありがとうございました。

打つとか守るとか練習より食ったコメの量を自慢する学校ってあるんだ。

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