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スルツェイ


『JFK空港』で、子どもは産まれなかった。
『新市街』で"パパ"は堕す事を願って、それを自責していたけれど、『スルツェイ』はもう、全てが赦された後のお話。
だから青々と晴れ渡る海のような、凪ぐ煌びやかな空のような、爽快感が溢れている。
だから『スルツェイ』こそが"パパ"の、"青年"の、"ぼく"の、物語のクライマックスだ。

たわごとはもう十分だよね。
考察とか、解釈とか、どうでもいい。
そこにはうねる音があり、高波となって我々を押し潰す。
歌詞を頼りにしがみついて、必死に溺れないよう波に乗る。
圧倒的な、"音楽"の力が、そこにあると思う。


「きみが最後に笑う理由を見せて
見えない手に押されて放り出された
舞台じゃないから?」
歌詞の意味なんて、分かりませんよ。
でも、感動するんです。
きらめくギターが聴こえる。
心臓を揺らすドラムが鳴る。
根底で支えるベースを感じる。
分かるのは、そこまでだ。
何を言われてるのか分からない、でも涙が出て来る。
なぜか赦されたような気持ちになる。


十分とか言ったけど、どうしても物語を読み解きたくなるキーワードが、そこかしこに在って困る。
「きみはかわいい怪物のようだった」彼女の事かな。怪物と言ってる時点で、得体の知れない何かだと恐れてるようだ。
「跳ねるエンドルフィン」エンドルフィンは、肉体的な痛みを受けた時、痛みを和らげるために分泌される脳内物質。幸福な気持ちになる。死ぬ寸前に分泌される事でも有名。
「赤ん坊の泣き声は海の底から突き上がる」海の底に沈んだ、かれらの赤ん坊。でもそれは、糾弾には聞こえない。

子どもは産まれなかった。望まなかった。海の底に沈んだ。
それを受け入れた"ぼく"と"きみ"の、新しい人生のはじまり。
そんな物語、な気がする。


ただ、ただね。
この曲はそんな勝手に作った物語に収まるような、そんな曲じゃないと思うんだ。
神様がお傍に居るように、お天道様が見ているように、超自然的な物が"護ってくれている"、そんなイメージの曲。
だからふとした時に聴きたくなるし、いつ聴いてもどこか、癒される。
歌詞の中身は知らない。
物語を言葉で理解する事も出来なかった。
なのに、音楽だけでカタルシスを感じる。
以前、『日曜日/浴室』の感想でも<1週間、彼の喪失感や死への願望を体験してきた聴き手に、カタルシスをもたらす。>と書いたが、『スルツェイ』も同じ効果があると思う。
『Ghost Apple』は一応、"きみ"と"ぼく"という登場人物が居たし、"おそらくラブソング"と思えた。
しかし『Family Record』は主人公が居るんだか居ないんだか、複数居るんだか。
コンセプトもあるんだか無いんだか、複数あるんだか。
聴者は常に煙に巻かれてきた。


それでも。

「 神秘が僕に鞭を打つ
 「まだまだきみは生きなさい」って 」

この歌詞が全てだ。
その後のきゅいきゅい切れそうな弦の音は、閉じかけていた生命が繋ぎとめられる音だ。
意味だろうがコンセプトだろうが解釈だろうが考察だろうがぶっ飛ぶ破壊力を持っていた。

生きなくちゃいけない事は不思議だ。
生命は自分の物のはずなのに、いつでも終わらせる事が出来るのに、出来たのに、ここまで生きている。
"あなたの命はあなただけの物ではない"と中学教師に言われた事は今でも理解できない。自分の命は自分の物だ。
悔しい事に、その理屈が分からないまま生きた結果、死にたくなる日が4割、生きてて良かったと思う日が2割、残りはなんにも思わない日だった。
死なない続けている事が不思議だ。
それは見えない何かが自分を生かしているから、なのかもしれない。
と、『スルツェイ』を初めて聴いた時思った。
死ななかった自分に怒りを覚える日があっても、その日からは"神秘"のせいに出来た。
"神秘"が鞭を打つから、理由も分からず生きている。
多分、明日も、生きていく。


カタルシスを感じるのは、おそらく、『スルツェイ』が『Family Record』の旅の終着点だからだ。
世界で最も新しい島。
生まれたての土地。
長い旅だった。
意味がありそうで無かったかもしれない、歌詞に煙に巻かれ。
作風が違いすぎて混乱する事もあった、音楽に迷い。
世界地図に無い地名も旅させられた。
だけど良い旅だった。
だから何度でも旅したくなってしまうのだろう。
良い旅だった。

旅は終わるが『JFK空港』は真相編、『どこでもないところ』はエピローグといったところか。
"物語"はあと少し続く。


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Cut Threeのスルツェイはマジで最強
https://www.youtube.com/watch?v=RfEfTL-zrAQ

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Ghost Apple
日曜日/浴室
https://tbk-pd.hatenablog.com/