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沈黙

Citizen Soul①_沈黙


<そうさ、世界は美しいのさ>

『Citizen Soul』(市民の魂)という名のアルバム。
1曲目は、穏やかなギターの音色ではじまる。
暖かみがあって、そしてどこか冷淡で。
春の温度で溶け出す融雪、そういう音がする。

融雪で緩んだ地面に、繊細ながら芯の通った歌声が届き始める。
ぬかるみに足あとがつく。
<ああ 氷河期だ 踏みしめて歩け
かなしみを
脈拍 胎動を>
足あとは3人分。
ギターとベースが奏でる、切なく繊細な合奏を追いかけて、しっかりとした足取りのドラムが重なる。
雪の道を3人分の足跡が進んで行く。

<はりつめた氷の上には
楽しいことが待っているよ>
それぞれの楽器と、コーラスが重なり合って、壮大な音になるサビ。
はりつめた氷の上で、いったい何をしでかそうとしてるのか。

<凍結させてしまおう>
繰り返し歌われる。
凍結させたいのは、銀行口座、クレジットカード、経済、最初と最後、ただひとつの幻想、存在理由、情報、ハイウェイ。
うん、確かにこれだけの物が凍結してしまったら、人間社会は活動を停止するだろう。
あとに残るのは沈黙だけ。
この曲が黙らせたいのは、人間の活動なんだろうか。

これまでも、歴史に対する皮肉(『ベルリン』)や、武器に対する怒り(『アメリカ』)が歌詞に登場したが、それらは暗喩的だった。
銀行口座やクレジットカード等、"凍結=黙らせたい"対象がはっきりしている。
そして、我々の手の届く範囲―生活圏にその対象はある。
生活圏に、People In The Boxが牙を剥いてきた。


<はりつめた氷の上には
楽しいことが待っているよ>
<踊りだしたら 踏み抜いてしまうかもしれない>
<いいよ、おちていくきみは>
<夢を視ることに目醒めるのさ>
舞台が現実の世界だったとして、Peopleらしい歌詞というか、シュルレアリスティックなユーモアはいつも通りだ。
「踊り出したら踏み抜いてしまうかもしれない」に対して「いいよ、おちていく」って返しはクールすぎて痺れますね。いいわけあるかい。いやいいか。めちゃくちゃ好きです。
氷の上で踊ったっていいじゃない。
危険な事をしたっていいじゃない。
落ちてったっていいじゃない。
落ちてく事は悪い事じゃない。
落ちねば夢はみられない。

<広がる白い大地をみよ
人を追い越して 足跡は大きな結晶を描いている>
人間ひとりは、卑しい。
でも、人類の営みを広い視点から見下ろした時―見える大きな結晶は、綺麗なんじゃないか。
それは歴史という。
なんて、大袈裟か。
でもそれぐらい、達観している歌詞だ。

<そうさ、世界は美しいのさ>
その世界は、人間社会が『沈黙』した後の世界の事を言っている?
そうだね。
静かで、自然の音しかしない世界は、きっと美しいと思う。
でも、その風景を美しいと感じられる存在も、また人間しか居ない。


セッションのように、それぞれの楽器が迸る後奏はエネルギーに満ちて清々しい。
ギターは飄々とメロディラインを渡り歩き、「こんなの何でもないさ」と言うように、軽々した何音かで終わる。
厚みのあるドラムと、氷の上をひょいひょい歩くようなギター、その2つが乖離しないよう繋ぎとめるベース。
こうして改めて聴くと、バランスの良い曲なんだなぁと思う。
そして歌詞にある通り、踊り出したくなるようなリズムも魅力的。
沈黙したまま、踊り出したっていいのかもしれない。


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自分が見て来た感想の中で、『Citizen Soul』は『Ghost Apple』や『Family Record』のように、"コンセプトアルバムだ"とは言われていない。
収められた6曲は、これまでのおとぎ話のような世界観よりも、現実味のある世界観だしね。
さて、人間社会に所属している以上、"Citizen(市民)"とカテゴライズされてしまう我々のために、どんな曲を聴かせてくれるのか。
しかし―"現実の社会"についての歌だ、と6曲全てから感じられたら。
『Citizen Soul』は"現実の社会"をコンセプトにしている、と言えるかもしれない。


それと、音楽とは関係ないが・・・
"Soul"を"魂"と訳してしまうのは、なんだかしっくりこない。
だからといって、捻るのもなんか違う。
"志"とか、"在り方"といった訳にしたいが、意訳すぎる気もする。
6曲全て書き終わる頃には、答えがだせるだろうか。