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汽笛

Citizen Soul_⑥汽笛

<広い荒野に汽笛だけが響いている>

ラストを飾るは旅立ちの曲。
汽車に乗って、出発の時間。


茫漠とした大地が広がっている。
広がる白い、火照った大地に延びるは一本の鉄道線。
People In The Boxが運転する汽車は、ゆっくりと進んで行く。
座席に腰を下ろす。

列車が進む音を表現しているような、躍動感のある前奏。
蒸気を出しながら、金属のレールを進んで行く列車。
表現力が凄いと思う。


<夏にさまよう子供たちは今朝も
姿はみえなくても喧しい
羽根をひろいあつめ
数を数えよう 満たされるまで
足りたそばから失って
壊れてしまう>
やっぱり、夏の歌だった。
ギターのメロディラインは、木漏れ日の揺らめきのようだ。
時に眩しい、光のちらつき。
ベースとドラムは重量感のあるグルーヴで、汽車の車体を担っている。
『ニムロッド』で灼かれた大地を癒すように、優しいリズムが心に響く。
『親愛なるニュートン街の』『ニムロッド』に続き、3曲目の"夏"が歌詞に入った曲。
やっぱり、夏に聴いて正解だったな という気がする。

<でもそれがどうしてだめなのさ
ぼくはいま 手を伸ばすよ
欠けたこころにつかまって
わずかなきみを取り留めたよ>
汽車は少しスピードを落とす。
穏やかな平地を進む、ゆったりとした演奏が心地いい。
(と同時に、演奏速度を瞬時に切り替える技術がやはり凄い。)
"壊れてしまうことは、だめなことじゃないよ"
優しい歌詞だなぁと思う。
曲が差し伸べた手が、日常で粉々にされた感性を修復してくれる気がする。
この歌詞が、いつものPeople In The Boxと少し違うのは、<手を伸ばすよ>と、曲の方からアプローチをしている事。
これまでの曲では、聴者と一定の距離を保ってきた。
"音楽を聴いて、擦り切れ壊れてしまった心を取り戻させてあげる"
そんなメッセージに聴こえる。
『親愛なるニュートン街の』で、"歌詞は聴者と演奏者を繋ぐ橋渡しだ"と書いたが、『汽笛』は特にそう思う。
じんわりと響く演奏が、心に染み入ってゆき、<手を伸ばすよ>と歌詞が音楽の受け入れ方を教えてくれる。

<だせない答えに笑えるならあげるよ
帰りの切符を>
ドラムの軽快な鼓動が気持ちいい。
ここの歌詞も良いですよね。
答えが出せない事、否定も肯定もしない。
ただ、笑って受け止める感じというか。
そういうの、大事だと思う。

<でも、きみはひとりでいきなさい 
はなうたを歌いながら
深い淵まで降りていけ
新しいきみを取り戻すのさ>
この後のコーラスが美しい。
ライブで初めて、「3人で歌ってるんだ」と知った時、感動した。
マイクの位置もあるんだけど、3人がこちらを真っ直ぐ見て歌う、その姿は"格好いい"とか、"綺麗だな"とか、一言では表せない景色だった。
歌詞は無くても、コーラスから3人の色んな感情が伝わってくる気がした。
だから、好きな曲はたくさんあるけど、『汽笛』がセトリに入ってると、かなり嬉しい。

コーラスだけで響かせる静謐な間奏を経て、ドラム、ベース、ギターの演奏が熱を帯びていく。
燃える石炭のエネルギーのようなシンバルが躍進のリズムを作り、汽車が速度を上げたのがわかる。
<窓のこちらとむこうは朝と真夜中>
明け方をなんて素敵に表現するんだろうと思った。
列車の中で起き上がる人々、外はまだ明けない夜空。逆でもいい。列車の中で眠り続ける人々、外は白む明け方の空。

<明日 別人のようなきみがあらわれ
ついには
汽車が大きく揺れる
少し眠れば朝がくる
それですべては元通りさ>
カントリーソングのような、温かみのあるギターのメロディがクライマックスを物語る。
穏やかに終わるかと思いきや、最後のセッションが始まる。
蒸気を吹き出し、荒野を力強く進んで行く汽車。
かすかに重なるコーラスは、楽器の一部だとでもいうように。
全てを巻き込み、体を揺らすリズムが疾走していく。

"現実の社会"をコンセプトと仮定して感想を書いてきた『Citizen Soul』ですが、『汽笛』からはどうも、メッセージ性みたいな物は感じない。
社会で生きる事、諦めてしまったんだろうか。
『汽笛』は現代的・経済的なイメージを持つ言葉が登場しない。
(『沈黙』クレジットカード、銀行口座など
 『親愛なるニュートン街の』労働
 『ニコラとテスラ』デマゴギー
 『技法』ニュース、テレビ
 『ニムロッド』バグ、プログラマなど)
それらからの脱却の曲だと考える。
"現実の社会"からの出発の歌。
だから『汽笛』の世界観は、荒野と汽車だけの、シンプルなものだ。

そんな事出来るわけないって?
その通り。
我々にはクレジットカードも銀行口座も、勉強も労働も必要だ。どうしようもなく。
だから、『汽笛』はおとぎ話だ。
"現実の社会"から旅立つというおとぎ話。

なんだ、いつものPeople In The Boxだったじゃないか。
彼らが運転する汽車に乗って、次はどんな曲を聴けるだろうか。
我々は、ただ座席に座って、眠って、待つだけでいい。なんという幸福。
到着した場所で、楽器はすでに鳴っている。

----------------------------------------以下、日記。

『Cut Four』の『汽笛』を再生した。
涙が零れて、びびった。
この曲は初めて聴いた時から心を掴まれていた。
<でも、きみはひとりでいきなさい
はなうたを歌いながら
深い淵まで降りていけ
新しいきみを取り戻すのさ>
この、突き放すような宣言が好きだった。
"いきなさい"は、"行きなさい"とも、"生きなさい"とも取れる。
きみは、ひとりで生きなさい。花歌を歌いながら。
そんな風に、変換して。
家族を作らないとか、友達が居ないとか、そういう事じゃないんだけど。
なんだろうな。
家族が用意してくれた人生のレールが自分には合ってないと感じて困っていた時に、『汽笛』を聴いた。
レールから足を外しても、花歌を歌って祝福してくれる。そんな風に感じた。
別の、自分が納得するレールを見つけるためには、自分の深い心の底へ潜っていく必要があった。
家族の知らない、自分だけが知っている大事なものは底にあるから。

いま、自分は割と会社の命運がかかってる仕事をしていて、押し潰されそうになっている。
責任を押し付けられる、とかそういった事じゃないんだけど。
妙に長いお盆休みが明けたら、マジで何時に帰れるか分かんないし、家帰って寝るだけの生活になりそうだし、何より週6出勤になりそうで、怖い。

このPeople In The Boxの全曲感想は、2020年の8月10日に『She Hates December』を投稿し、始まりました。
お陰様で、1年間続ける事が出来ました。
いつもありがとうございます。

「どう考えても間に合わねぇ~~~~!!」ってなった週もありましたが、週1で好きな事について表現する場があるというのは、自分にとってかなり心の支えでした。
だから、それを失うのが怖い。
でも、やるしかない。
書けなきゃ読まれず、描けなきゃ見られないだけなのだから。
進みたいレールは、自分の足で進まねば。
そんな状況だからか。
優しいメロディが心に染み込み、ひとりで立ち上がる勇気をくれ、進めば祝福してくれるPeople In The Boxの歌詞と音楽に、涙が出てしまったんだろう。
あー
がんばろう。


弱音ばっかりで嫌ですね。
書くのも、読むのも、別に自由のなのに。