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親愛なるニュートン街の

Citizen Soul②_親愛なるニュートン街の

カントリー風のギターは夏の凪のように吹き抜ける。
ヒグラシの声が聴こえる。
夏の日の歌。

涼やかな声は日ざしの強さを少しやわらげる。
温度の無さそうな、感情の無いような、その声は熱気の中でなにを思っているのか。
なにを歌っているのか。


『Citizen Soul』のコンセトプトを"現実の社会"と仮定する。
仮定が決まれば読み解くのは難なく。
<ある日太陽が堕ちてきて 突き刺さった>
<短い方の時計の針に串刺しだ>
"太陽"が堕ちる、とは。
あるのが当然だった物の崩壊。
"堕ちる"という、気高い物の没落を表す言葉も意味深。
〇〇神話だとか、経済成長だとか。
大昔の寓話でも地に落ちたか?

<人ごみのなか りんご飴が 溶けはじめている>
りんご飴は何の比喩だろうか。
赤い物が滴り落ちるさまは、不穏だ。
血の滴り。血の比喩。
〇〇年前、真夏の炎天下のもとで流された血の事を想う。

<捕虜を逃がすよ
千年前からの人質を
逃がすよ、オールド・フレンド>
捕虜。
ウォール街。終わりなき経済成長。会社は常に成長し続けなければならない。社員の幸福。そんなもの考えてないくせに。
労働という名の枷に縛られた捕虜が。
千年もの長い時を人間は労働しているのか。


・・・と、まあ。
書いてみてしまえば考察っぽくできる。
それもひとつの聴き方だと思う。
しかし、『親愛なるニュートン街の』のツボは"現代社会への皮肉"みたいな事じゃないと思うのだ。
オワァーーッ
なんか書いてて鳥肌立ったな。
ダサい字面ですこと、"現代社会への皮肉"。

<午前3時 街が寝静まったころ
暗闇に梯子をかけて
神はこっそり電池を交換するんだ
だからこの街には約束もさよならもない
欺瞞をどうか赦したまえ
夏を貫く長い一日が今日もやってくる
おはよう>
ここですよ。ツボは。
短くも、我らが待ってたポエトリーリーディング。
蝉の声に掻き消されてしまいそうなささやきに、耳を澄ます。
<神はこっそり電池を交換するんだ>なんて歌詞、どんな生き方してたら浮かぶんだ。とても良い。
一文なのに、"神は見守っている"事がわかる、優しくて美しい表現だと思う。
<だからこの街には約束もさよならもない>この歌詞も優しいと思う。
さよならのない街、良いなぁ。
さよならのない街なんて、この世に存在しないはずだもんなぁ。
だから、少しの切なさや寂しさも感じるんだろう。
<欺瞞をどうか赦したまえ>意味は理解しづらいけど、これも好きな一文。
"誰"の欺瞞か、考えるのが楽しい。
先に出て来た、現代社会の労働者たちか。
それとも、"約束もさよならもない"なんて事、有り得ないのを知ってて歌う主人公か。
いずれにせよ<赦したまえ>と神に祈ってくれて、ありがとう。
<夏を貫く長い一日が今日もやってくる おはよう>"夏を貫く"という表現も素晴らしいですよね。
夏という季節をひとかたまりにして、うんざりするような暑さ、気怠さを感じ取れる。
清涼剤のように爽やかな<おはよう>が救い。

<ハイホー!今日も働こう
ハイホー!らったったたたたた。
ハイホー!未来に終わる
ハイホー!日曜日までは>
ゆるいハンズクラップとともに、"仕事が好き"な労働者たちの掛け声(ハイホー!)が楽しい。
歌詞的に楽しくはないのだが。
"日曜日まで"働けば訪れる安息日。

続くハンズクラップ、ハイホー!の掛け声、ツルハシの音のようなシンバルの金属音。
働き続ける労働者のように、リフレインを続ける。
"オールド・フレンド"と語りかける声はあいかわらず温度を感ぜず、感情を感ぜず、ただ労働者たちを傍観しているようだ。


楽器以外の音(蝉の声)を使っているのは、People In The Boxというバンドとしては意外だった。
3つの楽器だけで表現をしたい、何といえば良いか、職人タイプだと思っていたから。
もうひとつ印象が強いのはドラムで、他の曲だと印象的なフレーズは弦楽器が担う事が多いと感じていたのだが、『親愛なるニュートン街の』はドラムが主人公だと思う。
ハンズクラップもそうなのだが、音的に今までやって来ていない事をやっている印象。
音が新しくなっても、People In The Boxらしさが薄まらないのは、意味深な歌詞と、初期からぶれない、純粋な歌声に依るのだろうか。
やっぱり、面白いバンドだなぁと思う。
多くの音楽の歌詞は、役割としては聴者と演奏者を繋ぐ橋渡しだと思っている。
音楽がどれだけ良くても、そのメロディが"悲しい"のか"嬉しい"のか、言葉が無いと素人には分からない。
People In The Boxの歌詞は初期から、凄く渡りにくい橋だと思っている。
それが悪い訳じゃないし、そもそも橋だと考えているのも自分の一考えに過ぎない。他の役割があるのかもしれない。
歌詞は"凄く渡りにくい橋"のまま変わらないのに、音楽が変化して、歌詞を追い抜いた。
音楽という向こう岸が、橋を無視して、こちらの岸に近づいてきた。
なんじゃそりゃ、って思うけど、ちょっと面白くないですか?
その面白いバンドが、People In The Boxで、面白い曲が『親愛なるニュートン街の』です。


抱えている仕事がピークで、連日残業しているので<今日も働こう>が打ちづらくて仕方なかったです。
明日も残業、明後日も残業。
日曜日まで、休みは無い。
とりあえず、今日を乗り越えて眠りについたら。
神が部屋へやって来て電池を交換してくれるだろうか。
"がんばっているね"と微笑んでくださるだろうか。
ハイホー。