笛吹き男
オーケストラの音合わせが聴こえる。
何が始まるんだろう。
自分は、ロックのCDをかけたはずなのに。
さまざまな吹奏楽器が息を吹き込まれる音。
やがて始まる、いつものロック。
ギター、ベース、ドラムの3つだけで構成されたロックバンド。
いや、そこに優しい歌声が乗っかって。
4つの音でつくられる、いつものロックを再生した。
この物語の主人公は、"流し台の手紙"さん?
"投函されなかった手紙"。
それだけで、いろいろな物語の想像が膨らむ。
投函されなかった理由は何?
<(憶えているよ きみの書いた一字一句を)>
手紙の主が、内容を忘れたとしても。
手紙自身が、全て憶えている。
なんて優しい歌詞なんだろう、と当時思った。
聴くたび思う。
<(B5の世界 インクは駆けだす)>
素敵な表現だ。
心から溢れて、滑り出した言葉はするするとB5の世界を伝って行ったんだろう。
伝えたい言葉があったのだ。
<(疫病がおしよせてきて
サーカスのように街をのみこんだ)>
<(気のせいだよ、気のせいだよ
みんながおかしくなったなんて
空が傾いていく)>
手紙の主も、疫病に飲み込まれてしまったのか。
それとも、手紙を渡す相手が飲み込まれてしまったのか。
<みんながおかしくなった>のなら、相手が病気になってしまったのかな。
言葉が届かないぐらい、おかしくなってしまったのかな。
<ねえ、どうして僕らのからだはこころより美しいの?>
<(いいんだよ、そんなときには頼りにしても)>
<(魔法を唱えて!)>
初めて聴いた時はここのフレーズが頭に残ってしまって、ここから先はぼんやりと聴いてしまった覚えがある。
People In The Boxの曲、というか歌詞を好きな理由の一つに、"世界の見方が変わる"事がある。
一般的には、体より心の方が美しいと言われている。と思う。
子供の無邪気な問いのように、<どうして僕らのからだはこころより美しいの?>と尋ねられたら、答えられない。
そしてその問いは、一般的に言われている事に対して、正面からぶつからないと出て来ない。
言われてみたら確かにそうだよな。
誰かを傷つけるのは、体じゃなくて心がそれを望んでいるからだ。
手紙は<いいんだよ>と抱き締め、魔法を教えてくれる。
<「あいしてるよ、あいしてるよ」>
この魔法は衝撃的だった。
これまでのPeople In The Boxの歌詞には無かった、直接的な愛の言葉。
そして、それを"魔法"と呼ぶこころ。
衝撃的、というとちょっと格好つけすぎか。
びっくりした。
でも、とても素敵だと思った。
<『ほら、疚しいこころがぼくを満たす
消えてしまいたいよ』>
"あいしてる"の魔法は、手紙の主にとってはけがらわしい物なのかもしれない。
あいするぐらいなら消えてしまいたいんだろうか。
ちょっとだけね、わかるよ。
全体的にエコーがかかっていて、幻想的な雰囲気で曲は進む。
おばあちゃんが座っていたロッキングチェアのように、リフレインするギターの音色はゆらゆらと心地よい。
タイトルが冠するように、『ハーメルンの笛吹男』がモチーフである事は想像がつく。
でも、元のお話のように子供達が連れて行かれてしまう悲しいストーリーや、不気味な笛吹男はイメージがつかない。
強いて言えば、<疫病がおしよせてきて>のあたりがリンクしているだろうか。
優しさと切なさの同居する(自分が最も好きな音楽)メロディが心地よい。
しかしそこはPeople In The Box。
曲が進むにつれて、"優しい+切ない"とは言えないカッコイイドラムがキメて来たり、高速でつま弾かれるギターがバチバチに主張してきたり、ギター+ベース+ドラムの"おれたちの格好いい音を聴け"と言わんばかりの波状攻撃が襲いかかって来たり。
間奏のセッション具合、凄まじいですよね。
バリかっけぇ。
どんな曲でも、様々なスタイルを見せてくる。贅沢。豪華。
<『ごめんね 嘘ばかり吐いて
ごめんね 嘘ばかり吐かせてしまって』>
裏打ちって言うんですかね?
歌声+ドラムが合わさると、凄く綺麗。合わさる事で完成している。
ここまで気持ち良く歌ってきた素人としては、ここでめちゃくちゃズレるんで、あ"あ"あ"あ"ってなるんですけどね。
プロってすげぇや。
<「あいしてるよ、あいしてるよ」
謎だらけの目醒めはきみを生かす
いまからのルール>
オーケストラは居なかったけど、<誰も知らない><「あいしてるよ」>で重なる低音のコーラスが、重厚で美しい。
愛とやらは謎だらけ。
それでもそれを知ろうとする事が生きる理由に、なるのだろう。
ここで歌われる<ルール>の言い方。
この世でマジで誇張なく、最も好きな"ル"の言い方。
まだまだきみは生きなさいって命じられて、謎だらけの愛とやらを生きる理由にさせられて。
People In The Boxの世界の主人公たちは、なんというか大変そう。
だけどとても人間らしい。
人間って、理由も分からずこんな感じで生きていくしかないんだろうな と思う。
もちろん、彼らの曲を好きな我々も、たぶん、なんというか、大変そうな人種なんじゃないかな。
ま、いいですよね。
大変そうな人種なおかげで、素敵な音楽に出会えたわけですし。
<どうして僕らのからだはこころより美しいの?>
なんて、世間に理解されない素直な気持ちに辛くなった時は手紙が教えてくれた魔法があるので良いでしょう。
音楽に愛してるよと伝えれば、音楽も我々を愛してくれるでしょう。