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孤独をきちんと感じる

最近「20代で得た知見」という本を読んでいてその本に


「この孤独は、この悲惨は、今どこかにいる他者の孤独や悲惨とアクセスできる可能性がある」

ということが書かれていました。


その言葉を読んで思ったのが、ここ1、2年ぐらいですかね、
孤独や悲惨を感じることが少なくなったというか、自分の感情が乏しくなったというか、そんな風に今の自分を思いました。



なんでだろう、とこれまでを思い返すと、

大学生活も3,4回生になり人間関係もすっかり落ち着いて心を許せる友達も増えて孤独を感じることが少なくなった、というのはもちろん原因の1つとしてあると思うんですが、
大学生は自分の身を置く環境をいくらでも自分で選ぶことができてしまう、嫌なことからは逃げるという選択をとれてしまうので

自分の弱さから目を背けることが当たり前になっていて

自分が強い人間であると錯覚し、自分に満足してしまっていて
孤独を感じることがあってもそんな自分はいないと、自分の感情を無視してしまっていることが主な原因だと思いました。


高校生ぐらいのときは、部活も勉強も恋愛も足りないことだらけに感じていて、家で1人で時間を過ごしているとたまにすごく孤独を感じて映画だったり音楽だったりにその気持ちを縋らせて1人で泣いたりすることもあったのですが、
最近はそういったことがめっきりなくなっています。

悲劇のヒロインを気取っているような痛いやつだっただけのようにも思えるのですが(実際そうでもあるんですが)、そんな中で得られる感情もこの本の言葉に通じる他者に寄り添うために大切なものだったと思うんです。


人の痛みに寄り添って、感情豊かに生きていたいので

これからきちんと自分の弱さ、孤独と向き合いながら前を向いて生きていかなきゃなと思いました。

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