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マンスリーデルタV 2019.6月号

前回は「なぜ小惑星探査が難しくやりがいがあるのか」ということについて書きました。具体例として天体(つまり目的地)そのものの軌道の不確定性について、統計学を用いて計算することを挙げました。今回はその後半、僕が関わっているOSIRIS-RExのことも絡めて書こうと思います。

早速ナビゲーションに関わる興味深いことについて話しましょう。これは僕がナビゲーションに惹かれた動機の一つでもあるのですが、過去から今までの衛星の軌道を知ることによって(前回記述のstep 1)、その探査機が回っている天体の質量、天体の回転軸・回転スピード、太陽系の中での天体の位置(前回話した天体の軌道)などが正確に分かってきます。これはつまりナビゲーションという仕事がただの探査機運搬係なだけではなく、立派な科学の一部であることも意味しています。どうして軌道から重力などが導きだせるのか不思議に思うかもしれませんが、これも前回同様「知りたいこと」と「観測出来るもの」が違うということです。その計算方法に興味がある方は下記の【寄り道デルタV】をご参照ください。

科学の話に戻ると、例えば天体の重さが分かるということから重力場が詳しく分かってきます。重力は質量同士が引き合う力ですから、衛星に加わる重力が分かる→天体の質量分布が分かってくることになります。質量分布はその天体がどのような進化の過程を遂げてきたのかを理解するための鍵になります。例えば質量分布が一様で無い(つまり天体内部で軽いところや重いところがある)小惑星の場合、二つの天体の合体により形成された可能性や、内部構造が一様で無い可能性が出てきます。または塵や小さな岩から徐々に天体が形成される段階で重い原子・分子は重力により星の中央に向かっていきますから、進化の過程で地球のように核のある(外側よりも中心が重い)小惑星も沢山存在しているはずです。

そして小惑星の形と自転を正確に調べることによって、どのようにその天体の形が変化してきたのかが分かってきます。例えばリュウグウやベンヌのようなコマ形天体の場合、過去に現在よりも早く自転していた可能性がありますが、傾斜角度や地表面の年代を特定することからより正確に天体の進化形成を語ることが出来るようになります。

普段ナビゲーターは衛星の軌道を計算しているだけで手一杯ですから、ナビゲーションを利用した科学を専門的にやる人たちが存在します。それこそが僕がオシリで関わっているRadio Science(RS)という仕事になります。具体例を挙げてみると、オシリが去年12月より周回中のベンヌという小惑星では地表から放出される粒子が数多く観測されました。これは全くの予想外の出来事で、今でもそのメカニズムは解明されていません。この粒子の軌道は不安定で、放出後二度と地表に戻らないものや、物の数時間で地表に衝突するものも多いです。しかし中にはオシリよりも低軌道で数日間飛んでいるものもあります。重力場は低軌道であればあるほど感度が高いデータが得られますから、これらの粒子の動きを細かく、正確にモデリングすることによって、オシリのみから得られるデータよりも更に正確に重力場が計算しようと試みています。
今回は二度に渡って小惑星探査について語らせて頂きました。皆さんも現在進行中のはや2とオシリの応援宜しくお願いします!

【寄り道デルタV】
ここでは簡単にどのように衛星の軌道から重力(質量)が分かるのか説明してみましょう。僕は高校生の時に観た宇宙の番組で、衛星の軌道から惑星の重さが計算出来ることを知りました。体重計に乗せるわけでも無いのに、どうやるのだろうととても驚いたことを今でも覚えています。結局大学院になるまでその理論を勉強することはありませんでしたが、ここではコンセプトだけお話したいと思います。

話を簡単にするために、フライバイミッションを考えてみましょう。フライバイと言うと天体近傍を通過し、その後は天体に戻ることの無いミッションになります。このフライバイする衛星の軌道は天体の重力によって変化します。

例えば「天体の質量が1kg変化するごとに衛星のスピードがX m/s変化する」と計算出来たとしましょう。これは何かと言うと、高校生で習う微積分の考え方です。早くは中学生の関数の授業で「変化率」と習うテーマです。Xが1単位変わるときYがどれだけ変わるのか、その値を計算します。フライバイする前は地球からのデータや過去のミッションを元に天体の質量の値を計算し軌道を計算しているので、僕たちナビゲーターの手元には予測値があります。そして地球のレーダーで観測する衛星のドップラーに依って、衛星の実際の速度を計算します。この予測値と実際の観測データの「ずれ」を利用して、予測していた天体の質量と実際の天体の質量の「ずれ」を計算します。

イメージとしても質量が予測よりも大きければ重力が強くなりますから、衛星軌道は天体により強く引っ張られ、当初の予定よりもカーブしている軌道になるでしょう。逆に、質量が小さければ軌道は予測よりも直線に近くなります。この予測値と観測値のずれ、そして変化率を元に天体の質量を逆算します。つまり、質量の予測値がA,ドップラーの予測値がB,ドップラーの観測値がC,天体1kgあたりのドップラーの変化率がDの場合、天体の質量はA + (C-B)/Dとなります。実際はドップラーや質量以外にも色々なデータやパラメーターがありますから、これら全てを統計的に計算していくのがナビゲーターの仕事です。

少し難しそうに聞こえるかもしれませんが、こんなナビゲーターの仕事も基本的には微積分、三角関数、ベクトル、統計の4つが分かれば理解出来ると僕は思っています。国家試験も免許もいりませんので、誰でもなれる職業です。このメールマガジンを読んでいる学生達も、将来ナビゲーターを目指してみては如何?


注:実際のミッションで寄り道デルタVをすると目的地に到着しませんので、気を付けましょう。




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高橋雄宇

JPLで働くナビゲーションエンジニア。
Dawn, Juno, OSIRIS-RExの軌道決定 ・Radio Scienceに関わる。専門は小惑星周りの軌道決定・重力場のモデリング。エンジニアは仮の姿で、本当は自家製ビールの向上に日々汗を流している。

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コメント (1)
丁寧な記事をありがとうございます。こういう世界があることを知りませんでした。過去データに基づいて予測する点は機械学習に似ているなと思いました。
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