マンスリーデルタV 2019.11月号
火星サンプルリターンは史上最悪のツーメン
バスケットボールの地獄の練習メニューに[ツーメン]と呼ばれるものがあるのをご存知でしょうか。部活などでバスケ経験がある人なら誰もが知っている、最も基本的で最もキツイ練習のひとつです。ツーメンの話はまた後ほどするとして…
地球のみなさんこんにちは、石松拓人です。NASAジェット推進研究所でシステムズエンジニアをしています。バスケのポジションはポイントガードでした。僕のバスケ経験を無理やり今の仕事につなげるわけじゃないんですが、システムズエンジニアはまさに、ポイントガードのようなポジションだなぁと感じます。シュートやブロックのような派手なプレイは少ないけど、ボール運びやゲームメイクなど、チームの司令塔の役割を担い、フロア状況把握能力とリーダーシップと高い”バスケIQ”を求められ、「コート上の監督」ともいわれるポイントガード( ˙灬˙ )
もちろん僕にこれらの能力があったわけじゃありません。僕のチームは福岡市大会1回戦であっけなく敗退し、僕らに勝ったチームが2回戦でコテンパンにやられ、それに勝ったチームが県大会1回戦でボッコボコにされているのを見たとき、僕はNBA選手になる夢をそっとコートに置いてきました。僕にバスケの才能がなかったことは火を見るより明らかでした(´∀`;)
ちなみにポイントガードの「ポイント」は、得点を意味するポイントではなく、鉄道などの進路を転換する転轍器のこと。つまり、ポイントガードはチームの進路を選択するポジションというわけですね。
同様にシステムズエンジニアも、ミッションの初期設計において大きな進路を選択する役割を担います。僕らの仕事は、宇宙探査機のひとつひとつの部品(サブシステム)の詳細設計をするのではなく、ミッションを安全かつ低コストで成功させるために、探査機全体の設計トレードオフやどんな技術を採用するかなど、ハイレベル(システムレベル)の検討をすることです。ハイレベルというと聞こえは良いですが、実際は広く浅く何でも屋です。日本でいうところのいわゆるSEは、社内インフラの整備やITサポートを主な業務とするエンジニアのことを指しますが、僕らシステムズエンジニアはそれと
は違って、日本ではあまり馴染みがない職種かもしれません。
仕事柄、いろんなサブシステムのエンジニアたちと話をすることが多く、サブシステム間の調整をしながら、ミッションや探査機の青写真を描いていきます。よく「プロジェクトマネージャーのようなもの?」と聞かれますが、そういう側面もありますね。実際、ミッションのプロジェクトマネージャーやチーフエンジニアと名の付く役職の多くはシステムズエンジニアが務めます。
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そんな部署に2016年に就職した僕が、最初からずっと携わってきたのが、火星サンプルリターンです。来年7月に打ち上げられる「マーズ2020ローバー」がその第一弾として火星に送り込まれる予定ですが、僕がメインで取り組んできたのは、マーズ2020が集めてまわった火星の岩石のサンプルを回収しにいく第二弾のローバー。「サンプル・フェッチ・ローバー(SFR)」と呼ばれています。フェッチとは「〔猟犬が獲物を〕探して取ってくる」という意味で、文字通り火星サンプルを回収してくることが目的のローバーです。
このローバーは現在2026年打ち上げ予定の「サンプル・リトリーバル・ランダー(SRL)」と呼ばれる着陸機に載せて火星に降ろします。このランダーにはもうひとつ、「マーズ・アセント・ビークル(MAV)」と呼ばれる、回収したサンプルを火星の軌道まで打ち上げるロケットも搭載されています。そしてさらに、火星軌道には「アース・リターン・オービター(ERO)」と呼ばれる地球帰還用の宇宙船を送り込んでおきます。サンプルを受け取ったオービターが地球に帰還し、最後は再突入カプセルでユタ州の砂漠に落とします。
すべて計画通りに行っても、サンプル帰還は2031年。日本の「はやぶさ」「はやぶさ2」のような単一ミッションと違って、複数の探査機でリレーをしながら10年以上かけてサンプルを持ち帰る壮大なミッションです。同じサンプルリターンでも、火星は重力が大きくて着陸が大変だし、集めるサンプルも複雑(いろんな場所に行って岩をドリルでくり抜きチューブに詰めてまわる、それを最大43本)なので、これだけ大掛かりな計画になってしまうんですね。
そこで現在、NASAとESA(欧州宇宙機関)で下図のような役割分担をする検討を進めています。それぞれの探査機のイラストに、NASAかESAのロゴマークが付いているのがわかりますか?それが、その探査機を担当する組織を示しています。
サンプルの動きに着目してみると、
1 NASA提供のマーズ2020ローバーが岩をくり抜いてチューブに詰める
2 ESA提供のSFRローバーが回収してSRLランダーまで運ぶ
3 NASA提供のMAVロケットが火星軌道に打ち上げる
4 ESA提供のEROオービターが地球まで運ぶ
5 NASA提供の再突入カプセルがユタ州の砂漠に落とす
というように、NASAの探査機とESAの探査機が交互にサンプルを保持しながら地球まで運びます。
これがまさに、バスケの地獄の練習メニュー「ツーメン」とそっくりなんです。ツーメンとは、(いろんなバリエーションがありますが)2人1組でコートの端から端まで横並びに走りながらパスを繰り返し、最後にどちらかがシュートをする、という練習です。速攻を想定した練習なので、全速力で走ります。相手の位置やスピードを計算に入れて、パスは少し前に出さなければなりません。人数が少ないときなど、すぐ順番が回ってくるので、常に走り続ける地獄の練習です(||´Д`)ゼェゼェ
火星の話に戻って、サンプルをボールに見立てると(サンプルチューブをまとめて入れる容器は本当にバスケットボールサイズ)、このミッションはNASAとESAが交互に相手の位置やスピードを計算に入れながらパスをつなぎ、最後にNASAがユタ州の砂漠にシュートをするツーメンなのです。
ひとつひとつのパスにウン千億円が掛かっており、それを火星や宇宙といった過酷な環境の中、何年もかけてやるわけなので、史上最悪のツーメンです。「史上最悪のツーメン」、バスケ経験者にとってはパワーワードすぎますね。聞くだけで吐きそう…(゜ж ゜;)ゥップ
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今月27、28日にスペインのセビリアで開催されるESA閣僚会議Space2019+で、向こう数年間のESAのプログラムの予算が承認されます。そこで、火星サンプルリターンのESA担当分(②SFRローバーと④EROオービター)の開発予算も、承認を求めて提案されます。火星サンプルリターン構想はこれまで長い間検討されてきましたが、まだ本格的な開発に移行したことはないので、どのような決定がなされるのか注目です。
そして来年2月頃に提出されるトランプ政権の2021年度予算案でも、NASA側の本格的な開発へのGOサインが期待されます。もし2026年の打ち上げが承認されれば、マーズ2020ローバー、エウロパ・クリッパーに続くフラグシップミッション(NASAにおける大規模ミッション)となります。
これらの承認に向けて、NASAとESAは日夜データや検討のやりとりをし、大西洋の東西でパスを繰り返しています。僕はNASA側のSFRローバーチームの一員として、サンプル回収シナリオを検討しつつ、今週はESAから送られてきた大量の検討結果を大急ぎで検証し、大西洋の向こうにパスを返さなければなりません。すでにツーメンは始まっているのです。
石松拓人
システムズエンジニア。NASAジェット推進研究所にて火星ローバーのシステム設計や深宇宙探査機の自律化、宇宙ガソリンスタンドの研究などに従事。東京大学の非常勤講師も務める。福岡生まれ、福岡育ち。将棋とギターをこよなく愛する。2018年パンアメリカン将棋大会4位。得意戦法は右玉。作曲・宅録が趣味で、これまでに30曲以上制作。CDアルバムを手売りした過去も。
noteでブログ『JPL日記』や、Voicyで科学バラエティ『地球のみなさんこんにちは』を配信している。
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