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人が空を越えるために〜有人宇宙開発の今とこれから[都村保徳]

HoSP江島彩夢 x 内山崇 対談企画

冷戦時代最中の1957年、ソ連が人工衛星スプートニクの打ち上げに成功したというニュースは、アメリカに多大な衝撃を与えました。その人工衛星を見ようとする人だかりの中、炭鉱の田舎町、コールウッドの少年は、ロケットを作って飛ばしたいという夢を抱きます。その後、周りの人の反対を押し除けて、幾多もの困難を乗り越えて、最終的にNASAのエンジニアとなり、宇宙の夢を掴んだ彼こそがホーマー・ヒッカム、Homer Spaceflight Project (HoSP)の由来となった人物です。今回は、そんなHoSPを代表する江島彩夢さんと第5期JAXA宇宙飛行士選抜試験ファイナリストの内山崇さんに「有人宇宙開発の今とこれから」について熱く語っていただきました。

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ホーマー・ヒッカムの人生を描いた青春ドラマ、「遠い空の向こうに」
(October Sky © Universal Pictures)

江島さん:日本で有人宇宙開発と聞くと、真っ先に宇宙飛行士という言葉が思い浮かびますよね。でもそこから先、有人宇宙開発を進めるにあたって何が必要なのかって、みんな分かってないと思うんです。例えば人工衛星を作りたいと思った場合、こういったことをやらないといけないんだよとか、大学だとこういう研究室に入ればいいんだよとか、いろんな手段があるんですけど、有人ってなると、何も情報がない気がしています。そこで有人宇宙に関する基礎的なことを網羅的に教える教材を作りたいなと思ったのが、Starter Kit誕生のきっかけです。その教材を通して学んだことを実際に手を動かして、学びを深めてもらいたいなということで、有人宇宙研究と紐付けて、プロジェクトベースで何かやっていきたいなとも思っています。ということで今日お話ししたいテーマとしては、有人宇宙に特化した人材を育てるにはどうすればいいか、もしくは内山さんの目線から、こういった教材があったらいいよね、といったお話を伺えたらなと思っています。

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Starter Kit 有人宇宙開発史の一部公開
(Japanese Flights © Homer Spaceflight Project)

内山さん:志が高いですね!僕も今身を有人宇宙分野に置いていますけど、教材ってないですよね。NASAが書いた文章を紐解いて自分たちの設計に落とし込むしかないんですよね。それを読み解いて、まとめたものはJAXAにあるんですけど、それは全て初期の開発段階からいた人たちが試行錯誤を経て、学んだことなので、途中から入ってきた人たちにはそこの教育が必要なんです。新人教育の仕組みづくりにしても、初期開発段階のどのようなところで苦労をしてきたかというノウハウ的な部分もあり、書き物に落とし込み切るっていうのは難しいんですよね。だからそういう経験を実のある形で人から人へと継承していくっていう要素がどうしても必要になってしまう…。そういう議論を内部でしていて、特に有人宇宙分野に関してはその要素が強いなと感じます。

江島さん:そうなんですね。僕は幸いアメリカで、有人宇宙に関する講義などを受けることができていて、それを受けただけでも視野が広がってると言いますか、かなり見方が変わったところもあります。このようなコンテンツを誰でも、気軽にオープンに学べる場を作りたいと思っています。

内山さん:アメリカとかの講義ってどういうイメージなんですか?僕はあまり知らなくて…。実際の有人宇宙船の設計など、結構踏み込んだところまで説明されているんですか?

江島さん:まず最初に、メインとなるシステムズエンジニアリングの講義を受けます。特に有人宇宙船というところに焦点を置いて、ミッション要求を満たすためにはどういったシステムが必要なのか、どのように設計を組み立てていく必要があるのか、ということを学びます。それが基盤となって、サブシステムごとの講義に枝分かれしていきます。僕は専門のECLSSについて、二酸化炭素吸収や、その他諸々の機能、技術ごとの課題などを学びましたが、他にも宇宙服、宇宙医学、人間工学など、有人宇宙開発の各分野に講義があるという形式になっています。

内山さん:なるほど!僕は管制官ということでNASA内部の訓練を通して、ISSやこうのとりについて学ぶ機会がいろいろあったんですけど、そこの講義に似ているなと感じました。サブシステムごとの講義があったり、宇宙飛行士向けのテキストがあったり、それよりもう少し深掘りするようなエンジニア向けのテキストもあったりっていうので、それを実際に、管制官や設計をやっていた人たちが教えるコースがあるんです。シミュレーターなどもあり、実物を見ながら学べるので、若い人たちにもそういう機会があるといいなと思っていました。それがまずアメリカの大学では、システムズエンジニアリングを皮切りに、講義という形に落とし込まれているのかな。実際のものが見られると良いですよね。

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NASAにてスペースシャトルのランディングシミュレーションをする様子

江島さん:まさにその通りです!僕が受けた宇宙服の講義では、実際に宇宙服を作ってコロラドの山を月と見立てて実験しました。また、Lockheed Martinから資金をもらって、月面居住モジュールのモックアップを作るというプロジェクトもありました。実際に人間工学的な実験や試験をそこでやるので、まさにLockheedの仕事を学生が肩代わりしているっていうような講義なんです。これってLockheedからすると全然人件費がかからず安上がりで済む、学生としてはいい学びになるっていうウィンウィンな関係で、このようなことに近い活動をHoSPでも展開できたらなと思っています。

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制作した宇宙服を着て実験をする様子

内山さん:その実践型の講義、日本の大学だと、京都大学の方でやられているのかな?実際にどのようにしてどれくらいやられているのかという話はあまり外に出てきていないですよね。

江島さん:実は京都大学のプログラムの参加者三人がHoSPのチームに入っていて、東京理科大学も最近始めたんですよね。そういったところと連携しながらやりたいなと思っているのですが、そもそもの母数が少ないのと、あまりオープンになっていないのが課題としてあるので、そこをどうしたら打破できるのか、常々考えています。

内山さん:東京理科大学だと向井さん(元宇宙飛行士)とかが絡んでいるかもしれませんね!やっぱり初代宇宙飛行士の人たちがそういった活動に取り組んでいて、宇宙少年団とか、小さい子どもたちに柔らかく教えるっていうのは割と出てきているのかなという感じはしているんですが、仕事に繋がっていく一歩手前のレベルの教育ってあんまり聞かないですよね。宇宙科学研究所では、学生の人たちが研究しながら学ぶっていうのは行われているけど、そういうのをもう少し大々的に有人宇宙に関してできるといいですね。

江島さん:内山さんがこれまで、JAXAで有人関連のお仕事をされてきた中で感じたことから、HoSPやって欲しいことや期待していることがあれば教えてください。

内山さん:やっぱり教科書などにとどまらず、現場にアクセスできるような、何かがあるといいですよね。実際の管制官、設計士、現場の人たちの具体的な話を聞けるとめちゃくちゃ貴重なので、そういう人とどんどん手を組んで活動を広げていって欲しいなと思います。志の高い活動なので、賛同する人のコミュニティも作れると思います。その人たちがそこから育って、実際に現場で働くようになって、さらにその下に広がっていくような大きなムーヴメントに繋げられるといいですよね。

江島さん:おっしゃる通りです!そこで将来的にやりたいなと思っていることが、横の繋がり、広がりを生み出していくということです。HoSPメンバーの中には、宇宙医学や宇宙建築などいろんな分野で活動している若手がいるので、その多様性を活かしたいと思っています。もちろん、内山さんのような現場で働く人も巻き込んでいけたら、大きなムーヴメントになるはずです。

内山さん:やっぱりコミュニティって沢山存在しているんですけど、分散しているのが課題だと思っています。そこをまずマッピングして押さえておくことは有効かもしれないですね。例えば有人宇宙っていうくくりで見ると、いろんなところに個々の団体があるけれど、その全てを繋げると実は有人宇宙分野でも一つの大きなネットワークができたりするかもしれません。

SS都村:若手や一般の人、いろんな人を有人宇宙分野に巻き込むにあたって、「なんで有人宇宙開発が必要なのか、無人探査じゃダメなのか」、っていうのは多くの人の疑問でもあると思うので、そこのなんでの部分のお話をもっと聞かせていただけませんか?

内山さん:残念ながら宇宙ステーション界隈が今まさに直面している問題がそこにあるんです。有人宇宙開発ってかなりお金がかかるけど、それに対してリターンは何でしたかというところを検証されてしまうんです。僕は有人宇宙開発って副次的な効果を含めれば、大きなリターンがあると思うんですけど、それって客観的に誰もが同意することじゃなかったりするんですよ。例えば、子供たちに夢を与えるっていう価値をどう捉えるか。それって結構大きいんだけど、お金とかに算段できないから、測れないものは難しいんです。アポロ計画でも、1兆円(現在の価値にすると13兆円)を投じた末、副次的にいろんな産業が発展したので、リターンはありましたって言えるんですけど、やっぱり見方によっては何も残してないっていう人が出てくるのです。でも個人的に有人宇宙開発を進める価値は絶対にあると思っていて、人類が今後、地球で繁栄し続けていくには、宇宙へ活動領域を広げなければいけない。そこで得られた技術・知識を地球に還元するっていうサイクルの中で得られるものは計り知れなく大きいと信じています。

江島さん:有人宇宙開発が国家プロジェクトとして進んでいくっていう前提のもとでの質問になるんですけど、国家プロジェクトとなると世論の勢いやイメージに影響を受けやすいのかなと思っていて、そういった意味で、有人宇宙開発を世論で後押しできる流れを作るにはどうすればいいと思いますか?

内山さん:僕は宇宙開発において、有人と無人を分断してはいけないと思っています。有人の良いところを活かしながら無人と協調して月面探査を進める中で、これまで宇宙ステーションや低軌道系の開発では出てこなかったプレイヤーが出てくると思います。例えばローバー、建築、インフラ系の設備・プラントの世界とか…。そうなれば、従来宇宙に興味を示さなかった企業も徐々に目を向けるようになるはずです。地球上でできることがだんだんと限られていく中で、宇宙を視野に入れることで新たな産業に繋がります。産業界にこの宇宙っていうものを当たり前のように取り入れていくことに力を注いでいきたいなと思います。そして、その一つのきっかけがこの月面探査になると思っています。

江島さん:有人宇宙って簡単に言えば、人間の生活圏を宇宙に持っていってるだけなので、地上での生活に必要なものは宇宙でも必要なわけですよね。そういった意味でいろんな分野を巻き込みやすい領域だと思うんですよ。ただそれが今あまりなされていないという気がしていて…。どうすれば宇宙をいろんな企業の人たちと結びつけられるかというところは非常に興味深いところですね。

内山さん:やっぱりたくさんの人が宇宙に行くっていう時代が来なきゃいけないと思うんですよね。今みたいに宇宙飛行士だけが宇宙で活動していると、なかなか一般の人を有人宇宙開発に巻き込みづらいと思います。仮にロケットも飛行機のようにかなりの数が飛んで、沢山の人が宇宙にいく、修学旅行くらいの気持ちで宇宙に行けると宇宙の在り方も変わるはずです。子供たちが外から地球を見たときに抱く地球は美しい、大切にしなきゃっていう想いは一生残るはずで、それがやっぱり非日常の感覚として大事だなというところ、人が宇宙にいく価値に繋がると思います。

江島さん:最後に内山さんが考える理想の宇宙飛行士像について聞いても良いですか?

内山さん:日本のみならず世界の宇宙飛行士と一緒に仕事をすることがあるんですけど、やっぱり人間性が素晴らしいなと思います。多分この人ってどれだけ辛い局面にあっても、突破していくんだろうなっていう人間の大きさ、そして懐の深さを感じるんです。それって潜り抜けてきた修羅場の数によって、身につくものなのかなと思うんですけど、そのような厳しい経験をどれだけしているか、むしろ糧としてどれだけ楽しめるか、ときには楽しめないこともあるだろうけど、それを突破する力は宇宙飛行士の資質として大事だし、どんな苦境においても、冷静な判断を下して乗り越えていける人が宇宙飛行士にふさわしい人だと思います。自分もそういう人に近付きたいなと思っています。


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取材の様子:内山さん(左下)、HoSP江島さん(右下)、SS都村(右上)


ここまでは江島さんと内山さんによる「有人宇宙開発の今とこれから」についての対談を書かせていただきました。次回号では、第5.5期宇宙飛行士選抜試験の模擬面接に挑むべく作成された、SS江島とSS都村の宇宙飛行士マンダラチャートに迫ります!

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内山さんのエバマガとのコラボで、こちらにも模擬面接に向けて対談した様子をご紹介頂いてます!!エバマガに登録すると対談動画もご覧いただけます!

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内山崇
1975年新潟生まれ、埼玉育ち。2000年東京大学大学院修士課程修了、同年(株)IHI入社。2008年からJAXA。2008(~9)年第5期JAXA宇宙飛行士選抜試験ファイナリスト(10名)。宇宙船「こうのとり」フライトディレクタ。2009年初号機〜2020年最終9号機までフライトディレクタとして、9機連続成功に導く。現在は、新型宇宙船開発に携わる。趣味は、バドミントン、ゴルフ、虫採り(カブクワ)、ラーメン。宇宙船よりコントロールの効かない2児を相手に、子育て奮闘中。

宇宙兄弟Official Webにて『宇宙飛行士選抜試験〜12年間 語ることができなかったファイナリストの記憶〜』2020.6.16より12.15まで連載(全27回)。2020.12.5書籍『宇宙飛行士選抜試験 ファイナリストの消えない記憶』(SB新書)発売。

Amazon(Kindle版もあり):https://www.amazon.co.jp/dp/481560522X/
Twitter(有人宇宙情報発信) : https://twitter.com/HTVFD_Uchiyama
note(宇宙飛行士挑戦エバンジェリスト活動) : 


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江島 彩夢(えしま さむ)
米コロラド大学ボルダー校 宇宙生物学 博士課程2年

【専門・研究・興味】
環境制御/生命維持装置(ECLSS)の自律化に関する研究

【活動】
Homer Spaceflight Project
SGAC


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都村保徳(つむらやすのり)
英ブリストル大学 航空宇宙工学科 4年

【専門・研究・興味】
軌道力学、宇宙機ダイナミクス、プログラミング

【活動】
enfty - エンジニアリングをもっと身近に -


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