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マンスリーデルタV 2019.8月号

もし明日、人類が滅亡するとしたら、あなたは何をしますか?

誰でも一度は考えたことのある問いですよね。答えは人それぞれだと思いますが、みなさんにひとつだけアドバイスがあります。とりあえずこの記事を読むのは即刻止めてください(笑)
人類に絶滅をもたらすシナリオは、人為的なものから自然現象までさまざまですが、自然現象の代表格は「隕石衝突」でしょう。

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去る7月25日、直径57〜130メートルの小惑星『2019 OK』が地球にニアミスしていたことは、ご存知の方もいらっしゃるでしょう。地球から約65,000キロメートル(月までの距離の17%)のところを通過していったそうです。これがもし地球のどこかの都市に落ちていれば、その都市をまるごと吹き飛ばすくらいの規模でした。

恐ろしいのは、人類がこの小惑星の存在に気付いたのが通過の前日だということ。直径100メートルくらいだと、かなり接近しないと見えないことがあるのです。つまり、我々はいつでもひとつの都市が吹き飛ぶくらいの危険には晒されているということです(煽)
地球の近くに存在する小惑星や彗星などを”NEO (Near-Earth Object)”または「地球近傍天体」と呼びます。そのうち、特に地球に衝突する可能性が高く、地球に及ぼす被害が大きい小惑星を”PHA (Potentially Hazardous Asteroid)”といいます。「潜在的に危険な小惑星」というわけです。PHAは、直径140メートルかそれ以上の大きさで、地球から0.05天文単位(約748万キロ)以内まで接近し得るものを指します。

NASAとFEMA(米連邦緊急事態管理庁)の仮想演習の資料によれば、仮に直径140メートルの小惑星が地球に落下した場合、衝突のエネルギーは約300メガトン、広島型原爆の2万倍もの破壊力です。都市どころかひとつの地方一帯を壊滅させてしまいます。ただし、このサイズの小惑星が地球に落ちるのは2万年に一度です。

NASAや世界各国の宇宙機関がそれぞれにNEOを観測し研究するプロジェクトを運営しています。現在JPLのCNEOS(NEO研究センター)のデータベースに載っている小惑星はすべて、今後188年間は地球に衝突しないという分析結果が出ています。代表的なPHAに、2029年4月13日(金)に地球から約31,000キロメートルのところを通過することがわかっている、直径325メートルの小惑星『アポフィス(破壊の神)』がありますが、地球に衝突する可能性はないとされており、静止軌道の内側を通過する巨大小惑星とて、切っ先を見切っていれば怖くないわけです(震え声)

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問題はいまだ発見されていない小惑星です。CNEOSが発表している統計によれば、直径1キロメートル以上のNEOに関しては9割以上が発見済みで、現在は2020年までに直径140メートル以上のNEOの9割をリストアップすることを目指しているそうです。

さらに厄介なのは、2019 OKのように、衝突の直前まで存在すら知られない可能性が高い直径140メートル以下の小さな小惑星。地球規模の災害にはなりませんが、ひとつの都市を吹き飛ばす破壊力は持ち、天文学者の死角から急に現れる、というのはやはり脅威です。

実際に地球に落ちた例としては、1908年に推定直径70メートルの小惑星が 半径30〜50キロメートルにわたってシベリアの森を焼き尽くしたツングースカ大爆発が代表的。この日を記念して、6月30日は”Asteroid Day(小惑星の日)”として国連により認可されています。また、2013年にロシアのチェリャビンスク州の上空で爆発し、その衝撃波で割れたガラスの破片などにより約1,500人もの負傷者を出した小惑星は、直径わずか17メートルでした。

直径が数メートルの場合、大気圏で燃え尽きる可能性が高いと言われますが、燃え尽きるかどうかは、材質、大気圏突入速度、進入角度などによっても変わってきます。彗星起源のスカスカの物質なら燃え尽きるでしょうし、小惑星起源の隕鉄なら地表に到達するかもしれません。

一方、6,600万年前に現在のメキシコ・ユカタン半島に落ちて恐竜を絶滅させたとされる小惑星は直径10キロメートル級で、その衝突エネルギーは1億メガトン(広島原爆の66億倍)です。ただし、このサイズの小惑星が地球に落ちるのは1億年に一度。映画『ディープ・インパクト』と『アルマゲドン』が立て続けに公開され、1年に二度も人類絶滅クラスの小惑星がやってきた1998年は奇跡の年でした。どちらも核爆弾で切り抜けることに成功した人類は、太陽系の一生分の運を使い果たしたでしょう。

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核爆弾は最終手段として、もし小惑星が地球に衝突することが何年も前からわかっていれば、実は衝突を回避するさまざまな方法が提案されています。ハリウッド映画と違って、衝突までに何年かの猶予があるので、ほんのわずかでも速度ベクトルを変えてやることができれば、数年後の軌道は地球衝突コースから大きく逸れるわけです。衝突回避法には大きく「インパルス型」と「スロープッシュ型」があります。インパルス型には、小惑星内部や表面や近距離で核爆弾を爆発させるほか、宇宙船を物理的に小惑星にぶつけて軌道偏向させる『キネティック・インパクター』もあります。

実際、2021年打ち上げ予定の、NASA/APLによる”DART (Double Asteroid Redirection Test)”というミッションで、この方法による軌道偏向が可能であることを実証する史上初の試みが計画されています。

スロープッシュ型には、宇宙船を小惑星に接地させ、何かしらのエンジンで長期間押し続ける方法や、重い宇宙船を小惑星の近くに浮かべ、宇宙船の重力で小惑星を長期間引っ張り、わずかな速度変化を与える『グラビティ・トラクター』などがあります。僕のMIT時代の同僚は、小惑星に大量のペイントボールを命中させ、表面を反射性の塗料で覆うことで、太陽からの光子の圧力が増し、それによって軌道が逸れる、というアイデアを提案し、国連主催のコンテストで優勝しました。

このように、衝突までの時間が十分あれば、ハリウッド映画にはならないような地味な方法がいくつかあるのです。

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原始地球に火星サイズの天体『テイア』が衝突したために月が誕生し(ジャイアント・インパクト説)、月の満ち欠けや潮の満ち引きが生命に彩りを加え、巨大隕石が陸の支配者だった恐竜を絶滅させたために新たな生命種が繁栄する余白が生まれ、人類誕生への道筋が開いたことを鑑みるに、地球の歴史に不連続な転換点を作った天体衝突は悪いことばかりではありません。

そして、これから起こりうる小惑星の衝突も、「君たちの宇宙開発、どこまで来てる?」という自然からの問いかけととらえ、人類が文明に磨きをかけるチャンスと思えば、悪いことばかりではないはずです( ・`ー・´)bキリッ

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先日、2019 OKのニュースをツイートしたら、それが思いのほか拡散され、たくさんのリプライがつきました。その中に「みんな運がいい」「目に見えない幸運に守られている」といった趣旨のものがいくつかあり、思いがけずはっとしました。ひとつの街を吹き飛ばすサイズの小惑星が地球に落ちてくるのが100年に一度だとして、それが自分の街に落ちてくる確率はもっとずっと低い。すると「幸運に守られている」は言い過ぎも言い過ぎなのですが、もしそう考えることで、行動を起こす勇気が持てたり、愛する人が今日も生きていることに感謝できたりするのなら、確率の低さを俯瞰して鼻で笑うよりずっと素敵なことなんじゃないか。そんなことを思いました。

かといって、明日人類が滅亡する想像をしていては、誰も夢を見たりはしなくなるでしょう。ちょうど良く遠いところにある脅威が最良のスパイスです。ここはひとつ、2029年にやってくる破壊の神アポフィスの力を借りて、改めてみなさんに問います。

もし10年後、人類が滅亡するとしたら、あなたは何をしますか?


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石松拓人

エンジニア。NASAジェット推進研究所にて火星ローバーのシステム設計や深宇宙探査機の自律化、宇宙ガソリンスタンドの研究などに従事。東京大学の非常勤講師も務める。福岡生まれ、福岡育ち。将棋とギターをこよなく愛する。2018年パンアメリカン将棋大会4位。得意戦法は右玉。作曲・宅録が趣味で、これまでに30曲以上制作。CDアルバムを手売りした過去も。
noteでブログ『JPL日記』や、Voicyで科学バラエティ『地球のみなさんこんにちは』を配信している。

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