ドリームズ・カム・トゥルー
ペルセウス座流星群の夜、ミーちゃんの4年越しの小さな夢が叶った。
4年前、まだミーちゃんが2歳だった時のこと、創刊直後のこのメルマガの第三号にこんな話を書いた。
当時大好きだったアンパンマンの「ねがいぼし・かなえぼしさん」の回に触発され流れ星を見たいと言い出したので、ペルセウス座流星群の夜に車で3時間ほどの国立公園へ友人たちと行った。
しかし、昼間は「ねがいぼしさんに あえる♪」と大興奮だったミーちゃんは、いざ夜になると暗闇が怖くて夜空をずっと見ていることができず、しまいには僕の胸に顔を埋めて泣き出す始末だった。
去年のペルセウス座流星群の日はちょうどキャンプ旅行中で、人里離れた絶好の場所にいた。しかも月齢3(つまり三日月)で夜早くに月が沈むので最高のコンディションだ。しかし、都会育ちのミーちゃんは経験したことのない圧倒的な暗さと静かさに怖気付き、やはり見ることができなかった。
今年は遠くへ行く予定は立てていなかったのだが、ちょうど金曜日で夜更かしできる日だったので、ミーちゃんの親友の一家と連れ立って、ロサンゼルスの裏山を車で5分ほど上ったところの展望台へ行くことにした。
到着すると数十台の車が集まっていた。お、みんな流れ星を見に来たのかと思ったが、どうやらそうでもないらしい。ズドズドズドと音楽が鳴っているし、かすかにマリファナ(カリフォルニアでは合法)の匂いもする。この場所はロサンゼルスを見下ろす夜景スッポットで、それ目当てのカップルや若者が集まっていたのだった。
そして、空が明るい。ただでさえロサンゼルスの光害がひどい上に、この日は満月だった。流れ星を見るには全くもって良いコンディションではない。
ところが、実はこれが子供にとっては良いコンディションだった。なぜって、明るいから怖くないのである。
地面にブランケットを敷き、大人3人と子供2人で仰向けに寝っ転がる。空が明るいからなかなか流れない。満月はどんどん昇ってくるし、時折駐車場に入ってくる車のヘッドライトで目が眩む。
しかしペルセウス座流星群の特徴は明るい流れ星が多いこと。僕たちは信じて待った。
「あ!」
友人のお母さんが声を上げた。
「今、流れたと思う!」
ミーちゃんも僕も違う方向を見ていたので見逃した。このコンディションでも見れる流れ星があったことは朗報なのだが、悔しい!流星をみんなで見ると競争心が生まれてくる。
「きた!」
友人のお父さんも1ポイント。ちくしょう、今回もミーちゃんも僕もよそ見をしていた。
そうこうする間に木星が昇ってきたので、一時中断して望遠鏡を車から下ろしプチ観望会をした。望遠鏡の使い方を自慢げに友達に教えるミーちゃん。その子は天体望遠鏡がはじめてで、接眼レンズを覗くたびに興奮した声をあげた。一方のミーちゃんは「ワタシ、もう何度も見たから知ってるんだよ」と言わんばかりで、わざとリアクションを抑えている。6歳になると立派に見栄を張るようになるのである。
土星の輪が綺麗に見える。あと3年すると土星が秋分を迎え輪が真横を向くため、地球から一時的に見えなくなってしまう。
木星に望遠鏡を向けると、4つのガリレオ衛星が全て見えた。木星は自転軸の傾きがほぼゼロなので、いつも4つの衛星は一列に並んで見える。縞も何本か見えた。
そして月は何度見ても美しい。
「あ、流れた!」
「また!」
と僕の背後で声がした。2個立て続けに流れたらしい。だんだん頻度が上がってきたか。僕らは再びブランケットに寝っ転がり、流星狩り第二ラウンド。
「できるだけ明るい方向を避け、一点に集中せず、夜空の広い範囲をボヤーッと見ていると見つけやすいですよ。」
僕も玄人ぶってコツを伝授するのだが、しかし未だに僕とミーちゃんだけ0ポイントである。
「キャー、あの子たち、今ケッコンした!!」
ミーちゃんが突然、今日一番興奮した声をあげた。
「え?」
「だってお口とお口でキスしてた!!!」
見ると、すぐ隣のラブラブカップルが吸盤で吸い付くようなキスをしている。ディズニーの影響か、僕と妻の結婚式の動画を見せたせいか、「キス=結婚」になっているらしい。もはやミーちゃんと友達は流れ星どころではない。ひたすらカップルの方を見てキャーキャー言っている。カップルも野次馬を気にせず愛を交わし続けている。
ドリカムの歌が脳内に流れ出したので僕は目を背けた。あーあ、これじゃあ今年もミーちゃんは流れ星に会えないかな。と思ったその時。
「あ!明るい!ミーちゃん見えた!?」
また友人のママだ。もう4ポイント。
「みえた!!」
なんと、カップルの愛を祝うかのように背後に特大の流れ星が流れたらしい。まるでドリカムじゃないか。
「いちばん明るかったね!!」
「はなびみたいだった!」
なんと、ラブラブカップルのおかげで人生初の流れ星に出会うことができた。ドリームズ・カム・トゥルー。おめでとう、ミーちゃん!
「何をお願いした?」
「サンタさんがプレゼントを100こ くれますようにって!」
3歳の七夕は「エルサになりたい」だったのに、6歳になるとだんだん願い事に物欲が混じり可愛げがなくなってくる。
一方の僕は、イチャイチャから目を背けていたので見事に見逃した。結局、5人の中で唯一0ポイントで帰宅。完敗である。
帰りの車の中でも流れ星よりケッコンについて質問するミーちゃん。4年前は車の中でアンパンマンマーチを大合唱していたのに。まだ怖がりで甘えん坊だけど、そうか、心はずいぶん大人になったんだな。そう思いながら眠りについた、流れ星の夜だった。
そんなミーちゃんは今週、小学校1年生になる。
小野雅裕
技術者・作家。NASAジェット推進研究所で火星ローバーの自律化などの研究開発を行う。作家としても活動。宇宙探査の過去・現在・未来を壮大なスケールで描いた『宇宙に命はあるのか』は5万部のベストセラーに。2014年には自身の留学体験を綴った『宇宙を目指して海を渡る』を出版。
ロサンゼルス在住。阪神ファン。ミーちゃんのパパ。好物はたくあんだったが、塩分を控えるために現在節制中。
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