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真剣を抜け、宇宙を目指す若者よ 後編[敏蔭 星治]

(アイキャッチ画像提供:PDAS-X06)

PDエアロスペース株式会社
緒川修治代表取締役へのインタビュー

12月号ではPDエアロスペース株式会社の緒川修治代表取締役に、事業を立ち上げるに至るまでのきっかけと、諦めずにやり抜く緒川マインドをお聞きしました。今号は、事業の核となる技術と今後の計画、そして宇宙を目指す若者へのメッセージをお聞きしました。

宇宙旅行事業のイマ

有人宇宙飛行事業の進捗について

敏蔭:先日行われた北海道での試験(10月取材時)を踏まえ、現在の進捗状況についてお聞きかせ下さい。

緒川さん: 先日の北海道での試験では、JAXAや東北大学の大林先生・澤田先生などいろんな人に協力してもらい製作した無人実験機6号機(PDAS-X06)の地上滑走試験をしました。この機体は、宇宙へ行ける能力は持っておらず、設計や制御、通信などの技術実証を目的とした機体です。コロナの影響もあり、全ての試験項目を消化出来なかったのですが、エンジンを含めた全機システムでの試験が出来たのは、大きな意味がありました。

あと、副次的にも、大きな収穫がありました。僕らの無人機は、二つの制御システムを持っています。1つは”オートパイロット”、もう1つは、FPV:First Person View(注1)です。FPVは、パイロットが”操縦する”のですが、今回の走行試験で、パイロットの感性、反応など、人間が介在することの重要性を知ることが出来ました。”人馬一体”ではないですが、今後の有人機開発への大きな気づきを得ることが出来ました。

まだまだ、SpaceXやVirgin Galacticに比べたら、我々の震度はゼロに近い状態だけど、やらなければ先へ進めない。一歩ずつめげずに前に進みます!と言い切らないと。

敏蔭:言い切るところが素晴らしいですね。

緒川さん:ははは、ありがとう。でも全然、素晴らしくないんだよね。『夢の扉』(注2)の時は「2014年に宇宙旅行」って言ってたから…有言実行じゃない。まだ何もできてない。言うだけ番長(涙) それくらい、できていないという認識でいる。

(注1)FPV(First Person View) カメラのモニターを見ながらパイロットが操縦するというドローンなどでも取り入れられている技術。
(注2)TBSテレビ番組「夢の扉~NEXT DOOR~」2008年10月19日放送回

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写真:北海道での試験の様子

技術の核、燃焼モード切替エンジン

敏蔭:御社のキーテクノロジーは、燃焼モード切替エンジンと訊いています。パルスデトネーションを用いた「ジェット燃焼・ロケット燃焼切り替えエンジン」におけるメリットや、課題についてお聞かせ下さい。

緒川さん:了解。大きく3つのメリットがあると考えている。

1つ目は、安全性向上
宇宙からの帰還時にVG社の機体が滑空で降りてくる、着陸するのに対して、僕らの機体は、帰還時にジェットモードを再着火させることが可能。これにより、着陸のやり直しができるようになる。加えて、上昇時にも、問題が発生した場合、いつでもジェットモードに切り替えて、アボート(中止)が取れる。他の空港へのダイバードも出来る。

2つ目は、製造/運用コスト低減
1つのエンジンで2つの機能を持っているので、機体システムを1つに出来る。これにより、製造も、運用も、シンプルに出来る。機体のみならず、パイロットや整備員、整備機材、補用部品などの維持コストに大きく寄与する。シンプルな構造やシステムにより、信頼性も上がる。

3つ目は、汎用性
離着陸に一般の空港を使えるように設計している。VG社の滑空方式は、着陸時に速度を落とせなく、他の機体の順番待ちが出来ないため、長い専用の滑走路が必要となる。 一方で僕らの場合は、着陸時にジェットモードにより推力を得られるため、短い滑走路で、しかも順番待ち(上空待機)も出来る。これは、コスト低減にも、安全性向上にも寄与する。 また、一般空港で燃料のリチャージができるように、ジェットモードもロケットモードも、ジェット燃料を用いる設計をしている。

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画像:燃焼モードの図

緒川さん:ただ、これらはあくまでもコンセプトであって、まだ実現できていない。世の中にないものを作るわけだから、めちゃめちゃ難しい(笑) あと難しいのは、技術だけじゃなく、「人」も。例えば、エンジニアには二種類ある。ひとつは一般的な開発エンジニア、もうひとつはインベンター(発明家)。新しい物を作るに当たって、仕様や基準が決まっていて、これを満たす設計をしていくのは、一般的なエンジニアで良い。

でも、世の中に無いものを”生み出す"場合、仕様も無ければ、基準も無い。文字通り何もない所から、何が必要かを考えて、工夫して形にしていく発想力、創造力を持ったエンジニアが全然いない。 皆、頭が固すぎる。論文やこれまでの知識経験で「出来ない」ことを説明し出す。 そうじゃない。これまで常識と考えられている物理現象でさえ、知恵と工夫で超えていこうと考えないと。

敏蔭:なるほど、アイデアや工夫で物理現象をも超えるような…

緒川さん:失敗はいいんだけど、出来ません!はダメ。できるようにするんだよ!

敏蔭:開発などで、緒川さん自身が壁にぶつかった時は、どのように解決されているのですか?

緒川さん:一番やってるのは計算よりも手を動かすこと。常識に囚われず、発想を大事にする。『アイデアを一度形にしてから、壊してみる』。これもダメ、あれもダメ、ダメダメ続きになった先でその中からヒントが見えてくる。設計計算をしなくていい、ということではない。「まずやってみる」を大事にしている。 それと人に聞くことはあまりやっていない。人に聞いても、ろくな回答は返ってこない。自分で考えてやった方が早い。

簡単にロケットや新しいエンジンを作れるわけがなく、壁にぶち当たるのは当たり前。出来ないからと腐って愚痴を言ってる場合じゃない。そこに何の生産性もない。でも、へこまないとは言ってないよ(笑) 上手くいかないと、へこむんだけど、別の方法でやってやろうというスイッチが入る。『とにかく手を動かしてみる』。そこに解決のヒントがある。

敏蔭:なるほど…「とにかく手を動かしてみる」実践します。

有人宇宙飛行に立ちはだかる障壁

乗り越えるキーワードは“やっちゃえ”

敏蔭:同じく事業に関して、先日、サブオービタル飛行に対する法的取り扱いについてプレスリリースがありました。今後、日本で宇宙飛行を実現するうえで早急に整備しなければならない課題はなんでしょうか?

緒川さん:課題というか…整理しないといけないものが整理できていないこと。「サブオービタル機はロケットか飛行機か」論争はずっと続いてて、何年も、専門家があーだ、こーだと言って決まらなかった。

背景として、サブオービタル飛行は、「宇宙活動ではない」「既存法で対応する」という政府決定があった。でも、国交省では、翼の無いもの:ロケットは扱ったことが無いから判断できないと言われ、今一度宇宙活動法を管轄する内閣府に話を持って行くと、「宇宙活動ではないと決めたので」と言われ、どっちにいってもダメな状態に…

ならば、「両方とも違うって言うなら、やってしまっても、法律違反ではないよね。やっちゃうよ」と現実を突きつけた。そしたら、一年ちょっとで決着がついた。 さっきの開発と同じで、机上で議論しいてるだけだと何も決まらない。『結局、やっちゃいなよ!なんだよ(笑)』

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画像:無人実験機 PDAS-X07の実証実験に向けて整理した考え方について

敏蔭:課題ではなくて、やってしまおうと…

緒川さん:ハードルではあるんだけど、やり方を考えようよと…。場合に拠っては屁理屈とも言われるかもしれない(笑)。ただ、やりたいことを泥臭くてもコツコツ真面目に伝えていけば、皆さん理解してくれるし、協力的もしてくれる。真面目は大変だけど、手を抜かずにちゃんとやる。  こんな僕も、最近は勉強しまして、全ては「感謝と恩返し」by 半沢直樹 だと。感謝と恩返しでやっていけば、自ずと道は開かれます(笑) 。

有人宇宙飛行事業計画について

敏蔭:今後そうしたハードルを越え、将来的にはどの程度のスケールでの事業を目指していらっしゃるのでしょうか?

緒川さん:当面の事業目標は、宇宙旅行に関して、全世界のシェア、アジア圏中心に10%、概算すると年間1000人くらいを宇宙へお連れすることを目指しています。これが就航後5年以内にたどり着けるよう、事業計画を立てています。ただ、立てるのは簡単。実現するのは難しい。実行していかなきゃいけないっていう十字架を背負わなければいけない。

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写真:沖縄県 下地島空港(空撮画像提供 三菱地所株式会社)

PDエアロスペースのこれからと未来を担う若者へ

PDエアロスペースの未来

敏蔭:これまで技術や事業などについてお聞きしてきましたが、以前「子どもたちに地球を見せたいんだ」とおっしゃっている動画を拝見しました。お話の中でも「みんなを宇宙に連れていきたい」という言葉が出ましたが技術開発以外に、宇宙旅行を達成した後に実現したいことはありますか?

緒川さん:うちは宇宙旅行は目指すしやるんだけど、『宇宙旅行だけをしたい会社じゃない』。その先の宇宙輸送全般に取り組んでいく。宇宙太陽光発電所の建設や、宇宙採掘(Space mining)などをうちの輸送技術を使っていきたい。

「宇宙太陽光発電所」の建設は、既存のロケットでやろうとすると火力発電の10~100倍コストがかかってしまう。今後、技術を向上させていけばIsp(注3)が飛躍的に伸び、SSTO(Single Stage To Orbit、注4)が実現できるかもしれない。そうなると、宇宙への輸送コストの低減が進み、経済合理性を得た中で実現の可能性を帯びてくる。クリーンエネルギーを宇宙空間で24時間安定的に発電できると地球のエネルギー問題や環境問題の大部分が解決出来るようになる。

もうひとつは、すでにアメリカで始まっている「宇宙採掘(Space Mining)」。火星と木星の間にある小惑星群(アステロイドベルト)に眠っているレアアースやレアメタルを採掘しようとするもの。小惑星そのものを、地球近傍に持ってきて、鉱物資源として活用する。宇宙空間での地産地消をする。 エネルギーと資源を宇宙から調達する。そのための輸送技術へと発展させていくことを考えています。いずれも、ものすごい遠い世界の話のようだけど、確実に近づいています。

しかし、僕が考えているのは、その先。PDエアロスペースは単なるメーカではなく、航空宇宙飛行技術をベースに、新しい価値や技術をゼロから生み出し続けるイノベーション集団にしていきたい。例えば、ロッキードマーチンのSkunk works(注5)やGoogle Xのような。様々な挑戦をしていって、技術を蓄積していくことによって、不可能と思われることを可能にする力を持ちたい。「あそこに頼むと何とかしてくれる」と思ってくれるような会社にしていくこと。それが最終目標。

(注3)比推力(ひすいりょく、specific impulse、Isp)燃費に相当。単位は秒(s)。1gの燃料で、1N(推力) を、何秒出せるか? 長時間であるほど、燃費の良いエンジン。
(注4) SSTO(Single Stage To Orbit)単段式宇宙輸送のこと。既存のロケット技術では、地球周回軌道へ入る為には(=必要な速度を得る為には)、飛行の途中で機体の一部を切り離して(多段式で)、加速させていく必要がある。結果、完全再使用型のロケットが実現していない。機体を分離させずに単体で軌道へ入る為には、Ispの向上が鍵。
(注5) Skunk works 「ロッキード・マーティン社 先進開発計画」の通称。転じて、航空宇宙企業内における秘密開発部門や特命チームなどをも指すようになった。

敏蔭:宇宙旅行のさらにその先を見据えていると…

緒川さん:宇宙旅行で止まっているわけにはいかない…だけど、今、何もできてないのに、どこまで風呂敷広げるんだってなるんだけど(笑)。今はマジ、言うだけ番長(笑)。

真剣を抜いて、闘え!

敏蔭:熱いインタビュー本当にありがとうございました。これから宇宙を志す若者に伝えたいことを、ぜひお願いします。

緒川さん:「やりたいならすぐやれ」「闘え」

敏蔭:闘います!

緒川さん:やりゃいいと思うよ…『やってダメなことは何もない!』

敏蔭:最後に、取材を受け入れてくださった感想をお願いします。

緒川さん:冒頭に言ったように、僕は学生に期待してない!得てして言い訳を言ったり、逃げ道を探そうとするから。こっちは人生賭けて、命を懸けて、文字通り「真剣」を抜いて戦っている。真剣で切られたら死ぬ。その覚悟が学生には無い気がする。ただこの記事を読んで「やってやろうじゃないか!」と思って来てくれる、やる気のある人ならば大歓迎!学生という身分に甘えず、真剣を抜いて向かってきた学生にはちゃんと対応します。

敏蔭:僕の専門は航空工学ではなく、天文学なんですけれども…やれるところまで真剣を抜いてやっていきたいと思います!

緒川さん:天文もお金が無くて大変だよね…でも、本当にやりたいなら、それをマネタイズすることはすごく大事。本気で訴えれば「手伝ってやるよ」「資金出すよ」っていう人は世の中にはいっぱいいるはず。そこまでやりなよ!

敏蔭:予算がないのを言い訳にせず…

緒川さん:そうそう、真剣を抜いて闘って。

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*2020年10月取材。後編を読んだ感想を、ぜひTwitterで#SpaceSeedlings をつけてツイートしてください。



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緒川 修治
1970年5月30日 名古屋市生まれ。福井大学 工学部機械科卒業後、三菱重工業で新型航空機開発プロジェクトに参加。2001年 東北大学 大学院工学研究科 航空宇宙工学専攻修了(宇宙機推進工学 升谷五郎研究室)。同年アイシン精機入社。2007年PDエアロスペース(株)設立、代表取締役就任。


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敏蔭 星治
東北大学 理学部宇宙地球物理学科天文学コース 2年

【専門・研究・興味】
天文学、系外惑星、銀河、アストロバイオロジー

【活動】
Tohoku Space Community (TSC)
東北大学ロケット製作サークル From The Earth

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