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マンスリーデルタV 2019.7月号

こんにちは。NASAジェット推進研究所(JPL)の大丸拓郎です。探査機の熱設計が専門のサーマルエンジニアとして働いています。
50年前、ニール・アームストロングが人類で初めて月の地を踏んだ、そのとき、NASAの中でも無人探査機によるミッションを担当するJPLのエンジニアやサイエンティストは何をしていて、何を考えていたのか?今回はそのお話しをしたいと思います。

当時、アポロ計画で月に人を送るのに先立って、ロボットを月に送ることで、技術を実証し、着陸地を偵察することが試みられました。その役割を担ったのがJPLです。1959年、その試みはロボットを月に向かわせてハードランディング(衝突)させる「レンジャー計画」からスタートしました。しかし、プロジェクトは難航します。6号機まで月に到達できたものが一つとしてなかったのです。

失敗が続き暗い雰囲気の管制室。ここで当時のプロジェクトマネージャーがメンバーの緊張をほぐす為に「ピーナッツでも食べながら気楽にやろう」と提案します。するとついに、レンジャー7号が地球周回軌道を離脱、月軌道に投入され、月面に衝突するまで画像を地球に送り続けることに成功したのです。1964年のことでした。

このピーナッツのおかげでミッションが成功したのかどうかは定かではありませんが、この時から現在に至るまでJPLでは火星着陸や軌道投入などミッションの重要なイベントが起こるときにはこのラッキーピーナッツを食べる慣習があります。7号の成功でリズムに乗ったレンジャー計画は9号までを立て続けに成功させ、計画は1965年に幕を閉じました。

当時の月面に対する大きな疑問の一つが「人間が着陸しても沈まないか?」というもので、これに答えるためにJPLが次に取り掛かったのは月面への軟着陸技術の実証と地表を調査する「サーベイヤー計画」でした。

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1966年から1968年にかけて行われた計画では、月面に送られたサーベイヤーの探査機7機のうち5機が軟着陸に成功、それぞれの探査機はテレビカメラを搭載し地表の詳細な画像を取得しました。さらに3号と7号にはロボットアームが搭載され、月面を掘削して調査しました。JPL内にあるミュージアムにはアポロ12号の宇宙飛行士が持ち還ってきたサーベイヤー3号のサンプラーのパーツが展示されています。

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実はサーベイヤー6号機とアポロ計画の間に、サーベイヤーに月面ローバーを載せて送ろうという計画があったらしいのですが、計画は中止され、行き先を失ったローバーはしばらくJPLの中をうろうろすることになりました。これが後の火星ローバーのプロトタイプになったとの言い伝えです。

このようにしてJPLはアポロ計画に先駆けて、その行く道を切り拓いた立場にありました。しかしながらJPLはアポロ計画にそれ以上は深入りしようとしませんでした。なぜでしょうか?当時を知るJPL専属の歴史家はこう語ります。

“ロボットを使って月や惑星を探査するというJPLのスタイルは当時すでに確立されていたし、アポロ計画で存在感をだそうという動きは特になかったと思うね。それに率直に言うと、JPLの母体であるカリフォルニア工科大を含めたアメリカのサイエンスコミュニティは、アポロ計画に科学的な成果をあまり期待していなかったのさ。”

つまりJPLはあくまでロボットを使った探査にしか参加しないというポリシーを貫き、アポロ計画には参加しなかったことになります。では50年たった今NASAが進めている、月有人探査計画「アルテミス」ではJPLはどんな役割を演じるのでしょうか?

トランプ政権からNASAの2020年度の予算要求が発表された2019年の3月、JPLでも所長から職員へ「NASAが民間とともに進めている有人月探査周りの予算が5億ドルほどアップした。これにはJPLもローバーやロボットアームの開発で参加していくだろう。」との説明がありました。

僕個人としては、今後の月探査にJPLが関わる機会は、アポロ計画の頃に比べると増えるのではないかと考えています。なぜならアポロ計画では単に月面に人類を送り調査することが目的だったのに対して、アルテミス計画やその先のビジョンでは月面にインフラを築き、持続的な探査を行い、さらにそこから火星に人を送ることが目的であり、月面での作業量が圧倒的に多くなるからです。この作業を宇宙飛行士がすべてやるわけにはいかないのでロボットの出番が必然的に増え、JPLの技術を生かす場面も増えるのではと予想しています。

サーマルエンジニアとしては2週間も続き温度も-180℃まで下がる月の夜を、探査機を開発している各チームがどうやって攻略するのかも見ものです。この長く寒い夜を乗りきるのは無人探査機でも非常に厳しいです。「熱」を制する者は月を制す。今後も月面開発の動向から目が離せません。

この記事は2019年7月15日付でJPL内部のニュースサイトに掲載された記事 “The JPL ApolloConnection” By Jane Platt を参考にしています。


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大丸拓郎
《プロフィール》
NASAジェット推進研究所 サーマルエンジニア。熱設計の専門家として火星ローバーMars 2020のサンプル採集システムの開発に参加する他、木星の衛星エウロパで生命探査を目指す探査機Europa Landerの開発や、将来の探査機の熱制御技術の研究にも携わる。宇宙兄弟のファン。


Twitter: https://twitter.com/takurodaimaru
note: https://note.mu/takurodaimaru

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