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作詞(歌詞)でよくやりがちなポイント

皆さんお疲れ様です。

先日に引き続いて、作詞の初歩的なコツ的なポイントを少しお話したいなぁと思います。

今回はよくやりがち(ありがち)なパターンとして代表的な

第一人称・第二人称等について書いていこうかと思いますね。

前回の記事では「文字数を意識する」という事をお伝えしました。その中で「俳句と似たようなもの」という感じの事も書いたんですが、

僕、わたし、君、おまえ、ぼくたち、自分、おれ、おれら、あなた、あなたたち、おまえら、おまえたち、みたいなの

これを多用している歌詞は、見直してみたらもっとよくなるかもしれませんよ。というお話です。

なので、使うこと自体悪い事じゃないです。ですが、なるべくなら使わなくても歌詞が書けるくらいの事が出来る方が強いと思います。

恋愛系の歌詞だとどうしても使いたくはなりますよね。

僕が~僕の~これから僕たちは~僕からの~何回僕僕言うねん。みたいなのも実際、あったりするんですよ。

僕と君で溢れてる歌詞とかもですね。シンガーソングライター系の人とか多いですね。

これ、でも名詞とかもそうですよ、街とか、空とか、闇、光、夢、歌、愛、希望、平和、戦争、戦い、なんでも一曲の歌詞の中で何度も使うのはもったいなかったりしますね。

何でかっていうと分かってたりするからです。

前回も書いたんですが、「歌詞」は歌うための詞、歌われるための詞なので歌詞には歌声、メロディー、伴奏、リズムといった音楽的要素がついてきます。そのすべての要素を用いて伝えたいことを伝えるわけです。

「これは哀しい歌ですよ」っていうのは、もう前奏で聴き手はわかっているかも知れないんです。

例えば、『あなたの大親友が目の前で大号泣してます。あなたは「何があったの?」って聞きます。すると大親友は「私、悲しくて泣いているの」といいます。そしたら「何が悲しかったの?」って聞きます。大親友は「私にひどいことがあって、私悲しくて」って返してきます。』

---このやり取り、ちょっと大変じゃないですか?

大号泣してる時点で「こんなに泣くほどの何か悲しい事がきっとあったんだろうな」って言うのを前提に話を聞こうとしていたら

「悲しい事があって泣いている」と返ってきたら内心「それは見ればわかるよ、だから聞いてるんだけど…」と思っても不思議ではありません。

まぁ、もしかしたら嬉しいことでの大号泣かもしれませんけどね。

でもそれって中身の話で分かりますよね。

第一人称、第二人称などにも同じことが言えます。

「私、こないだAと二人で一緒に遊んでたの。それで私がご飯食べたいっていったらAもじゃぁご飯食べよう!ってなって。私が何食べたい?って聞いたらAは何でもいいっていうんだよね。で、私がじゃぁ中華にしよって言ったらAは中華はちょっとなぁ、っていう訳。だから私なんでもよくないじゃん!ってAに突っ込んじゃってさ。」

---この文章ですが、どう思いますか?

喋ってるんだったら別にいいと思うんですけど、文章として私とA多すぎませんか?

そもそも私とAの二人で遊んだと言ってる時点で、新しい登場人物の名前が出てくるまで二人の話だと仮定、想定ができるのでいちいち主語を差し込んでくる必要がないんです。

国語的には丁寧なのかもしれませんけど、先述の通り、歌詞にはメロディーがあります。変更が効くとはいっても基本的に文字数は限られていると思っていいと思います。

その限られた文字数の中で何をどれだけ描写できるか、というのが作詞の面白みであり、深みでもあると思っています。

前回もプレバトを例に出しましたが「5・7・5」だけの文字数の世界で「こんなことで5文字も使うのはもったいなさすぎる!」みたいにバッサリ切られているところ、見たことある方も多いんじゃないかなと思います。

同じように「わたし」の三文字の代わりを探すことで別の表現方法を探したり見つけたりすることもできるかもしれません。

何となくですが例えば

「わたしのかなしみ」を別の言葉で、同じ8文字で表現してみましょう。

A「けしたいおもいで」

B「きずつけられたひ」

C「ひどいことばたち」

D「なんどもなぐられ」

E「しろいなみだあと」

F「きずついたこころ」

パッと今考えた限りでセンスがないかもしれませんが「わたしのかなしみ」の表現に対してA,B,E,Fはネガティブな心情を、Aは「哀しくて消したいけどでも消えない強烈な過去」の様な印象を連想させることができるかな、と思います。Bも「過去に誰かに何か傷つくことをされたその時を思い出している、あるいはしまう」の様な描写、Eは「昨日泣いたまま寝たのか、その涙跡が白く乾いている」という情景、Fはやや抽象的ですが精神的に傷ついたという事は哀しい状態であるというのはわかるかなぁ。と思います。

C,Dは直接的ですね。何があったのかがわかります。そういう意味では「にどとあえないの」とかもつかえますね。

もちろん、今読んでいる人の中では「いや!Aはそうじゃなくてこういう感じじゃないか?」とかあるかも知れませんし、全然そんな感じしないですよ?って人もいるかも知れないです。でもそれぐらいでいいと思っています。

あなたが書く詞も100人聴いて100人が同じ理解をすることは不可能だからです。いや、出来るかも知れませんけど「もうわかったよ、そんな何回も言わなくてもわかったってば」っていうくらいの歌詞かもしれませんね。

だからこそ歌う人は歌声に表情をつけるし、メロディーや曲調も表現できるツールだったりするし音楽全体で90%位表現できればいいんじゃないかなぁと思います。

椎名林檎さんの歌詞とかちょっと難しめの歌詞ってファンに考察されたりしますよね。あの辺の域になると、曲も難しいし本当に何がいいたいか正直わかりませんっていうくらいの事もあります。高尚すぎて。

話が何度も脱線してすみません。第一人称や第二人称について書こうと思ったのに思った以上に余計なことの割合の方が多いですね(笑)

さっきの8文字の例でいうと「もうあえないきみ」みたいな文字数合わせで使ったりという事は結構あると聞きますが、基本的にあんまり一人称二人称とかを使わないとは言ってました。昔作詞の先生が(笑)


少しでも参考になれば幸いです。ここまでお読みいただきありがとうございます。

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