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秋のパン焼きの話

休日、早起きしてパンを焼いてみた。とは言ってもオーブンなんてしゃれたものはない。ホームベーカリーである。

まずは材料を測る。とは言っても電子計りなんてちゃんとしたものはない。昔ながらの、おさらの下で針がくるくると回る秤である。
一袋199円の強力粉と、スキムミルクはないので牛乳で代用。そのぶん水の量を調整する。無塩バターはないので気にせずマーガリン。なので塩は省略して、砂糖を少し。最後に消費期限ぎりぎりのドライイーストを入れて、「プログラム1」でピッ。15分後に一度ブザーが鳴るので、そこで最大の贅沢要素、先週開けた缶詰のオリーブの残りを投入する。
なんとお手軽な仕事。

映画『リトル・フォレスト』は「夏こそパンを焼く」という場面から始まる。山村の湿気た夏特有の事情として描かれる、印象的な冒頭なのだが、あれにはガーンとなった。
パンは秋。焼きあがったパンの香ばしい匂いは清々しく高い空の下でこそ際立つ。少しカリッとした表面は芝犬色、モチっとした中身の感触はそのまま飛び込みたくなるライナスの毛布のよう。
ちょっと比喩がわけのわからないことになってきた。

ともかく焼きたてのパンを持って秋の公園へ散歩に行くほど素晴らしいことはない。ざっくり切ったパンを抱えて自転車で急げば、銀杏並木の下に着く頃、パンはまだほんのり暖かい。

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頭上から降る黄色い葉、足元を埋める銀杏。秋の足は早いので急がなければならない。あっというまに冬が来る。いや、本当のところ既にその気配は、よく注意すればところどころに見え隠れしている。

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木の根の陰に、落ちた樹皮の向こうに、寂しくなった枝のリズムに、少しずつそれを感じる。
だが、だからこそ、秋暮れは良い季節だ。落ちた葉の孤独も、取り残された葉の孤立もどちらも美しい。その下で私も一人安心してパンを食べる。日ざしのぬくもり、焼きたてのパンの美味しさ。これが秋のいちばん贅沢な過ごし方である。

(797字)

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