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テレンス・マリックかと思った。映画『レヴェナント:蘇えりし者』ネタバレ感想文

アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥって、「アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ」って声に出して言いたいよね。その昔「声に出して読みたい日本語」ってあったけど、そんな感じ。日本語じゃないけど。

公開当時日本では「デカプーやっと主演男優賞!」がウリで、普段そんなに映画を観ない人も映画館に足を運んで痛い目にあった(であろう)作品。

2021年にケーブルテレビで観たのですが、観るんだったら公開時にスクリーンで観るべきでした。観ないんだったら観ないままでよかったんだけど。
その理由の一つは、過酷で美しい雄大な風景を大きなスクリーンで観たかったこと。
もう一つの理由は、コロナ禍の最中に観たので「自然」や「生きる」ということに対する意味合いが変わってしまったこと。映画は意外と「旬」なもの。映画は本来、時代も国境も超えられないと言ったのは押井守だったかな?観なくてもよかった理由?立派な映画だけど楽しくないから。

まずこの映画、撮影が凄い。凄いというかトチ狂ってる。
VFXも多用してるでしょうし撮影機材も軽量化してるんでしょうが(そういった意味では技術革新が文化を変えていく好例だと思う)、それでもかなり過酷なロケだと思うんです。
例えば、戦闘シーンとか乱闘シーンに限って長回しするんですよ。何でわざわざ苦労してんだよ。カット割れよ。バカじゃねーの?
引きの絵もちゃんと撮ってるんですよ。ということは、役者だけ残して撮影隊は遠くに移動して撮影しているわけです。わざわざ苦労してんですよ。もう一度言うけどバカじゃねーの?
ただ普通ね、「バカじゃねーの?」って言う時は笑ってるんです。でもこの映画、ガチ過ぎて笑えないんだ。

要するに「そういう画面(えづら)が撮りたい」って思うイニャリトゥがトチ狂ってるんです。スタッフ大変だな。
だいたいイニャリトゥはメキシコの人ですからね。雪なんて見たことないんですよ。彼にとって雪はSFなんです。アルフォンソ・キュアロン『ゼロ・グラビティ』と一緒。

いや半分本気で、本当に『ゼロ・グラビティ』と似ていると思ってるんです。
長回し等の特殊で個性的な撮影とか、「死と生」の物語である点とか。基本、サンドラ・ブロックが宇宙空間でのたうち回ってるか、デカプーが雪原でのたうち回ってるかだし。
もう一度言いますが、立派な映画なんですよ。ただ、やばいテレンス・マリック臭がするのが気になりますけど。冒頭なんかテレンス・マリックのパロディーみたいだよね。

イニャリトゥの前作『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』を、私は「喪失と再生の物語」と読み取りました。
いや、『バベル』も『21グラム』も、おそらく同様なのです。
アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥはいつも「喪失と再生の物語」を描いている。
もちろんこの『レヴェナント』も同じです。
復讐とサバイバルの先に「喪失と再生」が描かれているのです。

廃墟となった教会の前で息子と会う夢を見ますね。あれはまさに「再生」のシーンです。
この夢を見た時のデカプーは吹雪に埋もれた簡易木製テント(?)内で眠っています。これは子宮の中の胎児の暗喩です。
木製テントをぶち破って朝日眩しい外に出る様こそ、彼の新たな誕生なのです。

語弊があるかもしれませんが、過酷なサバイバルをしている時のデカプーは案外幸せだったのかもしれません。
なぜなら、そこには復讐という「生きる目的」があったから。
ラストのデカプーのアップが、なんだか私には「生きる目的を失った男の顔」に見えたのです。
(2021.01.17 CSにて鑑賞 ★★★★☆)

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監督:アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ/2015年 米

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