ピープルフライドストーリー (56) ラッキーな占い日 (ショートショート)   【作者コメント: …関係ないけど、米国は選挙で盛り上がってる。さて、今年の日本で国会解散総選挙があるのかないのか分からないが、なかったら面白くも何ともない……】



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     ラッキーな占い日

           by  三毛乱

 今日は待ちに待っていた山登りの日だ。天候も申し分ない。
 昨日、山登りの先輩で且つ職場の先輩でもある人から、風邪をひいてしまい、同行出来なくなったとの報告があった。なので、今日は久し振りに一人で山を歩くことになった。
 まあ、それはそれで楽しみ方がある。『グループ登山では、時間を共有することで生まれる絆は特別なものといえる。一方、山へひとり行くことは、自分を見つめ合い、目の前にあるものと、静かに自分を満足させればいいのである』と、ある本には書かれていたが、私も全くその通りだと思う。なので、今日は一人で楽しむ日とすれば良いのである。
 それに、朝、出かけのテレビでやっていた星座占いのコーナーでは、今日の私の運勢が良い様に示されていた。大袈裟に言えば、今日という日が間違いなくラッキーに過ごせると予告されたようなものだ。私は良い運勢だと言われたら、それを信じる事にしている。そして、、ここ数日、占いコーナーでの私の運勢が連続して良くて、結果も良かったので、私は今日も信じる事にしたのである。
 三日前の占いコーナーでは、「思わぬものが得られる」と言われて、町内の商店街での福引きで、珍しい賞品のトーキョーディズニーランドの無料入場券が当たった。二日前では、「願いは言葉にしてみると良い結果が得られます」と言われて、職場で憧れのA子さんにデートを申し込んだら、来週なら良いとの返事を貰えた。昨日には「短時間に集中してチャレンジすると良い結果を得ます」と言われて、たまたま入ったパチンコ店では、1時間で三万円も勝ってしまった。
 続いての、今日の占いコーナーでは、「何事も逃げなければ巧くいきます── 」と言われた。それを聞いて、私は不安なく山へ向かったのである。
 いや―、それにしても、山に入ると山はやっぱり良いなぁと思う。現実の社会で生まれるストレスが、山に来ればすっかり無くなる。私にとって最高な薬なのである。だから何度も山に来たくなる。山は今日も私に恩恵を授けてくれるのだ。
 でも、山の五合目に入ったぐらいから、急にお腹の具合が悪くなって来た。私が一体何を食べたというのか? 私にはすぐに思い当たるものがなかった。
 とにかく、腹の中のものを処理しなければならない。しかし、近くには店などはない。人影も2時間は見ていない。それでも、人に見られたくはないという心理が働いて、私は山道を外れて、林の中へと入り、隠れられる様な木陰や草叢を捜した。だが、もう腹具合は限界だ。すぐに、その場所を決定すると、リュックを背負ったまま、ズボンとパンツを下ろし、腰を下ろした瞬間に、大きな音と共に腹の中のものを放出した。
 間に合ったと思って、少しホッとすると、背後でガサッと音がして、「クワッ、クワッ」という声が聞こえた。振り向くと、小熊が見えた。熊鈴を持っていたのに効果はなかったようだ。50メートルぐらいの距離だ。小熊がいるという事は母熊もいるかもしれない。と考えた時に、さらに、小熊の向こうから母熊らしき熊が見えた。私は無防備な姿勢でもあるため、、余計にビックリした。私のお尻もビックリして、又も、小さくはない音を放出した。母熊はその音に興味を持ったかの様に、ゆっくりと小熊に近づいて来た。
 私は急いでパンツとズボンを上げて逃げ出した。熊に出遭った時は、顔を向けたまま、ゆっくり後ずさるのが良い、などと本には書いてある。だが、そんなアドバイスなどは忘れている程に気が焦っていた。私は早足で逃げ出した。リュックの中に熊用のスプレーも入っていたのだが、それを取り出す余裕もなかった。チラッと振り向くと、母熊もこちらに走り出して来たのが分かった。
 私は激走状態で逃げた。しかし、何故か私の脳裏では、フラッシュバックの如く、今朝の占いコーナーでの『何事も逃げなければ巧くいくでしょう』という言葉がチラッと灯ったりした。但し、その言葉に従う気には全くなってはいなかったが……。
 目の前に、かなり長い吊り橋が見えて来た。その入り口前に、身軽でいようとリュックを脱ぎ捨てた。もっと早く捨てても良かったのだが、それまで考えつく暇も余裕もなかった。とにかく、熊が、リュックの中に食い物があるかと考えて立ち止まってくれるのではという計算があった。吊り橋を渡りながら振り返ると、その計算通り、母熊はリュックに気を取られて立ち止まって、何とか中身を取り出そうとしていた。小熊が母熊に近づいて、それを見守っていた。
 私が吊り橋の出口近くで振り返ると、熊はまだリュックをいじっていた。私はあとちょっとで吊り橋の出口を越える。しかしそれにしても、、今日はラッキーな日なんかじゃない!! 私は占いコーナーの言葉に怒りをじていた。もう一度振り返ると、リュックの中身を取り出すのを諦め、それを放り出して熊が吊り橋の入り口に入って来た。しつこい奴だ。
 私は吊り橋の出口から出て、出口から先の道を見た。緩やかな登り坂になっていた。丁度、その上から一人の男が現れた。私を見ると、ギアを上げたように走って来た。眼鏡を掛けていた。今朝の占いコーナーでは、最後に『……ラッキーパーソンは眼鏡を掛けた人です』とも言っていた。すると、この男が占い通りのラッキーパーソンなのか? この男も一人で山に来たのだろうか? この男が私を助けてくれると言うのか? でも、男は何も持っていなかった。 
 そして、走って来る銀ぶち眼鏡の男は、段々と、とてつもなく逼迫した顔付きであるのがはっきりと分かってきた。
 さらに、坂の後方から、涎を垂らして狂った様な貌を持つもう1頭の熊が現れ …… 、凶暴さを発散させつつ目の前の男を追い駆けて来るのが見えた  ── 。


                終



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※ 山と渓谷社編の
「山のリスクマネジメント」や、鈴木みき氏などの本を参考にしました。

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