ピープルフライドストーリー (33) 警官と子供達 (ショート物語)

       第33回

     警官 と 子供達

            by 三毛乱

 ある街の路上。
 TVの女性レポーターがカメラマンなど数名のスタッフの前で、街の中の様子をレポートしていく。
「今日はとってもポカポカとした良い天気です。見て下さい。駅近くの交番前に立っているお巡りさんも、どことなしにニコニコしてますね。平和な雰囲気が漂っています。今日は学校が休みなので、元気なお子さんの姿が多く見受けられます。あ、子供三人がお巡りさんの所へ駈けていきますね。…ちょっと近づいてみましょう。うん、一番小さい子がお金…1円玉を拾ったみたいです。それを交番に持って来たという微笑ましい光景ですネ……」
 交番前。
 中年の男性警官が三人の子供達の話をニコニコと聞いている。
「…そうか、それで拾った1円玉を届けに来たのか、うんうん分かった」
 警官は近くのTVクルーを気 にしている様子。
「…うん、じゃあ、勉強にもなるから、ちょっと面倒でも中に入って取得物の書類を作っちゃおうかな。あ、君が10才の長男で、すぐ下の9才の妹と8才の妹がいて、今回は末っ子の妹さんが1円玉を拾った訳だね。
 オーケイ、分かった。じゃあ、名前書いてくれるかな。住所も分かる? じゃあ、それもね…。うんうん、そうだね。君の知ってる保管期間が過ぎても落とし主が現れない場合、拾った人の物になるからね。はいはい、有難う。またお金拾ったら届けに来てね。はいはい、またね。サヨナラ……」
 警官は帰って行った三人をにこやかに見送った後、街を見渡した。TVクルーはいつの間にか、商店街の奥の店の前に移り、ナレーターがインタビューしているのが行き交う人々越しに見えた。
 警官は手を口に持って来て、ふあああーっと欠伸をした。

      1週間後

 交番前。
 1週間前と同じ警官が立っていると、三人の子供が駈けて来た。
「また拾ったよー」
「はは、そうかい。今度はいくらだい」
「10万円! 私が拾ったの!」
 と、真ん中の女の子が言った。
「それは大金だな。そうか、じゃあ、また書類に書いてもらおうかな。ウン、有難う。じゃあまた拾ったら届けに来てね」
 三人は元気よく交番を出て行った。
「子供は全く素直なもんだ」
 警官は交番前に立つと、2~3回首をかしげた。ポキポキと小さく音が鳴った。

      1週間後

 交番。
 同じ警官がデスクワークをしていると、また三人が駈け込んで来た。
「拾ったよーッ! 今度は100万円! 僕が公園で」
 長男の子が言った。
「百万円ッ?? そ、そうか、大金じゃないか、まあ、すぐに落とし主が名乗り出ると思うが、じゃあ…、今度も書類に書いてもらって……」
「うん、分かった」
 記入すると、三人は帰って行った。
「…全く、よく拾うもんだ……」
 警官は鼻の頭をぽりぽりと掻き始めた。

      1週間後

 交番。
 いつもの警官がペットボトルからの麦茶を飲もうとしたら、いつもの三人が入って来た。
「お巡りさん、今度は一千万円拾ったよ」
「何? い、一千万円?!」
 男の子が茶色の紙袋を差し出した。ゴムバンドで束ねられた百万円の札束らしきものが、10個あるのが見てとれた。
「うん、末っ子の妹が最初に見つけたんだ」
「…一体、どこで……」
「この前とは違う公園の林の中で見つけたんだ。一束だけ僕らで数えたら一万円札が百枚あったよ。これが十束だから一千万円でしょう?」
「…うん。…お父さんやお父母さんは、この事知ってるのかい?」
「ううん、見つけてからすぐに持って来たから」
「そ、そうか、うん、分かった。じゃあ、とりあえず、いつものように書類に書いてもらうよ……」
 警官はいつになく真剣な顔になった。そして慎重に且つ迅速に万札すべてを数え終えた。それを見た三人は帰ろうとした。
「……じゃあ、帰りには気をつけるんだよ。子供に近づく危ない人間もいるからね。とにかく、気をつけて帰りなさい……」
「うん、分かった。お巡りさん、バイバイ」
 三人は手を振りながら帰って行った。
 警官も手を振りながら、ニコリともしないで見送った。そして、どうして、こう三人がたて続けにお金を拾うのだろうと思った。そしてちょっと薄ら気味悪さを感じ始めてもいた。

      1週間後

 交番。
 いつもの警官が湯を沸かしていたら、三人がやって来た。長男と真ん中の女の子が、登山リュックを背負っている。警官の前にそれを置いた。
「この前とは違う公園の林の中に、このリュックが2つあったのを私が見つけたの」
「…………」
 警官は真剣な面持ちでリュックの中から札束全部を取り出して、札束一つの万札の数を数えて、その後に札束の数を数えた。総額二億円になるようだった。
「………君たちのお母さんとお父さんはどういう人なんだい?」
「僕達の両親はいつも、いがみ合ってばかりいるんです。食事も一緒にしなくなった…」
「離婚しようかしらと、いつもお互いで言ってるわ……そうなったら、私達が私達でなくなるわ…」
「そうなったら、私、泣いちゃう」
 末っ子の妹が最後に言った。
「……そうかあ、君たちは、幸せな家庭の子だとばかり思っていたんだが、そうするとお金の事は慎重に、お父さんお母さんに伝えなくちゃいけないねェ……」
「うん」
「お金の事で、ご両親がさらに揉める事になるかもしれないからねェ……」
「うん。今までのお金は、誰も自分のものだと言う人が出て来なくて、保管期間が過ぎたら僕らの物になるんでしょう」
「うん、そうだね……」
「そしたら、その時にお父さんお母さんに言います。それまでは黙っておく事にします」
「そうか……」
 警官は書類を書かせたあとに、複雑な顔付きになりつつ、帰って行く三人を見送った。

      1週間後

 交番。
 いつもの警官がデスクワークをしている。
 すると、ズズズズズズズズーツという音がした。警官が顔を上げると、いつもの三人が大きなスーツケースを引きずって来ていた。
「お巡りさん、また拾って来たよ」
「なに?!」
「僕らが河の近くを歩いていたら河原の草叢の中に、これが置いてあったんだ。中を開けたら、ギッシリお札が入っているんだ。今までの中で一番のすごいお金の額になると思うよ」
「………」
 警官は思いつめた顔になっていた。
「…君たち、私をからかっているのか」
「えっ?」
「そうとしか考えられんだろう。こんなに立て続けにお金…大金が見つかって、いつも私のところに持って来るなんて、一体どういう事だね。私を苦しめようとしてると思うしかないよ。いや実際、私は苦しんでいるんだよ。こんな風に馬鹿にするのもいい加減にしろッ! 私だって人間なんだよ。こんなやり方で私のドロドロした部分、…悪の部分を曝いていたぶるような、こ、こんな…、こんなやり方はするなッ!!」
 三人の子供は驚いた顔になるばかりだった。
「ど、どうしたの、お巡りさん…」
 男の子の声に警官は更に血相をかえた。
「うう、うるさいッ!」
 みるみるうちに赤黒く鬼のような顔となった。が、一転うるうると涙目になり、それを振り切るように首を大きく振り回して、唇を噛みしめた顔になった。腰のホルスターからピストルを抜き取ると、銃口を上に向けた。そして、更に顔を振って口を開いた。
「とっとと、それを持って出てけーッ!」
 と叫びながら、

    バン ! バン !

 と2発、弾丸を銃から発射させた。子供達は蜘蛛の子を散らすように、交番から逃げ出した。

      数日後

 TVスタジオ内。
 情報バラエティ番組が生放送されている。司会者とゲスト解説者が会話している。
「いやー、怖い事件ですねえ。子供達に怪我がなくて何よりでしたが」
「そうですね」
「拳銃を撃った警官はすぐに同僚から羽交い締めにされ、その後の取り調べにはかなり素直に答えているそうです」
「う~ん」
「本人は、一千万円が交番に持ち込まれた時に、何とか自分の物にしようと計画したらしく、二億円が持ち込まれた時も、自分の知人らと組んで、偽者のお金の落とし主をこしらえて、何とかお金が子供達の物にならないように画策していたらしく、実際自分の銀行口座に取得物のお金の中から、多額のお金を入金しているようです。子供達には巧く言いくるめようと考えていたそうです」
「そうですね」
「本人はギャンブルで負けてばかりで、だいぶ借金があったらしいです。裏社会からも多大な借金があったとの関係者からの言葉も録れました」
「そうですね」
「本人は精神的に追い込まれながらも、二億円のお金が持ち込まれて内心シメシメと思っていたのかもしれません。ですが、まさか子供達がさらに、二億円以上のお金を見つけて持って来るとは思っていなかった。そこでパニックになった訳ですが。子供達がとどまる事なく、さらに、どんどんお金を持ち込んで来る…。そう考えたら、自分ではもう対処出来なくなるところまで追い詰められる。今まで自分のお金にしようとしていた工作も明るみに出てしまう。そうなったらお終いだッ! と考えて一挙に最大限なパニックとなり、拳銃を取り出して思わず2発発砲してしまった…。そのような事件のようですね」
「そうですね」
「まだ解明されてない部分があるようですが、警察には何とか解明してほしいものです。いやー、しかし、ほんとに怖い事件ですね」
「そうですね。怖い事件です」

      数日後

 TVスタジオ内。
 情報バラエティが生放送されている。司会者が喋っている。
「…最後のスーツケースの中に入っていたお金の札束は、全部ニセ札だったようです。気をつけて見れば、本物でないと分かる印刷技術との事です。紙袋に入っていた一千万円は、発見された場所の近くのお婆さんが、銀行からおろしたお金だった事が判明しました。認知症の疑いが前からあった方だったそうで、ご自分でお金を落としていたのを気付かなかったそうです。二億円に関しては、証券会社の経理担当の人物が横領したお金だと判明しました。どうしてそれが公園の林の中にあったのか、警察が今詳しく調べているところです」

      一ヶ月後

 TVスタジオ内。
 情報バラエティ番組が生放送されて、司会者が喋っている。
「さて、警察官の交番内発砲事件に関連してなんですが、事件の近くの大学の映像学科の生徒が、今回の事件を題材にして映画をつくる事にしたそうです。タイトルは『警管と子供たち』だそうです。お金に振り回される社会による人間の良心と悪魔のような心の葛藤を描く、ヒューマンサスペンスドラマにしたいと大学生たちは語っていました。いやー、それにしても、どうして同じ三人の子供の兄妹がどんどんと、雪だるま式に額の膨らむお金を拾う事になったのか不思議ですねえ。子供達はその後はお金を拾う事は全くなくなったそうなんですが…。ひとまず一安心といったところでしょうかね。
 さて、では、街なかレポートをしているミッちゃんに中継してもらいましょうか。今日はどこの街へ行ってるのかな。ミッちゃ~んッ。どう、そっちは?」
 とある街なかの路上。
 カメラマンと数人のスタッフを従えて、女性レポーターが歩いて行く。
「はいは~い。今日はとってもポカポカした良い天気です。私が今いるこの街は、どことはなしに平和な雰囲気が漂ってますねえ。元気に走り回っている子供達もいますよ」

      三ヶ月後

 事件のあった交番前。
 20代の男性警官が一人立っていた。ういういしい雰囲気が漂っている。すると、あの例の三人の子供がだんだんと近づいて来た。真ん中にいた男の子が何かを抱えている。両脇の妹二人はその抱えられたものを、とても気にかけている様子である。警官の近くで止まると、三人は少しもじもじとした様子となった。
 若い警官は前かがみになった。
「うん? どうしたの? 何かあったの?」
 男の子はこくんと肯いた。
「川の近くを歩いていたら、草叢の中に、このままバスタオルで包まれて置いてあったのを見つけたんだ」
 と、白いバスタオルで包まれたものを差し出した。
 若い警官は、包まれていたものを見た。生後数日間か経った程の新生児の顔を。すこやかに眠っているのか、あるいは既に息が絶えているのか、瞬時にはよく分からないような顔を──。

                終 





 



 

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