見出し画像

#8 自分の話を聞いてもらえること

 自分の話を聞いてもらえるって、幸せなことなのだろう、とふと思った。

 私は昨年の12月から、毎朝早起き生活をしている。元々早起きは苦手ではない人間だが、コロナ禍と冬の寒さが重なって早起きが億劫になり、1日の時間を有効に使えていないと感じたのがきっかけだ。
 自分の甘えに対抗して早起きをする上では、人間の意志の力は頼りにならない。なぜなら、人間は弱い生き物だからだ。
 この問題に対して有効な方法が、「ゲートキーパー」を作ることである。ゲートキーパーとは、自分が抱える締切や期限を管理してもらう存在のことである。このような存在を敢えて準備することで、自分の意志の力だけに頼らずに自分の行動を変えやすくなる。
 私は昨年11月中旬に数人の仲間に声をかけ、私の早起き生活のゲートキーパーになってくれないか、と打診した。具体的に言うと、私が前日の夜に翌日の起床時間を宣言し、翌日はその通りの時間に起きてその証拠になる写真を送信することをただ見ていてもらい、できなかった場合はペナルティとして少額の金銭を支払う、というものである。
 初めは私だけが勝手に早起きするつもりで話をしたのだが、仲間たちも乗り気になってくれて、参加した全員が同じように早起き生活を始めることになった。声をかけた仲間たちは、私が所属する地域の子育て団体の活動で長きに渡り一緒に活動しているメンバーであり、私の性格や人間性にも比較的理解のある人達であった。

 私たちは早起き生活が1ヵ月経つごとに、反省会と称してその1ヵ月を振り返る会を設けることにした。その会の場では、早起き生活によってできたこと、うまくいかなかったことを共有し、次の1ヵ月に向けた改善案などについて話し合った。
 しかし、回数を重ねるごとに、早起き生活に関する話に留まらず、私たちの活動に関する話題やその延長としての話題について、それぞれの思いを共有する場にもなっていった。
 それから私は、これまで自分の中から湧き出る疑問に対する答えを探るように読み漁ってきた沢山の本たちの内容と共に、それでも答えが出ない問いや、自分の中で渦巻いているまとまらない思想についても彼らにさらけ出すことに決めた。そういう話は、普通の人に話すと嫌がられると思って勝手に自粛していたのだが、それを解禁したのである。
 その結果、彼らはそのような話も思いの外真剣に聞いてくれるのだ、ということに気づいた。またそれと同時に、彼らの抱えている様々な思考や悩みなどにも触れて、自分との共通点や違いなどに発見があることで、仲間たちへの理解も深まり、自分の思考がどこか立体化するようにも感じたのである。元々は自分が自分の時間を有効に使うために始めたただの早起き活動が、仲間たちとのコミュニケーションの回数を増やし、密度が高まることでより相互理解に繋がったと感じたのだ。

 私は仲間たちに感謝している。思えば、初めに早起き生活を始めたいという話をしたときから、その話を真剣に聞いてくれていたのだろうし、自分のやりたいこと、試したいこと、悩んでいることなどについて真剣に聞いてくれる人がいることで、これだけの充実感があるのか、ということに改めて気づくことができた。これは、#6で書いた幸せの定義で言うと、「微分値的幸福」に近いのではないかと思う。しかし、この仲間たちとの関係性は必ずしも短期間で作り上げられたものではないことを考慮すると、長い時間スケールが生んだ「積分値的幸福」と捉えることもできるのかもしれないとも思う。こういう仲間との関係性も大事にしていきたいと思っている。

 この早起き生活は、私に人生において重要な気づきを与えてくれた。同じように、この早起き生活が少しでも仲間たちのためにもなっていれば、と願ってやまない。

ちょっと応援したいな、と思ってくださったそこのあなた。その気持ちを私に届けてくれませんか。応援メッセージを、コメントかサポートにぜひよろしくお願いします。 これからも、より精神的に豊かで幸福感のある社会の一助になれるように挑戦していきます。