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ABEMAトーナメント2023 本戦 現役高校生・藤本渚四段 シーソーゲームの末に

2023年8月26日。ABEMAトーナメント2023 本戦トーナメントは準決勝進出をかけたチーム稲葉VSチーム千田の試合が放送された。
昨年優勝時と同じメンバーで連覇を狙うチーム稲葉がフルセットの末に5勝4敗で辛勝し、前回覇者としての意地をみせた。

私は惜しくも敗れたチーム千田、特に最年少将棋棋士である藤本渚四段に予選から注目していた。2022年10月にプロデビューされてからまだ1年も経っていない。

年齢の割には落ち着いた物腰や静かな話しぶりにはプロ棋士の雰囲気が漂うものの、感情を素直に表す自然な笑顔はいかにも18歳の現役高校生らしくて初々しい。
新四段がトップ棋士とドラフトで選出された精鋭棋士を相手にどこまで通用するのか、温かい目で見守ろうと思っていたのが、いざ蓋を開ければ期待を大きく上回る指し回しに目を白黒させる事になった。

渚先生がご自身で、後手番を持って相手の攻撃にカウンターで対抗するのが得意です、と分析されていた通りに序中盤は慎重にきめ細かく受け続ける。
受けの手といっても負けるものかとガチガチに固めるだけの俗手ではなく、スマートで攻守に利くバランスの良い手だ。致命的な悪手が無いので、形勢が大きく傾くことが無い。
悪くないものの決め手に欠ける事に相手が業を煮やし、僅かに綻びをみせると一転して激しく攻めていく。

フィッシャールール(持ち時間5分を使い切ったら一手指すごとに5秒加算)は一般的に年齢が若いほうに分があると言われるが、本戦トーナメントに進出してくるチームの棋士はその中でもずば抜けて適性の高い強者揃いだ。
今回渚先生が2勝した出口若武六段は、昨年タイトル戦の叡王戦に挑戦するなど若手の中でも実力者として知られている。井上慶太九段門下の兄弟弟子同士で、渚先生が奨励会入りした頃には出口先生はすぐに三段リーグに上がっており、雲の上のように仰ぎ見る存在だったという。

予選では渡辺名人や佐々木勇気八段に勝利する大活躍だったこともあり、チーム稲葉としても十分に警戒して対藤本戦に臨んだはずだ。しかし出口先生が評するように老獪とも言える渚先生の巧みな戦術には掴みどころが無く、マークしていても自在なチェンジオブペースによって一瞬で抜き去られてしまう印象を受けた。持ち時間の使い方の上手さ、終盤の瞬発力、正確な読みで息もつかせずたたみかけるような攻めは圧巻だった。

特に出口先生との2戦目となった第5局の最終盤、出口玉が打ち歩詰めの反則(逃げ場の無い玉に対して持ち駒の歩で詰ませる事)となるので詰ませられないと見るや、あえて玉に逃げ道を与えて反則を回避し、誘き寄せてから最後は駒余りの無い綺麗な詰みに討ち取った。
詰将棋のような美しい終局を、数秒ごとに目まぐるしく変化する状況の中でしっかりと選び取る鋭い洞察力。これには思わず解説の金井恒太六段も「ピッタリですねー」と舌を巻いた。

対戦を終え、大会を通してこのメンバーで戦って得たものはありますかと感想を求められた渚先生は、「将棋は孤独なゲームだと思っていたが、人を応援したり、応援されたり、協力することがすごく大切だと感じた」と話された。

総勢約40人の中からプロ棋士になれるのは半年で僅か2名(次点での昇段を除く)と壮絶な昇段争いが繰り広げられている三段リーグに、つい昨年まで在籍していた渚先生。小学5年生で奨励会へ入会したこともあり、団体戦で戦う経験もおそらく初めてだったのではないだろうか。
孤独な激しい戦いの環境とは全く違い、優しい兄さんのような2人の先生方に囲まれて、祈ったり悲鳴をあげたりしながら将棋を指せた事は、渚先生にとって嬉しい記憶として刻まれたのだろう。

チームメンバーの西田拓也五段がXのチームアカウントで最後にポストしておられた文章からは、チームが解散することを名残惜しみながらも、3人で戦った思い出に感謝している気持ちが滲み出ていた。
チーム結成当初から盛んに情報発信するなどチームの絆を大切にしてこられたリーダーの千田翔太七段も同じ思いだったに違いない。心温まる繋がりを感じて、ちょっと涙が出そうになった。

渚先生の締めくくりのポストは、チーム名「シーソーゲーム」に相応しく、Mr.Childrenの「終わりなき旅」を連想させる素敵な言葉のチョイスだった。
ミスチルで好きな曲を挙げてといったら必ずランクインするこの曲、歌詞の中でも私が特に好きなフレーズがある。
“誰の真似もすんな 君は君でいい”
渚先生の将棋という旅は、まだ序章に過ぎない。

将棋界では七冠を保持し、最後の八冠目の王座戦に現在進行形で挑戦中の藤井聡太という若き絶対王者が君臨しているが、今期竜王戦では同学年の伊藤匠七段の挑戦が決まっており、更に若いAIネイティブ世代も次々と育っている。
渚先生もその牙城を崩すことを有力視されるひとりとして、これからの活躍が期待されることは間違いない。

誰がワンサイドゲームに終止符を打つのか。常識に捉われない自由な発想からこそ、ブレイクスルーが起こるものだ。これから力を蓄えて加速度的に強さを増していく渚先生の成長と未知数の可能性を、ワクワクしながら見守っていきたい。

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