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2024将棋日本シリーズ JTプロ公式戦 四国大会観戦レポ


二度目のサンメッセ香川

今年も6月29日の東北大会を皮切りにJTプロ公式戦が開幕した。11月の決勝戦・東京ビッグサイトを含め全国11会場で行われるプロ将棋棋士の公開対局、しかも入場無料という将棋ファンにとっては夢のようなイベントである。
自宅近くの会場で観戦するもよし、推し棋士の応援の為に遠征するもよし、楽しみかたは人それぞれあり、大会キャッチフレーズになぞらえば「好きなように、好きなだけ」楽しみ尽くすのが正解なんだと思う。

今年は一回戦から豊島将之九段VS糸谷哲郎八段という関西の好敵手同士のカードとなった。2024年7月13日、岡山からマリンライナーで瀬戸大橋を渡り、私にとって2年ぶり2回目のサンメッセ香川へは高松駅からバスで約30分かけて到着した。
広々とした空間でありながら空調の効きもよく、徒歩数分の範囲内にうどん屋やコンビニもあり、レストランも併殺されているので素晴らしい会場なのだが、遠征組にとっては唯一アクセスだけが泣きどころになる。
バスは高松駅前からだと1時間に1本しかない。ことでんの高松築港駅から伏石駅まで移動し、伏石駅のバスターミナルからバスに乗る手段もあり、電車+バスの金額(¥420)は高松駅からバスのみの場合(¥530)と比較すると110円安くなる。ただしバスが1時間に1本の頻度なのは同じなので注意が必要だ。

2年前の9月に初めて訪れた時は台風が接近しており、列車が強風により運休になる前に急いで帰る必要があったので終局後は高松駅までタクシーを利用した。料金は¥3,500程度だったが混み合う時間帯だと¥4,000前後になるかもしれない。
アーティストのコンサートだと例えば5大ドームの場合は最寄駅から徒歩十数分がほとんどだ。地方のツアーなら無料シャトルバスが用意されることもある。それと比較するとなかなか大変な条件なのだが、それでも推し棋士を応援できるならと、受付開始30分前に到着した時にはすでに開場を待つ多くのファンがエントランスロビーに集結していた。

私も含めこの将棋日本シリーズの楽しさには、アクセスの不便さなど吹き飛ばす魅力があるのだと改めて実感した。また行きたくなるリピート率の高さはディズニーランドもびっくりのハイスコアではないだろうか。

対局棋士あいさつ

今年から全会場が全席指定になった。昨年までのエリア指定ではよりステージ近くの席を確保しようと入場と同時に走り出す人もいたことからも、安全面を考慮しての決定なのだろう。
約900席規模で座席シールや座席番号を記載したネックストラップを準備する労力を思うと、運営関係者の尽力ぶりには本当に毎回頭が下がる思いだ。

昨年の北海道大会ではグッズ販売の列に並んでいたら途中で対局棋士挨拶が始まってしまい、せっかく並んだ列を外れるわけにもいかず会場後方から声だけを聞くしかなかった。そこで今年はグッズ購入は後にして挨拶を待つことにした。

13時40分、予定時間通りに豊島先生と糸谷先生が登壇された。お二人ともダークな色味のスーツに赤い胸章が映えて凛々しい。
豊島先生は皆さんこんにちは、とハキハキとした明るい声で挨拶され、小学校の先生のようだと感じた。普段の対局中継では囁くような声の印象が強い豊島先生が、この後もこども大会やプロ公式戦、次の一手クイズなどを楽しんで頂き、明日からも将棋に親しんでほしいと話される口調からは普及への熱意がとてもよく伝わってきた。
続いて糸谷先生は、昨年10月から半年間「ようこそ糸谷ワールドへ」と題して将棋講座の講師を務められたことからも、皆さんに楽しんで頂けるような面白い将棋を指していきたい、と話された。
お二人ともに共通するのは「楽しんで」というキーワードで、きっとその精神を大切にしてほしいというメッセージなのだと感じた。

奇しくも昨年の北海道大会と同一カードとなった

オリジナルグッズ争奪戦

挨拶を無事に聞き終えておもむろにグッズ販売のコーナーに向かってみると、ほとんど並んでいる人がいない。するとクリアファイルや扇子は残っていたものの、目当ての湯呑みと屏風は売り切れだった。そうか…係員のかたに、どのくらいで売り切れたんですかと尋ねたら、13時30分には完売してました、との事だった。
入場は13時10分頃から開始したので、20分も経たずに売り切れている。グッズが欲しければ入場と同時に販売の列に並んでおけば、対局者挨拶にも間に合う両取りが可能だったのだと気づいたが、時すでに遅し。次回からの反省点としたい。

ちなみに一部のグッズは東西の将棋会館売店でも発売されているらしいが、地方からだと買いに行くのも難しいので、会場で買い求める予定のかたは販売場所も座席表に記載されているので、事前シミュレーションをしっかりしておくといいかもしれない。

一進一退の攻防が続く熱戦

こども大会の表彰式が終わり、品格漂う和服姿に着替えた両対局者が登場され、意気込みを話された後にステージ上にしつらえた和室に入室される。先ほどまでは穏やかだったお二人から笑顔は消え、ピリッと引き締まった表情を浮かべている。

先手は振り駒で、と金が5枚というとても珍しい結果で糸谷八段に決まった。上位者の豊島九段が駒箱を開けて駒を並べ始める。
深い一礼のあと、対局が開始された。

先手と後手が全く同じ駒の配置の先後同型は、2年前のサンメッセ香川で豊島九段VS稲葉八段の対局でも出現していた。じりじりと間合いをはかり睨み合う両対局者の集中力は素晴らしい。持ち時間の短い超早指し棋戦なので、形勢が動き出せばあっという間に決着がつく。観戦するほうも一瞬たりとも目が離せない。

豊島先生が攻防に利いた角を据え、糸谷陣の1筋に狙いを定めて斬りかかる。香車を1九に成り込んだあたりでは豊島玉もかなり危険な状態で、自陣に手を戻す判断も十分に考えられた。しかし豊島先生は攻めの手を緩めない。こういうところが豊島先生の将棋に魅せられる所以だ。
自陣すぐそばに仕掛けられた成香の爆弾から逃げるように糸谷玉が撤退を始めるも、反対側8筋からのと金攻めで挟み討ちの状態だ。糸谷先生も懸命に抵抗を続ける。

深く前傾姿勢だった糸谷先生が体を起こし、盤面を眺めるようになってきた。
こどもたちがたくさん観戦している事もあり、わかりやすく詰みの局面まで指し継がれた後、糸谷先生が静かに頭を下げて投了の意を示し、会場からはお二人の熱戦に大きな拍手が送られた。

仲睦まじい感想戦

25年来の戦友同士という事もあり、お二人の感想戦はとても和やかに進行した。糸谷先生がお馴染みのハイトーンボイスで「これは変でしたかね〜」と豊島先生に尋ねると、いや、これはこれでイヤですね〜と豊島先生も穏やかに返答される。先ほどまでの張りつめた空気感とは全然違い、自分たちが指していた将棋をまるで人の将棋を見ているかのように俯瞰しながら感想を述べ合う。

プロ棋士の先生方の凄さは、感想戦では勝敗に捉われることなく、瞬時に切り替えて冷静に良い指し手を模索されるところだ。
相手がダメだった、自分が良かった、という優劣ではなく、お互いが同じ方向を向いてこの局面ではどう対応すべきだったかと熱心に語り合う。そこにはいつも対局相手を尊重する気持ちが感じられる。私はこういう感想戦があることも、将棋文化の素晴らしい部分だと感じながらお二人の会話に耳を傾けた。

一緒に過ごしてきた25年間の絆を感じさせる感想戦

時間よ、止まれ(勝利棋士お見送り)

次の一手クイズや勝利棋士予想クイズの抽選会には豊島先生ご自身が抽選に参加され、選ばれた幸運な方々にステージ上で直接手渡しされた。当選者はきっと飛び上がるほど嬉しい気持ちだったことだろう。
そして、JT杯で何より嬉しいのは、勝利棋士が来場者をお見送りしてくださるところだ。

私が初めて豊島先生のお見送りを頂いたのは、2021年10月の準決勝大阪大会でのことだった。
当時はコロナ禍で、竜王戦の最中でもあり、お見送りは無いのだろうと思っていたので、驚きと嬉しさとで先生が視界に入った時には感激のあまり涙腺崩壊寸前だった。そんな情けない状態の私にもお優しい笑顔で見送ってくださったことは今でも忘れられない。

お見送りは先生のご負担や他の参加者のかたに配慮し、立ち止まる事はできない。0.5秒ほどの瞬間なので、お声がけもひとことになる。
私は昨年のNHK将棋講座での豊島先生のキメポーズ、手でPを作って先生の勝利を祝う気持ち、尊敬する気持ち、応援する気持ちを全て込めようと決めた。
とはいえやっぱり恥ずかしい。でも豊島先生ならきっとわかってくださると信じて、私の番が来た時に思い切って「先生、おめでとうございます!」とPポーズをしながらお声がけした。
すると私のポーズに気づいた豊島先生はパッと表情を崩し、ニッコリとありがとうございますと笑顔をくださった。対局を終えたばかりとは思えない、くっきりと綺麗な黒目がとても印象的だった。
人間は感情を強く揺さぶられると、記憶がスローモーションになるという。
間違いなく私にとって夢のような長い一瞬だった。

路線バスに揺られても

3年前もそうだったが、お見送りを頂いたあとは宙に浮かんでいるような気持ちで、よく覚えていない。あまりの嬉しさに、緑色の入場パスを首からぶら下げたままバス停でバスを待っている事にも気が付かなかったほどだ。
1時間に1本のバスは予想通りぎゅうぎゅう詰めの大混雑だった。立ち位置が悪く、狭いステップの上でバスが揺れるたびに踏ん張りがきかずによろめく状態だ。
普段なら不平不満のひとつもこぼしたくなる状況だが、私は高松駅までの約1時間、終始ゴキゲンだった。バスのポールにつかまりながら、気分はさながら映画「雨に唄えば」のジーン・ケリーだ。
応援している先生に、応援していることを直接伝えられる素晴らしさ。このJTプロ公式戦が、たくさんのファンを幸せにしていることは間違いない。

豊島先生は2回戦へと勝ち進み、次は渡辺明九段との広島大会が予定されている。観戦できるかどうかは運次第だが、たくさんのファンの方々と一緒に熱戦を見届けることができるならとても嬉しい。

視線を合わせて優しい笑顔でお見送りされる豊島九段

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