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始まりの春、憧れの人と〜新講師は豊島将之先生〜

20年以上も前の話になるが、私は小さなコミュニティFMラジオ局でパーソナリティを務めていた事がある。それが、情けないことにたったの5ヶ月間で挫折してしまった。
3月末で退職したので、この季節になると時々、録音ブースで奮闘した記憶がよぎることがある。悔恨の念というよりは、もうずいぶんと時間が経っているので、今なら笑って話せる少し甘酸っぱい後悔だ。

私はど素人にもかかわらず3時間の帯番組を任され、やる気と期待に満ちていた。しかし、蓋を開ければ力不足で想像のはるか上をいく反響のなさだった。番組宛のメールやFAXが届かないので、ひたすら自分で話題を用意してフリートークで喋り続けなければ放送事故という窮地に追い込まれた。

ラジオパーソナリティ。言い得て妙である。つまり、私ってこんな人間なの!よろしくね!とありのままの自分を曝け出す気概がなければ、あっという間に話すネタなど枯渇してしまう。
あの頃の自分はこうあらねばならない、に縛られていた。私はわたしであって、秀島史香さん(J-WAVEのスタイリッシュなDJさん)にはなれないのに。
期待に応えられない不甲斐なさと、引き出しの少ない自分自身に幻滅し、息切れしてしまった。

時が経って今の私は、心が自然に必要とするものをより直感的に、間違いなく選び取れる能力が高まったように思う。背伸びして自分に無理をしていると、趣味嗜好にまで影響するのだ。

そんな私が今熱烈に惹かれているのが将棋と、将棋棋士の豊島将之先生だ。
豊島先生がいなければ、私がここまで将棋に夢中になることはおそらくなかっただろう。実際、デビュー29連勝で藤井聡太ブームが起こった2017年から世間の流行りに影響されて少し観るようになった程度で、正直そこまで将棋に対して強い興味は無かった。

その当時の藤井聡太フィーバーといったら、記憶しているかたはたくさんおられると思うが、それこそ出前を運ぶ店員さんまでもが大勢の報道陣からのフラッシュを浴びるなど、社会現象ともいえる状態だった。

朝日新聞村瀬記者の2017年当時のツイートに豊島先生のインタビューが紹介されている。その年に開催された岡崎将棋まつりで、将棋をよくご存じないかたから、あの藤井聡太に勝つなんて豊島さん凄いよね、という反応だったというのだから驚きだ。
本来、新四段と新A級棋士といえば、会社組織に例えるなら新入社員と執行役員ほどの差があることは将棋ファンのかたになら説明するまでもない。

Twitterが開かない場合インタビュー動画はこちら↓
https://video.twimg.com/ext_tw_video/864538779754708993/pu/vid/720x1280/rPncJqzz5q8fb1bs.mp4

そして私にとって運命的な出会いとなったのが2021年。ABEMAトーナメントをきっかけとして豊島先生の事を調べるうちに、史上最年少の9歳で華々しく奨励会に入会後、トップ棋士に至るまでの長い苦悩を知る事となった。

なんて揺るがない、芯の通ったかたなんだろう。それなのに乗り越えてきた道の険しさを感じさせることがなく、その佇まいは静かに光を乱反射する湖面のように私の目には映った。

冒頭でお話しした、自分でやってみたくて志願したラジオパーソナリティなのに、上手くいかないからとあっさり辞めてしまうような生きかたをしてきた私にとって、挫折に屈しない豊島先生の真っ直ぐな信念は、ただただ眩しくて直視出来なかった。

同時に、心の底から憧れた。その結果私は、豊島先生が全力で取り組むこの将棋という世界を、私も知りたいのだという結論に行き着いた。そして見当違いな方向かもしれないが、よし、将棋を勉強しよう、せめてこの第二言語のような訳の分からない将棋用語を覚えて、豊島先生が話すことを少しでも理解できるようになりたいと願うようになった。

まずは一級ずつコツコツと昇級して、ゆくゆくは初段を目指そう。そして豊島先生のご署名入りの免状を授与して頂けたなら、フラフラと生きてきた私も何かが変わるのではないかと。

尊敬する先生と私が確かに同じ時代に存在していること、勝手ながら先生の生き様に感動して自分の生きかたを変えるんだと思わせてくださったことが、免状という形として残せる。その答えは、私にとって心からしっくりくるものだった。

運命に導かれるかのように、まるでプライベートレッスンをしてくださるかのように(断じて違う)豊島先生はこの4月からNHK将棋講座の新講師となられる。たったの半年間かもしれないが、私にとっては記憶に残る、貴重な半年間になるだろう。約20数回の講座は録画して、擦り切れるほど視聴するつもりだ。

もちろん、豊島先生がこれからも長く将棋界でご活躍されることは間違いないが、有段者ではなく級位者向けの講座に取り組んで頂けるのは、オリンピックに出場する体操選手にCOWCOWさんの「あたりまえ体操」をお願いするのと同じくらいの事だと思っている。

二度と無いかもしれないチャンスをしっかりと掴み、何とか自分のものにしたい。そして弱い自分と決別したら、その時には豊島先生に胸を張ってご報告したい。
「豊島先生の将棋講座で勉強して、初段認定を頂きました!」
こう言える日が来ると信じて。


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