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順位戦A級将棋棋士〜最強集団という誇り〜

2022年2月4日。第80期順位戦A級8回戦が東西の将棋会館で一斉に行われた。

1993年度から連続29期在籍し続けた羽生善治先生が残念ながらA級から陥落となったニュースは、冬季北京オリンピック開会式とともに大きく報道された。

51歳の羽生先生が人生の半分以上を順位戦A級という熾烈なトップ棋士の覇権争いに勝って守り続けた事。羽生先生に関しては永世七冠の国民栄誉賞受賞者ということもあり、その功績たるや筆舌には尽くしがたい。

その節目に今、羽生先生の胸に去来する思いはいかばかりだろうか。初心者観る将の私には畏れ多く、想像すらおこがましいのだが、順位戦がどれだけ過酷で、棋士のプライドがぶつかり合う真剣勝負の場であるかという事は少なからず理解しているつもりである。

現役プロ将棋棋士は現在約170名程度。一部フリークラス在籍棋士を除いて上から順にA級、B級1組、B級2組、C級1組、C級2組の5つのクラスに分かれる。A級の成績上位者が名人戦への挑戦権を獲得する。

原則としてプロデビューした四段棋士はC級2組からスタートするので、A級棋士となり挑戦権を獲得するまでには最速でも5期5年かかる。そしてA級在籍者は名人を除いて僅か10名。文字通りプロ将棋棋士の憧れといえるトップ集団だ。

第76期から連続5期在籍中の豊島将之先生もかつて著書のなかでA級への熱い思いを吐露しておられる。

棋士コラムコレクション 2013-2015 より

順位戦を語る上で一番特徴的なのが持ち時間の長さである。他棋戦でも類の無い6時間という長時間で丸1日戦わなければならない。

タイトル戦を含め持ち時間の最長は名人戦の9時間だが、2日制なので1日単位での実質最長は順位戦である。しかもストップウォッチ方式(59秒まではカウントされない)なので、朝10時開始の対局が日付が変わって深夜に決着することが珍しくない。

深夜、疲労がピークに達する中で最終盤を迎え、秒読みに追われる中で詰むや詰まざるやの危機一髪の局面を切り抜けなければならない。頓死筋がある時などはまさに一手が奈落の二者択一の連続。観戦しているだけでも生きた心地がしない。どんな映画よりもスリル満点なのだから棋士の先生方の頭脳の鋭さと胆力には本当に尊敬しかない。

あと一手のところまで追い詰めて大魚を逃すこともある。その逆で絶体絶命から起死回生の生還もある。悲喜こもごも、推し棋士が逆転負けした時などはしばらく引きずってしまう事もあるが、そんなシビアな勝負の責任を一人で背負って戦う棋士の先生方の格好良さにはとことん痺れてしまう。

肉体的にも精神的にも、とてつもなく消耗する順位戦。通常はひと月に1局程度のペースで消化していくが、この順位戦を半月で5局も戦った強者が現役棋士の中にいる。

豊島将之先生だ。第76期順位戦は史上初の6者プレーオフとなり、順位が下だった豊島先生はひとつずつ上位者に勝ち上がる必要があった。日程が限られていたことと、並行して王将戦七番勝負の挑戦者でもあった為、僅か半月の間で対局スケジュールをこなさなければならなかった。

A級の猛者を次々と撃破し、あと2人に勝てば挑戦決定というプレーオフ4回戦であえなく散ったが、その凄まじい集中力と根性。優しい面立ちのどこにそんな激情が秘められているのか。豊島先生のミステリアスで人を惹きつけて離さない魅力はこんなところにもあると感じる。

この時、強敵をなぎ倒して勝ち上がってきた若武者である豊島先生の最後の壁となったのが、プレーオフ4回戦、奇しくも対局者は羽生善治先生だった。

その羽生先生がA級陥落となったことで、私はこの時のことを思い出さずにはいられなかった。生き馬の目を抜くような激しい競争の世界で、威厳に満ち、長きにわたり絶対的な強さを見せつけてきてくださった羽生先生。

羽生先生の来期以降の所属については現時点では未定との事だが、もちろん羽生先生にはA級に復帰されるように来期B級1組での活躍を願うばかりである。
そして、B級1組から意気揚々と勝ち上がってきた昇級者には、簡単には通さない壁となる存在が必要だ。

豊島将之先生は実力、実績からもその筆頭のひとりとなるだろう。順位戦の怖さ、苦しさ、全てを経験して乗り越え、第77期名人位を獲得したことで、限界状態での底力を備えておられるからだ。

A級棋士として将棋を指し、名人位を獲得するという強い気持ちを有言実行してみせた豊島先生なら、きっと素晴らしい将棋で応戦してくださると信じている。残念ながら今期は挑戦権を獲得出来なかったが、来期はぜひ名人に復位されるように応援したい。

他の先生方も、さすがはA級棋士という戦いぶりで、タイトル争いを盛り上げてくださることは間違いない。今年も開催が予想されるABEMAトーナメントでは、A級棋士とタイトルホルダーを中心としてチームが編成される。将棋界の顔として先生方にはいつも注目が集まる。

A級棋士とはそこに到達できただけでも積み重ねてきた努力が認められる、棋士にとって勲章のようなものだと思う。花形集団の一員であるという誇りは、苦しい局面で先生方を支える力にもなるはずだ。

その地位を獲得するために先生方の切磋琢磨は続く。順位戦を観戦する私たちも長丁場の戦いを固唾を飲んで、しっかりと見守っていきたい。観るのも大変な分、名局を見届けたり、推し先生が勝利された時の喜びは、何ものにも代え難い。
名人位という頂点を目指す将棋棋士の名誉をかけた戦いはいつもドラマティックで、目が離せない。

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