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鼻水が止まらない

鼻水が止まらない。

春の花粉症は同志が多いので盛り上がりがちが、秋の花粉症はまだマイノリティのようで苦しみを分かち合える人があまりいない。
いや、同志が多かろうが少なかろうが、苦しみを本当の意味で”分かち合える”わけではないので、基本的には1人で耐えしのぐしかない。

夜、眠りに就こうとしても、鼻水が止まらないから眠れない。
いつもはうつぶせで寝ているが、あおむけになれば重力が助けてくれて鼻水が止まるかもしれない。10秒くらいかけてゴソゴソ動き、ようやくあおむけになる。後頭部に違和感を感じる。そばがらが詰まった枕は形状記憶に優れているようで、中心がうつぶせの時の顔面の形そのままに凹んでいた。これじゃ眠れない。
仕方ないので、上体を起こして枕を左右に振り、そばがらの分布を均等にして、またあおむけに寝る。
鼻水は重力に逆らって鼻の下に垂れてくる。なんでこんな時だけ物理法則に逆らおうとするのか。スマホはちょっと手を滑らせただけでいつもこれ見よがしに地面へ落ちていくというのに。

眠れない。
水際作戦に移る。鼻水の出口をティッシュで塞いだ。口がパリパリになるという結果は見えているが、眠れないよりはマシだ。
数秒後、大きなくしゃみと共に丸まったティッシュが部屋の反対側に飛んでいった。水際作戦、失敗。

眠れない。
布団から出れば点鼻薬がある。いやいや布団から出るなんてとんでもない。こっちはもう寝ることに決めてるんだ。身体の全細胞がすでに睡眠に向けて動き始めている。この流れはもう止められない。さっき枕を振るために上体を起こすことさえ、細胞たちとはものすごく揉めたんだ。
というか、点鼻薬が「効いた」と思えたことがない。点鼻した瞬間にくしゃみが出て、点鼻したものが全部虚空に消えている気がする。何なんだ、あれ。
5分くらい迷って、布団から出るのは諦める。

眠れない。
こうなったらもう鼻水を「気にしない」という道しかない。
気にしない、気にしない、鼻水が人中(じんちゅう)の溝をまっすぐ進んでいこうが、剃り残した青ひげの間を縫うようにつたっていこうが、全然気にならない。あー眠い。明日も早いんだっけなあ。どんどん眠くなるなあ。

ダメだった。眠れない。
気にしなくなるためには、別な「気になること」とぶつけるしかない。
気になって眠れなくなることといえば、まずは舌の位置。自分の舌の位置が気になりだすと全然眠れなくなるらしい。あとは呼吸。呼吸のリズムを意識し始めると眠れなくなる。そして「死」。死んだ後に僕の意識はどうなるんだろう。完全なる「無」だとしても、僕が死んだ後も当たり前のように何千年、何万年も、僕の意識が存在しないまま時が永遠に流れ続けていくなんて考えられない。果てしなく広大で永遠に続く暇。ネットも見れない、本も読めない、鼻水も出ない、何かを考えることさえできない。それが永遠に続く。怖い。恐ろしい。死んだらどうなるんだろう。

眠れない。でも鼻水は止まっていた。

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