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ビニール袋をたたむ

中学1年生のころ、職業体験の日があった。

先生方が用意してくれた10コースの中から、極めて適当に選ぶ。
どんな職業に就きたいか、から逆算して行先を考えられる真っ当な生徒なんてほんの一部で、大多数の我々にとっては、いつもとちょっと違う平日をどうやって過ごすのが一番退屈しのぎになるか、でしかない。サッカー部だからという理由だけで運動っぽいコースを選んだらひたすら市民体育館の掃除をさせられました、とかそんな感じだ。

僕も同じように、将来に対する何の展望もなく適当に観光コースみたいなのを選んだ結果、近所のホテルに男子だけ10人くらいで伺うことになった。
ホテルといっても、駅前の超一等地に最近急に建てられて1階が全面ガラス張りなので朝食バイキングを楽しむサラリーマンが大通りから丸見えだとクラスで話題になっていた東横インではなく、結婚式場が併設しているような、地元ではおそらく一番立派なホテルだった。

学校の外でイレギュラーな時間を過ごすのがただ面白い、遠足と同じ気分でしかないので、ホテルに着くその瞬間まで生徒ご一行様に緊張感など全くない。
ホテルに着いて、一通り館内の説明を聞いた後、2人一組で部屋のベッドメイキングをすることになった。ホテルの仕事というと、フロントでいらっしゃいませと言って何やらパソコンをカタカタするか、お客様の代わりにドアを開けてあげてチップをもらうくらい、それもホームアローン2で観ただけで本当のところどうなのかは全然想像がついていなかったので、僕はそれなりにびっくりした。確かに、部屋は誰かが片づけてもう一回キレイにしないと、次の人が入れないじゃないか。
ホテル側としても考えたもので、地元の男子中学生なんぞ客の前にさらけ出したら何をしでかすかわかったものではないから、裏でシーツはがしでもやらせておく方が職業体験を平穏無事に切り抜ける最善手に決まっている。

ベッドメイク部門のボスと思わしききびきびした女性に引率され、バックヤードを非常階段で6階まで上がる。エレベーターはお客さま用だから使えません、私たちはいつもこうして階段を使っているんですよと女史。おっしゃる通り。やや緊張し始める生徒ご一行。
女史に指導されつつ決まったことを手順通りにやる、というのはなかなか楽しく、1回手順をレクチャーしてもらったら後はするする自分たちだけでベッドメイキングをこなすことが出来た。シーツをはがして、新しいシーツをすべりこませて、掛け布団を整え、最後に掛け布団をベッドの下に噛ませて、どう考えても要らない変な帯みたいなのを掛け布団の上に横切らせて、終了。どう考えても要らない帯、置くのをつい忘れがちなので注意。この帯、なんの意味があるんだろう、大人になればわかるのかな、と思いながら作業していたが、大人になってもあれはよくわからない。

2人一組でやっていると、自然と役割分担も生まれ始める。僕がシーツをはがしているうちにペアの友人がゴミ箱をチェックし、シーツは2人で端と端を持ってしわを伸ばし・・・というように、面白いほど仕事とやらがテキパキ進んでいく。働くことってそんな悪くないのかも。そんな矢先、女史がすごい剣幕で僕たちの担当部屋に入ってくる。今すぐ非常階段に来なさい、と。
誰かが帯を乗っけるのを忘れたか?それだけでそんな怒るか?
聞くとどうやら、我々のメンバー1人が鼻血を出してしまったらしい。まあ、ぶっちゃけ俺たちにとってコレって遠足だもんな。楽しくなっちゃって興奮して鼻血が出るのもわかるよ。
それで10人全員がベッドメイキングをクビになった。記憶というのは都合の良いもので、1人が鼻血を出したことで10人全員がクビになった理由は全く憶えていない。女史が単に理不尽だったのかもしれないし、鼻血で部屋が台無しになったのかもしれないし、我々側のおふざけなど相応に全員に責任がある状況で鼻血が出たのかもしれない。まあ普通に考えればこういう時はだいたい男子中学生が悪い。
今となってはそのあたりの経緯は何も憶えていないが、1つハッキリ憶えているのは、クビになったあと我々10人は、暗い非常階段の踊り場に横並びで正座して、大量のビニール袋をひたすらキレイに折りたたむ仕事をしていたことだ。鼻血を出したヤツを責めることもせず、たまに非常階段を駆け上がってくる本物の従業員たちの気の毒そうな視線を感じながら、僕らはほとんど私語もせずにビニール袋をたたみ続けた。キレイにたたむことがホテルにとってどういう仕事なのかなんて何もわからず、もちろん誰かに聞くこともせず、ただあの剣幕を思い出すとなるべく四隅をキレイに揃えた方が良さそうだということしか考えなかった。奇妙な一体感があった。ホテルから出た時の夕焼けはいつも以上にまぶしく感じた。
僕にとっての「中学校の良き思い出ベスト3」に、このビニール袋たたみの時間が入っている。

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