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東大大会の地図調査を語りたい

序文

こんにちは。東京大学3年の三井と申します。オリエンテーリングに出会ってまだ2年半ほどですが、会場やトレで話してくれる人たちやクラブの仲間、運営してくださる方々のおかげで毎日楽しく過ごしています。

 去年、アドベントカレンダーを楽しみにしながら年末を過ごしたのがつい先月のように感じますね。2023年も投稿時点で残り2週間と少しを数えるのみとなっていますが、皆さんにとって2023年はどんな一年だったでしょうか。僕にとっては関東学連の副幹事長を務めたり、地域クラブ(トータス)に入ったりとチャレンジの多い一年でした。しかし、最も印象に残っている挑戦はなんといっても第45回東大OLK大会@古峯ヶ原です。
 コロナによる縮小・中止、豚熱による直前の中止を経て、4年ぶりとなるフルスペックの大会を、コロナ世代の少ない人数で、古峯ヶ原(旧・足尾勝雲山)という電波も通らない山奥テレインで、700人をバス輸送して、ロング競技を全日本ランキング指定に足るクオリティで開催することには筆舌に尽くしがたい苦労がありました。

 大会ブログや大責執筆のアドベントカレンダー、裏アドベントカレンダーのバス輸送についての記事に苦労の数々が記されているため個別の言及は避けますが、とにかく大変だったという感想です。そのかわり、大会後多くの人に「いいテレインだったね」「当日色々大変だったのによく頑張ったね」、とねぎらいの言葉をいただいて嬉しかったです。

が、
大変だったのは当日だけじゃないんよ!!
ということを力説したいのでこの記事を書いています(豹変)

 理由はそれだけではありません。先日の早大OC大会で来年度の開催地発表を聞きました。長野県で新規テレインを描くとのこと。筑波も軽井沢で新規開拓して、長野新規テレイン2daysになるそうですね。奇遇なことに、なんと我々も次回大会に向けて長野県で新規テレインを開拓しています。合わせて3つの大会が長野県で新規テレインで開催されるということですね!
 テレインオタクの皆さんは衝撃の告知に歓喜しているのではないでしょうか。僕もテンション上がりすぎて危うく一人で菅生丘陵をリメイクしに行くところでした。その代わりに、行き場のない高揚感をこの記事にぶつけています。
 
 話を戻します。本Noteは『オリエンティア Advent Calendar 2023 12日目』の記事として寄稿させていただいております。
本記事では、東大OLKが大会開催に向け毎年夏・春・GWに行っている
「調査」について紹介いたします。
 
僕は第45回東大OLK大会のサブ調査責任者を務め、調査の進捗管理を一部担当したほか、自身も200時間ほど調査をしました。それでも調査は別に上手くありませんし、プロも見ている中でこの記事を上げるのは恐怖でしかないですが、他に特筆すべき実績もないので僭越ながらこのテーマで筆を執らせていただきます。
 この記事を読んでいる人の1割くらいはOLKの卒業生でこの「調査」を経験されていると思いますが、時代の流れを感じつつ読んでいただけるとありがたいです。また、我々は遠隔地でのテレイン作成を行うノウハウを保持している数少ないクラブだと思われるので、この記事が何かの役に立てば幸いです。また、現状の「調査」には問題点が山積みなのでこの記事を読んだ詳しい人にアドバイスをいただければと思います。
それでは、よろしくお願いいたします。

東大大会の調査事情

 初めに、前提として東大大会の地図調査がどのような動機で行われ、どのような制約に縛られているのかをご説明します。第44~46回大会の調査にしか関わったことがないため、抜けている視点や間違いがあるかもしれませんがご容赦ください。

伝統に則り、日本一の学生大会を開きたい

 モチベーションはこの一言に尽きると思います。サークルの何十年も続く伝統を守り、地図を作るところからでかい大会を運営するという行事は非常にやりがいのあるものです。2年間立て続けに中止になっていたこともあり、特に重役を引き受けた人達の情熱は凄まじいものでした。。。
 しかし、我々がいくら頑張ろうと最終的に大会のクオリティをジャッジするのは参加者で、参加者が大会で一番見ているのは地図とコースなわけです。ロング特有のルートチョイスや心技体の総合力を試す様々な課題を含んだコースと、そのコースを実現するのに十分な広さと可読性・正確さを備えた地図を作りたいという人々の意志が調査を実現しています。

資材責任者こだわりの歴代テレイン名入り看板

時間はあるが、お金がない

 我々学生クラブには、社会人主体の地域クラブにはない強みがあります。それは長い休みが一斉に訪れることです。夏春の2か月ずつの長期休暇とGWを贅沢に使うことで、延べ数十日間の調査合宿を行うことができます。

 対して、資金面は潤沢であるとは言えません。ロングを妥協なく組める広さの地図をプロに委託すると、いくら良心的な方々であるとはいえ単年で黒字を出すことは難しいでしょう。学生クラブ特有の構成員が数年で入れ替わるという構造上、数年に渡った大会開催計画は立てることはできませんし、そもそも赤字分を支払えるだけのキャッシュを持っていません。従って毎年収支ゼロでロングをやりたければ、自分たちで描くしかないわけです。しかも調査は大会全体の支出の半分近くを占めるため、必然的に最大の節約ポイントになります。つまり調査はQOLと節約のせめぎあいの場となるわけです。。。

人手はあるが、技術と装備がない

 幸いなことに我らが東大OLKは関東一円の大学からメンバーが集まっているクラブで、比較的人数が多いです。大会の役職は十数個ありますが、兼任をほとんど作ることなく埋めることができています。
 そして調査も10~20人が常時参加し、テレインの複数箇所で並行して調査を行うことでかなりのスピードで地図を埋めることができます。
(というのは過去の話で、足尾の調査はそうはいきませんでした。。。詳しくは後述します)
 しかし、そのほとんどは競技を始めてたった1~2年の初心者で、やっとひとりで森を回れるようになった程度のレベルです。上達が早い人でもせいぜいインカレエリートになれたかどうかで、まだまだオリエンテーリングが上手とは言えません。そんな人々が調査をして、もっともらしい地形や藪を描けるはずがありません。一応調査を始める前に二ツ塚で調査に必要な歩測・三角測量等の技術や調査板の書き方を習いますが、初めの数日間は山で一日中呆然とし、なんとか点状特徴物をいくつか拾って帰るという有様です。前年大会で調査をした上級生の力を借りながらなんとか進捗を生んでいきます。

 さらに、プロの調査に比べ圧倒的に劣っている装備があります。それはGPSです。現在自前で持っているGPSは2台しかありません。しかもそのうち1台は旧式でガタがきており、平気で20mとかズレます。他大から借りても3個しかなく、全員がGPSを持って調査をすることはできません。じゃあ調査できないじゃん!と思われるかもしれませんが、後述の方法で無理やり現在地を特定しています。

旧式のかわいいGPS。夜中に鳴き出すことがある。

 僕は触っていないので詳しくは知りませんが、OCADのバージョンが8という化石のようなライセンスを使っているため、作図した調査板の反映が非常にやりにくいそうです。噂によると、このライセンスと我々が同い年だとか……

隣接テレインがない(ことが多い)

 関東平野のど真ん中に位置する東大の周りにはびっくりするくらい山がないため、100㎞くらい移動した先でしかテレインを開拓できません。日光矢板や富士では既に開拓されているので、それ以外からテレインにできそうな場所を探しにいきます。日本の平均的な山はとんでもなくゴツいかゴミ藪に埋まっているので、オリエンテーリングができる場所は限られています。そのため、いい場所を見つけても周りにテレインが一つもないことが多々あります。参加者側からは未知の体験が期待されますが、運営する上では少々困ります。
 まず、渉外の基盤が無いことが大変です。役所にメールをしてオリエンテーリングのことを理解してもらうだけでも一苦労ですし、実績のない他所者(しかも社会的責任能力の薄そうな大学生!)が危なそうなことをやるらしいという認識を初めのうちは持たれています。一度大会が開かれていればお互いに勝手がわかるので、(前の大会がやらかしていないかぎり)円滑に進むのでしょうが。。
 調査の面では、他の地図を参考にできないというネックがあります。周りにテレインが無いということは、特徴物を地図に落とし込む際のお手本が無いということでもあります。「この水系は何で表現すればよいのか?」「この間隔の岩は岩石群で表すべきなのか、それとも岩石地? 間隔を誇張して2個の岩として描く?」といったことを自分たちの乏しい経験とISOMを基に考えなければいけません。

 前置き長すぎますね。次に、古峯ヶ原の調査がどんなスケジュールで進んでいたかを見てみましょう。

調査の年間スケジュール

 先ほども述べたように、大まかに分けて夏・春・GWの3回に分けて調査を行います。それぞれの調査合宿でタスクがおおまかに振られていて、GW調査終了までに地図が完成し、コースが確定するように組まれています。わかりやすいように図を作ってみました。

長期休み=調査漬けということです

 ご覧のように前年5月頃に開催予定地を下見し、夏季休暇に入って渉外が終わり次第「夏調査」が始まります。「春調査」は3月の調査が可能になった時期から4月に入るまでの期間で行われ、「GW調査」で仕上げ&コース確定といった流れです。各調査について詳しく見ていきます。図中の用語についても同時に説明します。

夏調査

 夏調査では大会で使用する範囲を確定させ、とにかく埋めることを目的に地図作製が進められます。初めに持っている地図は航空レーザー測量の5mメッシュをOCADで変換したものです。作図担当の機転により、今年は2.5m間隔で等高線を入れることになりました。これの何が嬉しいのかというと、5mでは表現し切れない地形が2.5mの等高線に描かれているため、上下の等高線を動かして表現したり補助コンを生やしたりする上で参考にできるんですね。
また、ISOMの主曲線の項を読んでみると
「地形をより良く表現することができるのであれば、等高線の標高をわずかにずらすことも許容される。この場合、等高線の移動は等高線間隔の25%を超えるべきでなく、隣接する特徴物との関係に十分な注意を払わねばならない」
と書いてあります。5mの等高線は2.5m間隔の等高線を越して動かすべきではないということです。調査に慣れてくると地形を見てコンタを自由自在に曲げたくなりますが、ISOMの訓えはオリエンティアにとってのクルアーンなので絶対です。我慢します。

ISOMを壁に貼り、一日5回礼拝しません
 

 地図にはもう一つ工夫がされています。それは「範囲割」と呼ばれる、テレインがおおまかに十数エリアに区切られていることです。各範囲には調査者の名前が付けられており、(一応自分の名前が付いた場所の一次調査をやるというということになっていますが)住所的な意味合いが大きいです。

範囲の広さは参加日数に比例している

地図中の「拠点」とあるのは路駐することができる場所で、調査者を下ろしたり回収したりする集合場所です。
 調査者は前日の夜に調査責任者から「×時出発のバンで拠点Nまで行って、〇〇範囲の(一次調査,二次調査 etc.)をやってね。帰りは△時に拠点Mね。」と伝えられます。調査者同士でテレイン内の場所について話すときも〇〇範囲のどこどこ、といった風に表現できるためわかりやすいです。調査の進捗は各範囲ごとにバラバラになることが多いですが、範囲割ごとに進捗情報を纏めることによって調査されないまま放置される場所が生まれないようになっています。調査板に貼る地図の印刷も、その日割り当てられた範囲が含まれるように印刷領域を置けばいいので楽になります。

範囲割を設けることでコミュニケーションコストを下げ、作業を単純化・並列化できるので便利ということですね。

 そうして出来た地図を持たせて、いきなり調査者達を山に解き放つと面倒なことになります。それは基準合わせができていないからです。
 何㎝までの岩を地図に取るか、どれくらいの濃さの藪を何色で表現するか等は人によってさまざまです。全員の感性に任せるとテレインと地図の対応に統一感がなくなり、競技に支障が出ます。延べ50人近くで描き上げることによって生じるブレは馬鹿にならないので、初めからある程度基準を設定し、調査者に周知する必要があります。
 例えば、古峯ヶ原の岩は他のテレインより大きいので四方から見て1m無い岩は基本的に地図に描かないことにしていました。(ISOMにも全方位から1mある岩を取るべきと書かれているが、実際は多くの地図でもっと小さい岩が描きこまれている)
 といっても最初の数日はほとんど進捗が生まれないので、あまり深刻な問題はありません。地図とISOMに詳しいオタクと競技強い人が相談して決めるといい塩梅になるでしょう。

 次に、基準合わせの横に書かれている「GPSテープ巻き」をご存じでしょうか。僕はOLKの調査以外でやっているのを聞いたことがないので、これが我々の調査を特徴づけているといっても過言ではないかもしれません。
 先ほど述べたように調査者数十人に対してGPSは3台しかありません。そのままではほとんどの人は自分の現在地が正確にわからない状態ですが、3台のGPSでなんとかします。
 まず、すずらんテープに異なる数字の書かれたラベルを張り付けたものを1000本くらい用意します(これを「GPSテープ」と呼んでいます)。次に、テレインの隅から隅まで、そこら中にGPSテープを巻き付けます。巻き付ける際に、その場所の座標をGPSで取得します。この座標にラベルの数字を付けたものを白図に印刷します。

こんな感じ。十字の中心にテープがある(はず)

 これで、現地のGPSテープの真横に立てば現在地が地図上の同じ番号の位置にいるということになります。(正確にはGPSの誤差分だけズレているので、考慮する必要があります) GPSテープは(理想的には)テレインのどこに立っても複数個見えるように巻かれているので、見えたGPSテープとの相対角度でテレイン内のすべての位置を特定できるということです。
 面倒だろ、と思う人が多いと思いますが、伝統的に行われているだけあって一定の合理性はあると思います。GPSテープがなければ、GPS本体を持っていない調査者はGPS情報無しで調査するか、さもなくば会館で寝てるかです。
 既に地形が表現された地図の修正程度ならまだしも、GPS無しで一から調査することは難しく正確さが犠牲になります。少なくとも足尾のような片斜面では通用しませんでした。一部のGPSテープが巻かれていないエリアを描いていて、後で再調査したら25mくらいズレた人特があって絶望しました。
 正直ここは改善の余地があると思うので、いつか調査のうまい人がもっと賢い方法を思いついてくれることを期待しています。

 GPSを巻き終わった範囲から一次調査を始めていきます。調査には、

  • 調査板+地図(1:5000)

  • 目盛り付きプレートコンパス

  • 0.3mmシャーペンと消しゴム

  • おにぎり2個+持参の食べ物

  • 雨具・防寒具

  • 熊鈴

を持って行きます。上3つは言わずもがな調査に使うものですね。GPSを持ってる人や調査板を複数持っている人がいたりしますが基本はこれだけです。調査者は事前に歩幅を計測しているため、歩数で距離を測ることができます。例えば道を端から端まで歩いてみて、100歩かかったとします。100mあたり66歩かかることが分かっていれば、道の長さが150mであることが分かります。1:5000の地図に描くので3㎝の線を引けばいいというわけです。(実際は毎回計算しなくていいように1歩=〇mmという対応表を調査板に貼っています)
 先ほど説明したGPSテープからの歩測や直進によって点状特徴物を地図に描きこんでいきます。線状特徴物も複数の点の繋がりとして描き、道などは適当になめらかな曲線にします。礫地や藪といった境界があいまいな特徴物も自分でどこかに線を引けば線状特徴物のように取ることができます。
 GPSの誤差分だけGPSテープの現地座標と地図上の印の位置がずれていることを忘れてはいけません。GPSテープどうしで相対位置が合わなかったり、地図上のレーザーの地形と現地があまりにも一致していない場合はそのテープを除外したり再計測したりする必要があります。特に沢底ではGPSの精度が落ちるため、GPSテープを使って特徴物を描く前に必ずそのテープの信頼性を考えます。 
 たまに誰かがイカGPSテープから特徴物を取り、その特徴物を起点に他の特徴物を取ることである範囲全体の特徴物がズレて描かれていることがありました。特徴物どうしの相対位置だけで描くと、どこかで地形との間に致命的な齟齬が生じることが多い印象でした。

 問題は等高線です。現地に存在しない線を引き、地形を適切に表現できるようにレーザーで機械的に引かれた線を動かし、かつ他の特徴物との相対位置が変わらないように描かなければなりません。この作業は等高線を見て現地をイメージできることはもちろん、現地の地形を正確さが損なわれない範囲でどう表現したら競技者にとってわかりやすいかを考えないといけないため、非常に難しいです。本当に無理。。。
 実際に描いてみるとプロマッパーへの尊敬の念が100倍になります。必要最小限の補助コンで重要な地形が表され、地形と特徴物の相対位置が合っているという「当たり前」がいかにすごいことか、身に染みてわかりました。

 我々にはそんな技能はないので、一つ一つの地形に長い時間をかけ、多人数で取り掛かることでそれっぽい等高線を描いていきます。一つの尾根を描くのに一日かかったり、ゆるい地形に補助コンを入れるのに半日かけ、納得いかなくて全部消したりしていました。ゴツい場所は地形の表現に使える等高線の本数が多いので書きやすいですが、単純に本数が多いので時間がかかります。緩い地形は等高線が少ない分表現が難しく、補助コンを入れたくなってしまうためやはり時間がかかります。つまりめちゃくちゃ時間がかかります
 しかも競技をする上では特徴物と等高線の相対関係が重要なので、等高線を描かないと特徴物を正確に取ることはできないことが多いです。また、オリエンテーリングが上手い人は地形を主体にナビゲーションを行っているので、間違った等高線を描くとすぐバレるので適当に描くのもよろしくないです。
 従って、一次調査の進捗は等高線を描ける人が何人いるかに左右されます。調査では、等高線を描ける人は酷使されがちです。Y君やS君といった体力のあるインカレエリートは必然的に休みなく山に入れるしかなく、申し訳なかったです。僕も休まず山に入りました。
 
 一通り地図が埋まってきたら競技責任者(=プランナー)がコースを組み、試走を行います。ここでおおまかな回しを決め、範囲に優先順位をつけます。ポストを置く範囲は重点的に調査を行い、通るだけの範囲やマップ端の範囲は後回しになります。夏の間に全範囲の一次調査が終わり、試走でMEWEの回しが決められれば御の字といったところでしょう。

春調査

 雪が耐えられるくらいに薄くなり、道路の冬季閉鎖が解かれるといよいよ春を感じます。春調査では、主に試走で決めた優先順位を基に二次調査を行い、競技に耐えるクオリティの地図に仕上げていきます。一次調査はとにかく現地にある特徴物を地図に乗せることを目的としているため、特徴物の位置や地形の表現がおかしい場所が多々あります。なるべく多くの人の眼でチェックしたいので、自分が一次調査をしていない範囲に入って修正調査を行います。
 実際の例を見てみましょう。

下から上に調査が進んでいます

 こうして比較するとわかりやすいと思います。中央の水系がある沢の等高線を見てみると、二次調査前の地図はレーザーの等高線が残っており違和感があります。また、左のピークの等高線は二次調査(中段➡上段)を経て細かい地形が描きこまれています。
 二次調査も一次調査と同様、等高線がネックになります。点状特徴物はGPSテープや他の特徴物から直進して当たらなければ間違っていることがわかりますが、等高線は現地に行って実物があるわけではないので簡単に直すことができません。調査者によって地形の捉え方は異なりますし、見ているうちにすべて間違っているような気すらしてきます。二次調査は無限に続けることができますが、そのうち誰かが直した地形を別の誰かが直すという編集合戦が起こり不毛になっていきます。調査から帰ってきて「このコンタ描いた奴オリエンなんもわかってへんわ~(煽」みたいなことを言ったら、そこを描いてたのが先輩で…といった悲劇が発生することを避けるためにもほどほどの所で切り上げるべきでした。
 
 さっきの図をよく見ると、春調査前からGW調査後(中段➡上段)までに特徴物が変化しているところがあります。例えば左端の炭焼き窯跡が消えていたり、右のピークにあった道が減っていたりしますね。岩や穴がいくつか消えていたり、水系の位置と表記が変わっていたりします。

 これらの変化は「大臣」という工程を経たことで生じています。この「大臣」もOLKの調査ならではだと思うので、ここで解説します。
 
 大臣とは、テレイン内の特徴物の基準を合わせる作業です。先述したように事前にある程度特徴物の取り方を擦り合わせて調査を進めますが、それでも調査者ごとにばらつきが生じるためテレイン内の同じ特徴物が同じ地図表記で表されているわけではありません。
 例えば崩れかかった炭焼き窯跡は、①炭焼き窯跡で取られている②穴で取られている③取られていない の3通りの表記がありました。このままでは、ある地点では描かれていない崩れ方の炭焼き窯跡が他の地点では炭焼き窯跡として取られているという状況に陥ります。
 藪はもっとわかりやすいです。同じ通行可能度の藪に対して異なる濃さの緑が割り振られていると競技に支障が出てしまいます。
 
 このような事態を避け特徴物間の整合性を保証するため、類似の特徴物を区別し基準を統一する「大臣」を任命します。
 例えば、「水系大臣」はテレイン内の水系の特徴物(ISOMで言えば300番代)をすべて見に行って、調査者たちが思い思いに取った水系特徴物を統一された基準に沿って振りなおしていきます。304と305の境界はこのくらいの幅、306と309の違いはこう、という感じで自分の中で基準を決めて現地の特徴物を見定めます。
 これが非常に辛い工程になります。足尾には水系が500本?くらいありますが、(競技で使う範囲は)全て見に行って統一していました。さらに厳しかったのは「岩大臣」で、テレイン内の岩と岩石群を全て見に行き、基準の高さ(1m)を満たしているかどうかを測定しました。

テレイン面積の1%分の地図がこちら

 誤って岩として描かれている岩を崖に修正し、岩石群を見たら岩や岩石地で描くべきかどうかを考え、岩でも204か205かを毎回判定していました。たった一人で春調査の間ずっと岩を眺め続けるなんて、想像しただけで気が狂いそうですね。足尾は白いテレインなので大した苦労ではありませんでしたが、藪大臣に任命されたらテレイン内の全ての藪を走り抜けて走行可能度を調べることになります。嫌すぎる。 
 足尾の調査では「岩大臣」「水系大臣」「礫地岩石地大臣」「崖大臣」「地形大臣」「道大臣」「藪大臣」「人特・炭焼き大臣」が生まれ、めでたく全ての特徴物が同じ基準のもと地図に収まりました。(多分)

調査の癒し、差し入れお菓子
手作りクッキーも届きました

 春調査では運営代の2年生に加え、来年の大会を運営する1年生も参加します。1年生のほとんどはオリエンテーリングに出会って間もないため、地図を描いてくることに期待するのは可哀想です。そこで、1年生には調査試走をお願いすることが多いです。調査試走とは、実際に使うコースの一部等を実際に通ってもらいながら地図に違和感がないかを探してもらうという作業です。明らかなイカがあれば報告してもらい、後日誰かが直しに行きます。また、実質オリエンテーリングなので1年生の競技力向上が期待されます。
 最後に試走を行います。ここではMEWEだけでなく21AクラスやFクラス等の試走も行い、コースを固めていきます。

GW調査

 GWの1週間程度の休みを使って最後の仕上げを行います。春調査で修正しきれなかったイカを直したり、大臣の残りを済ませたりします。
 藪だけは季節的に変化するので、なるべく本大会の6月に近いGW調査(もしくは夏調査)で行っています。
 GW調査は、コースを確定させるために最後の試走を行うことがメインです。大会で使う全てのコースについて試走を行い、地図が合っているかどうか、難易度や距離は適切か、出戻りがないかなどを確認します。
 試走が終わりコースが確定したら、最後の地図修正である「ポスト作図」を行います。ポスト位置の周辺の特徴物はアタックで用いられるため、特に精度が求められます。そのため、全ポストの周辺のアタックに使われそうな地形や特徴物を見て間違いがないかを確認します。もし相対位置がおかしければ多少歪めてでも修正します。OLKが調査したテレインはしばしば「練習会で使うとイカ」という評価を受けますが、大会のコースに地図を最適化しているためです。(よくない)

 皆様が当日走ったコースと地図はこのようにして作られています。限られたリソースの中で、少しでも走りやすい地図をつくるために時間と手間をかけていることがわかっていただけたかと思います。それでも変な地形は残っているし、走ってみて「あれ?」と思う場所はあったかと思います。すみません、これくらいが限界です。
 もう99%の方は脱落していると思いますが、もう少しだけ語らせてください…!

調査者の一日

 ここまでは年間のスケジュールを見てきました。続いては調査者がどのような一日を送っているのかをご紹介します。巷でOLKの調査がキツいという噂が流れているそうなので、皆さんで審議していただけたらと思います。

調査の時間割

 調査に関わる人には大きく分けて4つの属性があり、それぞれ動きが異なります。山に入るのは一番左の「調査者」のみで、「マッパー」は調査者が描いてきた地図をOCAD上に反映します。会館担当は主に下級生や、連日の調査で疲弊した調査者が割り当てられ調査中に泊まる場所、通称「会館」で過ごして食事の準備等を行います。ドライバーはバンを乗り回して人々を輸送する役です。この分業体制で毎日の調査を回しています。社会性昆虫っぽいですね

 マッパーはOCADを扱い、夕方に提出される調査板の清書を翌朝までに反映しきる都合上昼夜逆転生活を行うため1人ないし2人で固定されています。ドライバーが1人、会館担当が数人、他全員が調査者として山に入ることになります。会館担当は早起きして全員分の朝食と昼食のおにぎりを作ります。人数に対して炊飯能力が不足しており炊飯器を何周も回す必要があるため忙しいですが、その後は休憩できます。連続で調査に入るとだんだん疲れてくるため、数日に一回は会館担当に入れてあげることで限界を超えないようにします。昼の会館は静かで、昼寝にはうってつけです。(マッパーは昼夜逆転しているので普通に寝ています)

 調査者は7時起床で朝食を食べたら、すぐに支度をしてバンに飛び乗り山へ向かいます。昼食はおにぎりが2つ支給+差し入れの軽食で済ませ、15~16時頃に迎えが来るまで調査を進めます。
 ドライバーは調査者と一緒に山へ行き、調査者を下ろしたら買い出しや洗濯、途中参加の人を駅に拾いに行ったりと大忙しです。会館に戻ったと思ったらすぐに山へ調査者を迎えにいかないといけません。運転が上手い人は重宝されていました。

調査のシンボル・ハイエース

 調査者が山から帰ってくると会館はにぎやかさを取り戻します。調査者は調査板に描いてきた地図をトレーシングペーパーに写し、マッパーに提出します。マッパーは起きてきてペーパーを受け取り、パソコンに向かって反映を始めます。会館担当は夕食を作り、ドライバーは風呂輸送の前に休憩をとっています。この時間が調査で一番好きです。 
 会館にはお風呂がないことが多いので、バンに乗って順次銭湯に向かいます。体力の有り余っている人たちは走って銭湯に行く年もあるそう。全員戻ってきたら待ちに待った夕食です。かつては一食100円といった過酷な金額制限の元、白米のお替りも許されない厳しい食事メニューだったと聞いています。今は200円を超えてもよいという方針が取られがちであり、会館担当が腕によりをかけて振る舞う1日の最高潮となっています。
おかわりもいいぞ!

多分タコライス

 いただきますの前に、マッパーがISOMを読み上げる時間があります。ISOMを音読することで地図への理解が深まるからだそうですが、食事を前にした調査者の耳には届きません。
 
 夕食が済んだら思い思いの時間を過ごします。ISOMゲームで盛り上がったり、他愛のない話をしたりしているうちに眠たくなってきます。調査では体力を消費する分早く寝るので生活リズムが整います……
 
 といった感じで1日は過ぎていきます。初めの3日くらいはキツいですが、体が慣れてくるとそれなりに楽しいです。仲のいい同期と毎日合宿しているようなものですしね。なにより都会の喧騒から離れて毎日森の中で過ごせるのは心が洗われます。

調査の思い出

 ここまで、自分の経験を交えつつ引継ぎ資料や先輩から聞いたOLKの一般的な調査について紹介してまいりました。
 ここからは今回の話です。我々が経験した調査とは……

圧倒的人手不足

 足尾という超難・広大テレインを描くには余りにも人が足りませんでした
 原因は2つ挙げられます。ひとつはそもそもの人数が少ないことです。第41回大会@倉渕を描いた40期や、第39回@裾野を描いた38期に比べ、我々44期は半分~2/3程度の人数しかいません。さらに、43期は我々のさらに半分程度しか在籍していないという有様。これはひとえにコロナが猛威を振るった後遺症です。個々のモチベーションの高さや調査の参加率は健闘していましたが、この人数の少なさは如何ともし難かったです。
 この人数不足を埋め合わせるために調査日数が増加したことも1日当たりの人数の低下を招きました。例年は平日5日×3~4という日程の夏調査が、8月中旬から10月上旬までほとんどぶっ通しになったことで逆に都合が合わなくなる人が続出していました。(僕は暇だったので中盤からずっと足尾に閉じ込められていました。)

 もう一つはクマが出ることです。このテレインには普通にクマが出没します。爪跡や糞が見つかることは珍しくなく、調査中に遠くからクマを見たり鳴き声を聞いたりしたことも何回かあります。

こんな木がいっぱいある

 さすがに調査者を危険にさらすわけにはいかないので、基本的にペア行動をとるようにしていました。定期的に話しかけたりすることでクマにこちらを認識して避けてもらうことを期待しており、万一襲われたときにもう1人が助けを呼べるようにという意味合いもありました。
 幸いにしてクマに襲われたり威嚇されたりといった危ない目に遭うことはありませんでしたが、この対応によって調査効率が大幅に低下しました。二人一組で行動する以上、単純計算で効率は半分になります。
 さらに、新規範囲(中央の林道の北側)を描けるようになったのは9月に入ってからであったことも相まって、とんでもない進捗の遅延が生じていました。
 人数不足はどうしようもないため、今いる人を酷使するしかありません。特に奇数になってしまうと余った1人が浮いてしまうためなんとか調査者を捻出する努力がなされます。
 「調査者の一日」の章で4つの属性があると説明しましたが、このうち会館担当とドライバーは早々に統合されました。会館は昼間寝ているだけなので、ドライバーができるということです。さらに、9月の後半になり東大以外の大学の夏季休暇が終わり始めると事態はさらに悪化していきます。調査者が5人しかいないといった事態が頻繁に起こるようになります。ペアルールを適用すれば4人、気合いで1人捻出すれば6人になります。生まれる進捗は1.5倍です。依然として進捗は芳しくなく、このままでは新規範囲で満足にコースが組めない気がしてきます。旧範囲も依然としてイカだらけです。
 こうなるともはやなりふり構っていられません。ドライバー兼会館は調査者を山に送った後、自らも調査へ向かうようになります。ドライバー兼会館兼調査者です。さらに、無駄に体力のあるマッパーが「俺も調査に行く」と言い出したためマッパーと調査者の区別も曖昧になっていきました。。。

 会館が消えると休むことができなくなるので、連日山に入ることになります。僕が人割を決めている以上、自分が休むと申し訳ないため8日連続で山に入った時がありましたが、山に入ってその日の範囲まで辿りついた後、岩の上で寝てしまいました。クマに襲われる恐怖を眠気が上回りました。
 
 今ではいい思い出ですが、同期には無理をさせてしまって申し訳なかったなと思います。一部ノリノリな人も居て怖かったです

 ちなみに、春調査では後輩の45期がペアとして入ってくれるようになったためこの人手不足は緩和され、たまに休めるようになりました。

恵まれた会館

 唯一めぐまれていたのは、泊まっていた会館が素晴らしかったことです。民家を貸し出していただいた上に、冷蔵庫と洗濯機も使わせていただき、お風呂も貸していただけました。限界調査で命を落とさなかったのはこの会館のおかげです。
 会館のうち、たたみが敷いてあって暖房が効く部屋が1つだけありました。例年は全員が外気温と等しい場所で寝ることが多いそうなので、これでも天と地の差です。会館で寝る際は持参した寝袋とマットを使うのですが、たたみがあって暖房もあるとなると、もはや体力が回復します。調査においてこれは偉業といえます。

ただし人口密度は異常

林道の復旧と事故

 それは調査最終日のこと。なんと調査者は3人まで減っていましたが、せっかく会館とバンを借りているのだからということで山へ向かいました。前日には大雨が降っており、路面には折れた枝や落ち葉が積もっています。バンで林道に踏み込むと、20mはあろうかという木が折れて道をふさいでいました。

終わった…

 一同(3人)は顔を見合わせ、帰るかどうか一瞬悩みましたが進捗が悪すぎるのでそうも言ってられません。なんとかしてどかしにかかります。折れた木の枝が画面左外のガードレールに引っかかっており、岩で打ち付けて枝を折ったり、3人で持ち上げて少しずつずらしたりしました。頭脳系のS君が指示を出し、僕ともう1人が頑張って動かすという役割が確立し、1時間ほどかかったところでついに、、、

笑顔が零れる

 何百キロもあろうかという木を退かすことに成功しました。思わずハイタッチして、記念撮影もしました。この木は今でも道路脇に転がっているので、足尾に来るときは是非見てもらえたらと思います。
 (なお、この写真を撮っている最中に後ろからチェーンソーを持った地元の方がやってきて我々が道具も使わず退けたのを見て困惑されていました。)
 
 やっとこさ調査を始めますが、ここで急にお腹が痛くなってしまいました。やばい!と咄嗟にバンに飛び乗り、近くのトイレがある場所へ向かいました。

古峯ヶ原の天狗・水系で飛んでるトンボ・オリエンカラーが盛り込まれている

 ブログでも取り上げられていますが、この大会マスコット「こぶしおくん」が怪我をしている場所は調査のハイエースが事故って損傷した場所と対応しています。トイレに行こうとしてバンを走らせた僕は、愚かにも駐車でブレーキとアクセルを踏み間違えました。足尾は電波が通じないので、片目のつぶれたバンで山の下まで降りて警察に通報し、現場検証のために山の上まで戻りました。市街地から警察の方が来ましたが、山奥すぎて1時間半かかりました。駐車場の所有者と警察の方、そしてせっかく木を退けてまで調査をしに行ったのに台無しにした2人に謝り倒し、そそくさと足尾の地を去りました。。。。

以降安全運転になりました

 幸いバンの車体へのダメージは小さく、自走可能だったので東京のレンタカー屋に返却することができました。→のウインカーが高速点灯するようになったため、手信号で帰ったそうです。
 大事にならずに済んだためネタにされていますが、ぶつけた対象や速度によっては大変なことになっていたということでいたく反省しました。助手席に人を乗せるべきでした。初心者が運転するということ、バンの独特の操作感などを踏まえると保険はすべてが免責されるものを選ぶに越したことはありません。 
 ちなみに大会当日にもバンが一台路肩を踏み外しており、競技時間中にJAFがテレイン内で救助作業を行うという間抜けを起こしています。くれぐれも運転には気を付けましょう。

哀愁が漂う

おわりに

 読みにくい長文を書いてしまってすみません。オリエンティアが読みたいものを書くはずが、僕が語りたいことを書いただけになってしまいました。途中からマニュアル書いてるみたいになって疲れました笑
ちょうどミドルセレの直前に書き始めたので、これ書いててセレ落ちしたら一生後悔すると思いましたが、無事通過できてよかったです。あと、石原君の技術論が素晴らしくて自分何ふざけた記事書いとるんやろ……となりました。同じ理学部生物学科なのに……

 ここまで飛ばしたほとんどの人に伝えたいことは、調査は時に大変だったけど、楽しかったよということです。オリエンテーリングも心なしか上達した気がします。
 (以下ミセレ後追記)この調査を乗り越えた同期たちがミドルセレに10人通過したことから、「調査をすればオリエンテーリングがうまくなる」という誘い文句はあながち間違いではないかもしれませんね。調査はいいぞ!
本当は少人数でやった方が色々コスパがいいことにうすうす気づいていますが、調査をやることには単に地図を完成させる以上の意義があると思います。レンタカーで乗り合わせるだけではわからない同期の「底」が見える場でもあり、個人的には信頼が増しました。
 今年の夏は上級生として八千穂の調査に行きましたが、やっぱりきつかったです。でもそれ以上にとても楽しかったです。ガッツリ競技情報なので次の大会の調査に関しては触れられませんでしたが、鋭意進行中とだけお伝えします。一つ下の後輩たちは我々以上に立派に大会を動かしています。
来年の6月9日、『第46回東大OLK大会@長野県佐久穂町』をお楽しみに!

 




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