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短編小説『夢』25

品定めをするように獣が直哉を見下ろす。直哉は獣の瞳を覗き込んだ。今はもう、その瞳に菊は映っていなかった。
獣の鼻息に顔を背けたくなるが、目を逸らすのは危険だと脳が本能を通じて警告する。直哉自身も横を向いた瞬間、首筋をガブリと食いちぎられる気がしてならなかった。
首筋から背筋にかけてゾクゾクと寒気がし、更に直哉の身体を震わせた。
直哉は長く、静かな呼吸を繰り返した。少しずつ体の震えが収まっていくが、恐怖心が抜けた訳ではない。

獣の体長はおよそ3メートルはあり、長い尾は2メートルはあった。
その大きさに圧倒されつつも、取り乱す事はなかった。
何故なら何もして来ないどころか、明らかに人のような優しい眼差しで直哉を見ているのだ。
すると、やはり偶然ズボンに爪が引っかかった訳ではなく、獣が救ってくれたと思う方が自然な気がしていた。

直哉の身体の震えは完全に収まっていた。それだけ何もされる事がなく、ただただ時間ばかりが経過していた事を表している。
直哉は思った。やはり谷底へと落下しそうになった直哉を、目の前の獣が救ってくれた事は紛れもない事実だと。ただ何故?

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