見出し画像

社会人2年目 

社会人2年目が終わろうとしている。
信じられない、というのも、辛くてしんどくてどうやっても抜け出せない生活なのに、へばらずここまで来たことが。一瞬でも気を抜いたら潰れそうな日々を、ただ必死に目の前のことをこなして生きてきた。毎月忙しさは更新されて、病む暇もないくらいいっぱいいっぱいな毎日だ。この1年で潰れてく人を何人も見た。明日は我が身だと思った。自分より遥かにメンタルも強くて元気な人が病むのを見るのは本当に辛かったし、忙しなく周りの環境は変わり人も変わり、忙しさでそんな悲しみも遠い記憶になっていく。いつしか、生き残る、という小さい執念みたいなものも生まれた。

この1年は、仕事を引き継いで自分のスタイルを見つけることに精一杯だった。担当者が異なれば
思想もやり方も全て違う世界がそこにある。何も知らない自分がポン、っと入り込んで意志を落とし込んでいく。掛け違っていたボタンを1から全部外して掛け直していく壮大な作業。
1年かかった、いや1年じゃ足りないのかもしれない。絶対に上手くいかないと思っていたことが上手くいったり、最初から苦手意識を持っていたらずっと苦手ままで好きにはなれなかったり、大喧嘩してぶつかり合ったら上手く行ったり、結局嫌われて後ろ指さされたり、サンドバッグになったり、いや本当にとんでもなく大変な役割で毎日何が起こるか分からない運命だな、としみじみ思う。全てこの身一つで受け止められる訳がないのだ。立場も見える世界も違う。それでも絆をつくろうと自分なりに相手の気持ちを想像して、探り合って、ぶつかってきた1年だった。泣いた。泣いた泣いた泣いた。伝えたいことが伝えきれなくて伝わらなくて言い返せなくてもどかしくて大体言葉を間違って失敗してどんだけ泣いたんだろう。確実に人間力が磨かれている気がする。これまでの人生では極力人との衝突や面倒ごとを避けてきたので、こんなに真剣に人と向き合っている自分が不思議になるくらいだ。自分の出来なかったことをやる日々。22歳までの自分にかけてきた呪いを解く修行。人の目を気にする、人の言葉を引きずる、中立でいたい、迷惑かけたくない、逃げる、そういう感情を全部全部刺激してくるような日々。好きなことを仕事になんてまったく出来てない。ただ辛い。でもこの過程が無かったらきっと10年後20年後も同じ悩みを抱えている気がするから、ちょっとでも苦労を買おうと思っている。時々、変えなきゃいけないと使命感に駆られることがある。別に自分がやる必要はなくて、自分がそこに居続ける必要もなくて、でもやる、みたいな衝動。発見。

メンタルごみな自分が何度でも前を向けるのは周りで支えてくれている人たちのおかげだ。沢山勇気と優しさをもらっている。ありがたい。本当に感謝しきれない。周りの人がいなかったら今頃野垂れ死んでいたはず。

いつか、自分がこの場所を離れるときに、
一瞬でも関わってくれた人たちにありがとうと
思えるように、何事も肥やしにしていきたい。
晴れ晴れとした気持ちで、やりきった涙流したい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?