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10年前⋯

春に親父を発見して、
検死には長い日数を要した。
葬儀はGWの前後だっただろうか?
その間には、色んな人間模様を垣間見た。

オヤジが帰ってこない⋯

 12月の10日だっただろうか?
会社から再三に渡っての医師診断書提出の催促があり、
そんな診断書を会社に提出した日だったので、
何故か?記憶に残っている。
あの日、会社からの帰り道で、実家にトイレを借りに寄った。
炬燵で寝る親父に声を掛けずに実家を後にした。
家に帰り、夕飯の晩酌を済ませて寛いでいた夜9時ごろ⋯
電話が鳴り響いた。
「親父がこの時間になっても帰ってこない」
兄からのそんな電話だった。
それまでは、夜8時頃には家に帰ってきていた。
それなのに、帰ってきてない。

子供携帯で位置を確認すると

携帯電話は充電もせずに、家にほっぽり出されてる。
だから兄は、いつも使う車の中に、キッズ携帯を入れて、
もしもに備えていた。
そんな電話の位置情報では?
それまでは、車から離れてその近くの民家の人たちに⋯
「お巡りさんに知らない人が歩いてるよ」と警察に保護されてる頃
そんな携帯電話の位置情報と、保護していただいてないか?の確認に警察へ⋯

もう夜も遅いですし

二次遭難の危険のある夜なので、地域の交番巡査が車があるのは確認しました。
でも本人の所在が確認できない。
でも時間も遅いので、捜索は明日の朝から始めます。という内容でした。

次の日から始まる

 翌日、警察に行き、今の状況や捜索の規模等をお聞きして、
山中に車を放置するのも、気が引けるので、引揚に向かった。
足回りのヘタったFF車🚙、場所は、営林用の古い林道だ。
道の彼方此方が、水の流れでエグれてる。
山師さんの軽トラ🛻も4WDでなければ上がれないだろうなそんな林道。
当時乗ってたジムニーでも通るルートを間違えると亀になりそうな溝の深さ。
そんな場所なのに、車高の低いFFな乗用車で、よく上がれたもんだ!
途中は道の崩落で、道幅が半分になってる場所も多い。
降ろせる今のうちに、車を降ろした方が良いですね。と警察の方とも話し合い、
深い溝にハマっている車を牽引ロープで引出し、安全な三叉路まで降ろした。
それからは、警察の捜索に参加させていただいた。
営林用林道で、民家に近い三叉路が広くなっているので、そこに車を置く形で、
その日から山に入って捜索する形。
警察と非番の消防と地域の消防団の協力で、山狩です。
車発見場所を中心として、360°。
谷を降る隊、山を登る隊、林道を登る隊、林道を降る隊。
私達家族は、二次遭難が怖いので、危険の無い林道沿いしか許可していただけませんでしたが、林道から双眼鏡を覗きながら、行ったり来たり探しました。

山から降りていたら、必ず地域住民の目に留まる地域

 その山では、不思議な事に、過去にも多くの人が遭難してるんだそうです。
多くの人が道に迷い、警察にも保護されているとお聞きしました。
親父が入山した反対側の入山口は、公園がありその上には滝があるので、
自然遊歩道になっている。
その山の頂上付近には、山を越えて隣町まで続く峠道がある。
滅多に車は通らないから除雪は入らない道だけど、雪の無い時期は、
車の通る道であるし、抜け道としても、知る人ぞ知る旧街道です。

 トレイルコースにもなってるので、観光地図にも載ってるだろう。
観光客も歩く自然遊歩道、地元の人が毎日歩く滝のある散歩道。
その遊歩道と交差する準生活道路な旧街道。
その山の反対側にある営林用の林道で、台風の影響から道路が半分崩落してたりするから、車止めが至る所にあり、二輪車でも通れない林道。
そんな場所だから、上の旧街道まで上がった時には、散歩している反対側の地域
の方ともよくお会いすることがありました。
そんな方の話の中でも、未だ10名以上見つかってないというお話がありました。

80を過ぎた高齢者ではこれ以上先へは歩けない

 年齢的に高齢者で身体が不自由ならば、三叉路までも歩けないと思われます。
という警察の見解の元、そこまでの山が重点的に捜索された。
当然その先も捜索はしてくれてはいましたが、林道沿いから見渡す形で山狩まで
はされなかった様子。
でも発見したのは、これ以上先には歩けないですよ!と言われた、林道脇の斜面

林道からは見れない場所

 その発見場所は、林道からどんなに覗き込んでも見えない場所でした。
斜面も急で、転げ落ちるか?滑り落ちないと降りれないような斜面の下
丁度林道の林が開けて、林道下の沢(小川)のある綺麗に下草の刈られた植林が、
見渡せる場所です。そこは、見晴らしがいいので、まさか地形が抉れている!
なんて思いもよらない場所でした。以前絵で描いて説明した気もします(汗)
まあ今思うと、盲点ですよね(汗)
熊笹も無く見晴らしがよく、その谷間の様子が全て見て取れる場所だったことで
その谷に降りて探す必要が無いと誰もが思う所です。陽が指せば、陽射しが谷に
差し込む場所でした。

本当に明るいその場所の、大きな岩にもたれかかり休んでました。
倒れてる、という感じではなく、休んでいる。というコトバで表せそうでした。

その冬は寒かった

 時は冬です。関西とはいえ実家のある地域では、冬場は雪が多く積もり町でも除雪車が行き交うくらいは、積雪のある地域です。
でもその年の冬は、町には積もらず、山も中腹までしか白く色付いてなかったようです。お陰様で、正月休みも山に入って捜索しておりました。
雪が降っても膝上くらいな積雪で、氷点下まで下がった気温でしたので、雪の上を歩けるくらいでしたでしょうか?
 猟師さんが鹿撃ちで入山されてたようで、犬の鳴き声も山に響いてましたが、
そんな山を熊鈴鳴らして歩いてたので、猟師さんには迷惑だったでしょうね。
帰らない日から、4ヶ月間その山を歩いてましたので、この谷を登れば、林道
のどこに行きつくのか?が解る程でした。
今のGoogleMapでは、地図としても写真としても、その林道が表示されていま
せんでしたが、当時のGoogleMap上で、ある程度林道の位置が表示出来てました。国土地理院の地形図や航空写真から、沢や尾根から地図を作ったりして、
ここの谷は探した、ここがまだかな?と山歩きをしてました。
 当時はまだ携帯電話を各キャリア(au、docomo、SB)と持ってたので、全部のキャリアが圏外となる谷や山陰とかを確認して、キャリアへの圏外通知等改善要求の発信とかもしてましたね。

平均気温が氷点下が多かった

 春には、実家の消防団や隣保の方々の協力の元、捜索隊が組まれて捜索に!
そんな捜索予定日の少し前には山が真っ白になる程雪が降っていた。
みんなが安全に登ることが出来るのか?を確認するためにも、毎日登っていた。
積雪50cmくらい、でも春な3月も半ばなので、低山の雪解けは速かった。
 捜索の日には雪も溶け、晴れて道も乾燥してました。なので最悪な山狩は避けられました。
消防団の方々は、山狩にも慣れてる体力もある、ということで、一定間隔を開けてのしらみ潰しに斜面を捜索です。
警察がここまで!と言っていた谷をしらみ潰しに探しても、やっぱり骨すら見つけられなかった。だから昼からは範囲を広げようということで、その先へ消防団の皆さんが捜索を続けてくれました。

発見!

 そんな中、電話で「発見しました」と入電がありました。
発見してくれたのは、消防団の皆さんです。警察が現場検証の為現地にくるまで
消防団の以外の方には下山していただきました。現場に向かう途中ですれ違う方
からは、まだ皮膚が残ってるので、顔も確認出来ますから、早く発見できて良か
ったですね!と声を掛けていただけました。斜面を滑り落ちる様に下まで落ちると、その横に親父が岩にもたれかかり寝てました。靴は履いてませんでした。
 色々と不思議なことが徐々に分かってきます。
警察の現場検証が進み、靴が無いこと、財布はあるけれども、車のカギが無いこと、靴を履いてないのに靴下がキレイなこと、外傷がないから転落ではないこと
など、いろいろと不思議なことがありました。その日に警察から検死のために遺体を移送します。検死が終われば、遺体引き取りの連絡をします。とのことで、兄弟で警察署に行きました。

検死(検視)に掛かった時間

遺体で発見したから検視ではなくて、検死です。法律上では、遺体で発見されても検視という表現な様ですね。(ココからは検死ではなく、検視と書きますね)
 死亡原因を探るために、遺体は検視に出たのですが、検視を担当する病院が遠く離れた個人病院でした。座位でMRIが撮れる機材のある整形外科医での検視で、通常業務の終わった後の作業になるので、時間が掛かります。という説明でした。
 検視に出てる間家族は、検視が終わったという連絡を待つしか無いです。
その電話が鳴るのを待つしか手がなかったです。
遺体を発見して検視に出てから1週間もすれば、葬儀日程はいつになるのか?という問合せの連絡が至る所から舞い込んできます。皆様葬儀となると仕事を休まなければいけないのです。だから気が気じゃないですよね。家族としても、遺体が帰ってこない限りは、何も次に進めません。表面上遺体の損傷は無かったので、発見時には気がつけなかったのですが、皮膚の下の腐食はかなり進んでおり、
メスで開いても死因が特定できない状況で、その為に画像検査での死因検証に時
間を要したそうです。
3月16日に発見して検視に出て、引取りの連絡を受け直ぐその日に向かったのが、GWの頃だったと思います。
検視を担当した個人病院まで、死因や時間を要した原因等の説明や死亡したと予想できる日などを聞き、地元警察署に遺体を受取に向かいました。遺体は葬儀社に引取り依頼をして、そのまま火葬場に移送していただきました。お寺の住職さんを迎えにいく者と、役所に死亡届を出して火葬許可証をいただきにいく者に別れて、火葬場で落ち合う形です。遺体の損傷が激しいので、葬儀前に火葬で骨とした方が良いだろうと警察と住職や葬儀社との話合で決めました。発見時に親父の顔を見た人たちの話を聞いた人の多くは、葬儀で最後の別れがしたかったのに!と言ってくれましたが、小春日和の温かい季節では、とても火葬前に葬儀会場には⋯。

遺体袋では⋯

 警察の検視に出ていたので、遺体は遺体袋に入れられています。新型コロナ感染症で亡くなった方も、同じ様に死体袋に入れられたままで火葬されて骨になりますね。
 火葬場で火葬する時に遺体袋に入った状態で火葬されますと、遺体袋のビニール臭が遺骨に移ります。かなり強烈な臭いが遺骨に染み込んでいますので、納骨まで自宅で保管すると、ビニールの焦げた臭いが堪らなかったですね。白檀の焼香を使って、朝から夕方まで、窓を全開にして臭いを誤魔化そうとしましたが、
とてもそれくらいで臭いが消えるものではなかったと思います。コロナ感染症で他界された方の遺族も、同じ臭いの思い出があると思います。

人でも動物でも同じ

 山に入ってた頃には、動物の骨をかなり多く見つけました。
コレは猿かな?たぬきかな?コレは大きいなぁ。小さいなぁ。とか頭蓋骨もよく転がってましたね。生き物の骨は、靭帯とか筋肉で関節で骨が繋がっています。
動物が死んで、肉が腐敗して骨と骨をつなぐ靭帯が切れると、骨は四方八方に飛び散るんだそうです。登山で滑落したり遭難したりした時、発見出来なかった多くの人は、骨で発見するのも困難なのは、滑落場所から四方八方に骨が散らばってしまっているからなんですね。だからこそ、そうなる前に発見する為に、GPSやビーコンの発信機を登山者の皆さんは、身に付けられています。

行方不明の捜索届けを出してから

 警察に行方不明の届けを出してから、色んな情報がを教えていただきましたね。
 50Kmほど離れた場所を車で走ってるのを見たよ。とか、海辺の農道を走ってたよ。とか、毎日母の介護施設に、3回は面会に来られてましたよ!とか。
それまでには、そんなことを出会っても話してはくれなかった方や介護施設の職員さんからも、知らなかった事実を色々と話していただきました。
 毎日、家事をこなし、母の介護施設に面会に行って、その帰りに買い物をして家に帰ってきていました。だからそんな日課をこなしている。としか家族は知りません。そんな中でごく稀に山に入り車が動かなくなり里まで歩いて降りて、
駐在さんに保護される。ことがある。くらいのこと。
毎日夜には家に帰っていたので、日中にココドコ?と彷徨っていたなんて、事実
を、家族は知りませんでした。介護施設に面会を毎日何度も繰り返してたって、夜には自宅に帰っていれば、問題じゃない。施設職員の方も問題視してないでしょうね。毎日日課の散歩をして、先祖の墓の前で墓に向かって話し込んでたと言ってくれた方も、配偶者の墓に毎日通ってる方でした。

散歩が徘徊と呼ばれる日

 若い頃から日課として散歩をされてる方は多いですね。
そんな散歩が、その方が認知症と診断されていると知れた途端に、徘徊しているという表現に変わるんです。
『認知症の診断が周囲に知られた時に散歩が徘徊に変わります』
アルツハイマー病と診断されて、ココドコ?と場所の見当識に障害のある人でも、このルートから外れたら、自宅に帰る自信が無いです。だからどんなことがあっても、ルートを外れない様に散歩をしています。という方の話も聴きます。
前頭側頭型認知症の方も、いつも同じ時間に周回コースを散歩され、この時間ならこの辺りを歩いてられますよ!と施設関係者の方が仰ることもありますね。
意外と本人に自覚があったりします。ただ、アルツハイマー病の場所の見当識の症状が、常時あるわけではないんですね。正常な時と異常な時があるんです。見当識に障害が出た時は、例え自宅の前ですら、ココドコ?とわからないのではないでしょうか?学生の頃から毎日通学してきた道でも、ココドコ?とわからなくなるんですからね。
私もココドコ?という体験は何度か?味わっています。幸いなことに家まで帰ってこれてますから、今がありますけどね。

私が体験して今でも不思議に思うのが、
通い慣れた実家への道、高校の時には毎日カブで走ってた道です。
そんな道で突然!全く見たこともない風景に気がついたんですよね。
《えっ!?ココどこなの?》
今でもそう感じた風景を覚えてますよ。
ココでこの風景で、“初めて見る景色”と感じたんだ!という記憶が残ってます。
その時は、全く知らない道を走り続けていると、そのうちに見当識が元に戻り通い慣れた道の景色としての認知機能が回復しました。

 スマホの地図APPでは、現在地を教えてくれますよね。車のナビと同じで、目的地を設定しておくと、到着までの道案内もしてくれますよね。

ココドコ?と感じた時に、そんな地図が見れない環境だと、めちゃくちゃ不安になります。意図せずに現在地が確認できない状況が不安になる時ですね。

トヨタイムズの記事

2024年9月20日付で、トヨタイムズにこんな記事があります
TOYOTA自動車 先進プロジェクト推進部で働く、山田浩史 主幹が主体となって開発した『ツギココ』というシステムです。
「認知症の方の外出は不安」と思っている人は必読。
当事者が語る真実と前例なきデバイス開発


今このアイテムが発売される日を心待ちにしている人は多いですよね。

私も今後山田さんとお会いしたりリモートで繋がることがあれば、いろいろと聞いてみたいことがいっぱいできました。

楽しみですね(笑顔)


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