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スナックやじろべえ物語 3

<ママと同じ髪>

ママ!!
客、来ません!
「んな事言ってもねぇ」
ホントに儲けとか考えてるのかなぁ…
「ねえ、兄さんは恋話出来るの?」
おぉ…
暇すぎかっ!めっちゃディープな話題突っ込んで来たな
「私の恋話と言えばこれしか無いんですよね。」
と、思いつつ

ママに話してみようかな。 

~~~~~~~~~~~~~

どうやらオレは恋をしてしまったらしい…。

オレはこの小さな田舎町で親から譲り受けた不動産業を営んでいた。
従業員は経理のお袋と、そのお袋の友人のパートさんのみ。まぁこの2人、仕事はそっちのけで肝心な時しか働かない。それでもアパート収入やら駐車場収入やらの不動産収入で生活には困らないくらいの金はある。
遊ぶ金はあるが遊ぶ場所は無い。
そんな田舎町だ。
なので預金は膨らんでる。
この歳まで付き合ってた人が居なかった訳ではないが、現実は上手く行かない。
近付いてくる女性は御多分に洩れずオレの不動産収入狙いだ。もうホトホト嫌気がさして女性に対して嫌悪感すら感じる。
そんなオレがどうやら…。

ここら辺の地理には詳しく、飲食店などはほぼ把握していたが、前々から気にしていただけで、なかなか暖簾をくぐれない小料理屋がある。
駅前の繁華街風の飲食店が並ぶ場所から少し離れた所にあるが、看板も無く開店していれば暖簾がかかっているだけだ。
引き戸の扉は曇りガラスで中の様子は伺えないが確かに気になる店ではあった。
その夜オレは地域の飲み会に参加し、しょーもない愚痴を聞かされ、まるでウチのお袋とパートさんかよ?と思える程の聞きたくもない噂話を延々と聞かされ、本来なら酒好きなオレがリタイアするなどと言うのは珍しいが、場の空気が耐えられなくなって退席したのだった。
今夜は絶対飲み直しだ、そう心に決めて店を後にした。
そんなオレが行く所はその気になるお店しかない。
少し距離はあったが愚痴と噂話で腐りかけた頭を冷やすべく、少し風を感じながら歩く事にした。
頭の中の汚れた諸々が晴れてきた頃、その暖簾とぼんやり光る灯りが見えた。
良かった、やってる。
もう躊躇する事もなく扉を開け、暖簾に手を掛ける。
「いらっしゃいませ」
1人の女性が優しく迎えてくれた。
女将だろうか?ま、そんな事はどうでも良かった。
オレの耳から入って頭に蠢くこの曇りを取り除いてくれ、ただそれだけだ。
カウンターしかないこじんまりとした店内、オレは声の主に導かれカウンターの真ん中に座る。
「いらっしゃいませ、初めまして?ですね、女将の楓でございます。」
「はい、はじめまして」
「何になさいます?」
「熱燗で」
「かしこまりました」
なるほど女将さんの名前か。
このお店は"小料理屋かえで"と言う。
女将は小鉢を手に取り里芋の煮物をオレに手渡した。
「お通しです。」
「ありがとう」
いい感じに湯気が上がる里芋を一口サイズにし、はふはふと頬張る。
実にいい味付けだ。
「美味しいです。ここは長いんですか?」
「はい、と言っても5年程ですけど。」
「もっと早くに来てれば良かったな」
オレは少しお世辞の意味も込めて言った。
が、確かに良い店だ。気に入った。
メニューは黒板に手書きで書いてある。
それだけらしい。心のこもった丁寧な字だ。
女将の気分で作るのだろう。
程よく温まった徳利を傾ける。
さっきの罵詈雑言が嘘の様に掻き消されて行くのがわかった。
静かに流れる時間を感じる。
音も無く風景画にもなりそうな、そんな中で旨い酒を呑む。ご機嫌だ。
「お客さん、ちょっといいですか?」
女将が何やら申し訳なさそうに言った。
「子供にご飯を…」
と言って奥へ声を掛けた。
声の方から来た子供、年の頃は小学三年生くらいだろうか。可愛らしい女の子がペコリとオレに頭を下げ、カウンターの1番奥の席に座った。
女将の子供らしき女の子はどことなく元気が無さそうだったが、美味しそうに女将の出したおかずと白米を口いっぱい頬張っていた。
こんなアットホームな雰囲気もいいもんだな。
などと勝手に解釈し、女の子の大きく膨らんだほっぺを見て微笑ましく思う。
追加の熱燗も飲み干して、いい具合にほろ酔いだ。それくらいで退散した方がいい。そう思って女将に勘定を告げる。
「ありがとうございました、またお越し下さい」
「また来ますよ」
間違いなくオレはまた来るであろう。
いや、また来ようと心に決めていた。

そう、オレは店の雰囲気と言うより、女将の雰囲気に呑まれてしまった。
だから店にまた来る、と言うより女将にまた会いに来る、と言う方が正しいのだ。

その後オレは毎週のようにかえでに足を運ぶ。
女将に逢うためだ。
小綺麗で背丈は小さ目、少しふっくらとして和服が似合う。髪の毛は黒髪を団子にして束ねている。笑顔はとても明るく、見ているこちらが元気になる。
そんな女将がいる店だ、もちろん他の男性客も同じように思っている事だろう。
常連さんらしき方も見えるが、そんな事は御構い無しだ。
オレは少しでも女将の笑顔が見たい一心で足しげく通う。
ま、通う事になれば色々なシーンにお目にかかる訳だが、タチの悪い客もいる。
時にはぐでんぐでんになった酔客を連れて帰った事も、セクハラ紛いな事をする客を止める為にニセ警官になった事もある。
そんな時間を重ねつつオレは女将との距離を縮める事に専念した。

ある時オレは意を決して想いを伝えてみる事にした。所詮は女将と客だ。言うなればオレは女将の仕事相手であろう。
だが、このままではその仕事相手以上にはならないのだ。玉砕覚悟で他の客が居ないのを見計らって言ってみた。
「女将さんは彼とか居ないの?」
「居ませんよ〜」
「知ってるけどな」
「いじわるですね」
「作る気は?」
「良い人がいたら…」
「オレ立候補したいな」
「え?」
「だからさぁ…察しろよ」
「気持ちは嬉しいです」
「そっかぁ…脈なしかぁ」
「脈ありですよ」
「え?お?マジ?」
オレがカウンターの下で小さくガッツポーズをしてたのは女将は知らないだろう。
「もうお客さんも来ないんで暖簾下ろして来ますね」
「とりあえず勘定してよ」
「はい」
今日の分のお勘定を済ませ、箸を置く。
「ここからは私のプライベートね」
と言って自分用の箸とお猪口を持って来て、オレの隣に座る。
「一緒にいいかな?」
「あ、あぁ…」
オレの飲みかけの徳利から女将のお猪口に酒を注ぐ。
少し戸惑ってるオレがいた。
別れた旦那さんの事、子供の事、このお店の事、自分の将来の夢とか色々話した。
また少し距離が縮まった気がした。
純粋に嬉しかった。
あぁ、これが恋なのかなあ。
この心地良い時間はとても速く流れた。
「子供見てくる」
と言って女将、いや、楓さんは奥へ消えた。
「ごめんなさい、子供が少し熱っぽくて」
「あ、いけないね、大丈夫かな?」
「少し様子見てる」
「うん、じゃこの辺でオレは」
「今夜はありがとう、嬉しかった」
楓さんのその言葉にオレは舞い上がった。
オレは実際の不動産業と言う職業を隠している。悪い事だとは思うがコレも過去の経験から来る防衛本能だろう。
「LINE交換してもらっていいかな?」
「あ、はい、お願いします」
2人で携帯を取り出して振った。
フルフルしながら2人で笑った。
「またLINEするよ」
「待ってます」
オレは楓さんに見送られ店を後にした。
すっかりご機嫌になって部屋に着くなりオレはLINEを開き
「今夜はありがとう、娘さんの具合はどうですか?」
と送ってみた。
すぐ既読になり返事があった。
「こちらこそ今夜はありがとうございました。娘の心配もしてくださってありがとう。まだ熱はあるけど良く寝てるからこのまま様子見るね。」
「大事にしてよ」
とだけ送ってオレはシャワーを浴びた。

オレは毎日LINEをする。
もちろん他愛ない話しだ。
だが彼女は誠実に対応して返信をくれる。
遅くなってもオレの”?”には必ず答えてくれる。
なんて律儀なんだろうと感心する。
が、オレが好きなのは彼女のそう言う所だ。
その後オレは彼女をデートに誘ってみた。
「子供がいるのでなかなか出掛けられないんです」
まぁそーだわな。
「子供と一緒にでも良いですか?」
オレは少し悩んだが、了解する事にした。
のんびり遊園地でも行こう、子供も喜ぶだろうし。

デートの日になり待ち合わせ場所に現れた2人は眩しかった。
そこに現れた楓さんはいつもの上で束ねた髪を下ろして綺麗なロングヘアをオレに見せてくれた。
「こんなに髪、長かったんだね」
「どお?」
と少し彼女は、はにかんで言った。
「ママの髪の毛キレイでしょ?」
手を繋いでいた子供が誇らしげに言う。
「キレイだね」
と言うと子供はとても嬉しそうに微笑んだ。
いつもの女将から普通のママの顔だ。
3人で観覧車に乗ったり、ゴーカートに乗ったり、ティーカップにも乗った。
子供はとても喜んでいた。
もちろんオレもだ。
こんなの何年振りだろう。
この時間がいつまでも続くと良いなと心から思った。
帰りにはファミリーレストランへ行き、3人で食事をした。見た目は普通の家族に見えるだろうか。彼女の笑顔は今日は特に輝いてる。
子供も可愛い。普通に幸せだなと実感した。
帰り間際にオレは聞いた。
「オレ、楓さんの彼にしてくれない?」
「うん」
この幸せがこのまま続くとオレは疑ってはいなかったが…

幸せな彼と彼女の関係になってある日、こんなLINEが届いた。
「会って話したい事があるの」
なんだろう…。
待ち合わせた喫茶店に行く。
少し早かったので先に珈琲を。
入り口のドアが開いてオレは少々戸惑った。あの綺麗な黒髪がバッサリ切られてショートヘアになった彼女だ。
「え?どうしたの?」
「何も聞かずに別れて欲しいの」
「そんな唐突に…何があったの?」
「引っ越すわ」
「え?」
「今はただ、そっとしておいて欲しいの」
「…」

彼女を責める事も出来ない。
それが彼女の出した答えなら。
「落ち着いたら連絡くれよ」
オレはその言葉を出すのが精一杯だった。
彼女は黙って頷き、目にはいっぱいの涙を浮かべながら微笑んだ。これも彼女の精一杯の返事だろう。
オレの恋も終わった。

失恋の傷も癒えたかと思った数ヶ月後、彼女から一通の封書が届く。

「ご無沙汰しております。この度、最愛なる娘が旅立ちました。あなたと遊んだ遊園地、あなたと食べたファミレスのご飯、娘はとても大切な思い出として私に話してくれました。
どうしようもない病に果敢に挑んでいた娘を、私は誇りに思います。
若くして髪の毛を失い、私の髪の毛で作ったウィッグを大事にしてくれました。
『ママと同じ髪だね』
と言って微笑んでくれた彼女の笑顔を忘れません」

同封されていた写真には
病床で仲睦まじく2人で写る親子の写真だ。
彼女の髪の毛はショートで、娘の髪の毛はウィッグだと思われたが、綺麗なロングだっだ。
「綺麗だよ」
そう心で呟いたオレはもうその写真を直視出来ない程、涙が溢れていた。

翌日オレは献血センターに出向き骨髄バンクにドナー登録した。

~~~~~~~~~~~~

こうして私は忘れる事のない恋の記憶を淡々と話した。

「ね、ママ、つまんない話でしょ?これが数少ないオレの恋話ですよ…」

思い出すだけで目頭が熱くなるのを堪えてチラッとママに目をやると




「(( _ _ ))..zzzZZ」
「寝とんのかっっっ!!!」

こんな話はひっそり心に秘めておくべきだが、すっかりママに乗せられてしまったのだった。

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この話はフィクションです
しかも、これは以前のアカウントで書いたモノなので新作ではありません。
楽天の方にも載せてあるので2重投稿してます。
自己満足作なのでお許しくださいませ。