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やじろべえ物語11


今夜もママは遅目の店入りだ。

いつもの店のBGMはシックなJAZZにしてるが、ちょっと別の選曲もしてみるか。
邦楽とか…ポチっとな。


〜別に君を求めてないけど 横にいられると思い出す
君のドルチェ&ガッバーナの その香水のせいだよ

別に君をまた好きになるくらい君は素敵な人だよ
でもまた同じことの繰り返しって
僕がフラれるんだ

またこの歌か…

「兄さんおはよ」

「あ、ママ、おはようございます」

「あら兄さん今夜は珍しくJPOPの選曲なの?」

「あー別に意識したわけではないんですけど、ちょっと浮気心ってやつですかねぇ」

「また瑛人の”香水”ね」

「最近この曲、めっちゃ聴きますね。あちこちでかかってて。人気なんですねぇ」

「だよね、実はもう聴き飽きて来たww」
「同じくww」
ママと笑いながら普段から気になっていた事を聞いてみた。

「ママはお気に入りの香水なんてあるんですか?
いつも良い匂いしますよね」

「そぉ?って兄さん匂いフェチ??笑笑」

この歌詞この曲、
誰もがハッとさせられる記憶があって、その思いを巡らせてしまうんだろう。誰もが持っていると思う香りの記憶。

ググる先生によれば、この香りの記憶の事をプルースト効果と言うらしい。

フランスの作家マルセル・プルーストの『失われた時を求めて』という小説の中で、主人公がマドレーヌを紅茶に浸した際、その香りで幼少時代を思い出す場面があり、その描写が元になっているということである。

私の香りの記憶ももちろんある。
田舎の囲炉裏で炭が燃える香り、季節ごとの山々の緑の香り、ヒノキの香り、もちろんみたらし団子を焼く香りや、五平餅の味噌の香り。
そんな香りを感じると、幼少の頃の記憶が鮮明に蘇ってくる。
私の母方の田舎はメジャーな観光地なのだが、やっぱりそこでの暮らしの中での香りの記憶が今でも鮮明だ。
いつもその田舎へ行くと落ち着くし安らぐのだ。
ホントにマイナスイオンいっぱいの空気、その中に漂う様々な香りと記憶。
それは私にとってなくてはならない大切な宝物である。

音楽もしかり。
彼女と聴いたあの日のあの曲。
一緒に「良いね」って話したり、
彼女が「ライブに行って来たよ、凄く良かった〜」
なんて話してくれた事。
彼女の葬儀で流れてた彼女の好きなサザンのTSUNAMI
きっと今は聴けない。
この曲はもう記憶と言うか、涙腺に直結されてしまっている。
彼女の好きな香水も…
ふと誰かとすれ違った時、フッと感じる彼女と同じ香りに振り返り、
ついつい有りもしない姿を探してみたり。
いちいち思い出しては懐かしむ記憶。
帰っては来ない大切な記憶をフトした瞬間に思い出す香り、音、風景。
まさしく失われた時を求めてしまっている。

それは失ってから初めて分かる事で、普段何気に感じる香り、生活の中にある音、景色はきっと全てが大切な記憶となるのであろう。
五感を研ぎ澄ます必要は感じないが、今の一瞬を愉しむ、そして人間として生かしてもらっている事を感じたい。

そしていつまでも忘れずに大切な記憶と結び付けられていたいと願うばかりである。

ママが思い出したように言った。
「そういえば作務衣さんの付けてる香水はELIZABETH ARDENのグリーンティーって言ってたよね」

「あ、覚えてます。あちらの蝶さんには好評みたいですね~
見ました?もう首筋にキスマークいっぱいの写真」

「ねぇ~モテモテ男だよね。香水のせいだけじゃないと思うけどねぇ。
ところで兄さんは香水使ってるの?ほのかに香る気がするんだけど」

「あ、オレも使ってますよ。ただこう言う仕事させてもらってますから、
プンプン強い香りになるとお客様が不快になるといけないので少しだけにしてますけど…わかっちゃいました?BVLGARI使ってます。
この香水、実は廃番になってしまったらしくて…もう今手に入るだけしか無いそうなんですよ…んでこれ使い終わったらどうしようかと悩んでます。
後発品はあるそうなんですが、随分香りが変わってしまって…」

「そうなんだ、残念ねぇ」
「ママの何かオススメとかあったら教えて下さいよ~」
「うん、兄さんはジンでもつけてみたら?きっとお似合いよww」
「毎日浴びてもいいっすか?」
「ダメ」

「...」