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やじろべえ物語8

この騒動でココやじろべえも控え目だ。
大っぴらに営業してると、自粛警官?とやらが圧を掛けてくる事もあるそうな。
なんだこの自粛警官とか。
面倒なヤツだ…

と言う事でやじろべえは看板も出さず、ひっそりと営業している。もちろん常連さんはそれを知っているので顔ぶれは変わらん。
知る人ぞ知るやじろべえなのだ。
だが、それで良い。それが良いのだ。

常連さんの中には変わった方もお見えになる。
特殊な仕事をされてる方や、素性の分からない方、どなたもオレから見たら魅力的な方ばかりである。
その中でもオレが興味をそそられる方は、なんでも大学の先生で宇宙工学の研究をされてるそうな。
実に興味深い話をされるので、ついついのめり込んでしまう。
ある日その方がチラッとこぼした言葉に耳を疑った。

「長年宇宙工学の研究をして来ましたけどね、見付けてしまったんですよ。光より高速で動く方法を…」

「え?なにそれ凄い」
オレは思わず口に出してしまった。

「コレね、光より速いですからあなた達が見てる情報が認識される前に動けるんですよ。ですからコレ応用したら時間旅行って言うんですかね?タイムマシンみたいな。そんなのが作れそうですよ。」

「ゆ、夢の様な話じゃないですか…」

「そうですねぇ、ま、実際出来るが分かりませんけど…」
その先生はそう言って美味しそうにグラスの酒を嗜んだ。

玉川 Time Machine 1712--------
江戸時代の製法で造った酒。
超甘口ながら、吟醸タイプとくらべて3倍の酸、5~7倍のアミノ酸の魔法で、濃厚な甘さがすっと切れて残らない。
食前酒にも最適な、日本酒版デザートワイン。
アイスクリームにかけると、笑ってしまうほど美味しい。かと思えばブルーチーズ、フォアグラ、さらに丹後名物・鯖の糠漬け「へしこ」とも驚きの相性のよさ。
江戸時代の酒蔵の風景を描いたTime Machine1712のラベルには、顔が玉川ロゴのロボットが蔵人として紛れ込んでいます。
-------玉川酒造のサイトより抜粋引用------
タイムマシン…なんて名前のお酒って有るのかな?
と思ってググってみたら有りましたでござる。
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それからしばらくしたある日、先生はやって来た。
とてもやつれた姿になり、目はほぼ寝ている。明らかに睡眠不足だ。
「いらっしゃいませ」
「こんばんは、少し寝不足ですが、ちょっとした達成感で心地良いんですよ。
少しお酒を頂いて今夜はゆっくり寝ようかと思いましてね。」
「達成感?ですか?もしかしてついに?」
「成功しましたよ」
「それはおめでとうございます」
「えぇ、ありがとう
けど、ここだけの話にしておいてくださいね。」
「もちろんです
こう言う仕事してますから、お客様の事は全て秘密です。」
「それなら安心です」
「実際、時間旅行はしてみたんですか?」
「はい、過去も未来も見て来ました。」
「それは凄いですね」
「未来へ行けるなんて夢のようですね。私は過去へ行ってみたいですが…」
「ほぅなぜ過去に?」
「あの日に帰れるならあの人を失う事も防げたのかも…と」
「何かを失ったのですか?」
「はい、オレにとって大切な人でした。」
「戻ってみますか?」
「出来るなら」
「良いですよ、ただ内密に…これだけは約束して下さい。」
「分かりました」
オレは一抹の不安を覚えつつ、彼の寝不足の目の奥に映る鋭い光に淡い期待をした。

後日
オレは先生の研究室に呼ばれた。
そこはオレが見た事の無い光景が広がっており、所謂研究室とは思えないリラックス感溢れる空間であった。
まぁ確かに、ビーカーや試験管、等は必要がないか。そんな事を考えながら案内されるがまま研究室を進んだ。
そもそも実際タイムマシンなど、どんな形であろうともオレにはどうでも良かった。
ドラえもんの引き出しだろうが、ドクのデロリアンだろうが、エンタープライズの転送装置だろうが、だ。

しばらくオレがあちこちを眺めていたら、先生はオレに珈琲を持って来てくれた。
まぁ落ち着けよ、と言う意味だろう。
心地良い珈琲の香りに包まれ、この空間を改めて見てみると機械好きなオレには案外落ち着くもんだ。ハンダの溶ける匂いとかも好きだ。
オレが珈琲を飲み終える頃、先生は隣の部屋からヒョイと顔だけ出して手招きした。
まるで招き猫の様にヒョイヒョイと。
案外お茶目な先生である。
その部屋には明らかに機械造りの大きな球体が鎮座していた。

「これ…ですか…」

オレは目を丸くして先生の方を見た。
先生は無言でその球体の操作パネルを触っていた。
先生の操作によってその球体はすぐに真ん中から縦にパックリ割れて内部があらわになった。
おぉーガンダムのコクピットよりスッキリしてる
正直な感想だ。
その中にはショッピングセンターに置いてある様な無重量なんちゃらマッサージチェア風な椅子があり卵の中に更に卵、みたいな感じである。

「ささ、座りたまえ」

オレは先生に促されドッカリと腰を落とした。

「で、いつに戻りたい?」

「あの日、ですね
正確にはあの人が体調不良を訴えだした2019年12月27日へお願いします
そこへ行けたらあの人に『医者へ行ってちゃんと調べて貰え』と言いたいのです。」

「なるほど。だが、それはリスクがあるぞ
過去へ行って過去を変える事になれば、あなたがここへ帰って来た時、あなたの周りは大きく変わっておるかもしれん。
あなたの家族も今の環境も一変するかもしれんがそれでも良いか?」

それはオレにとって、いや時間旅行をする事の大きなリスクである。
一瞬オレはためらったが、それを承知で行ってみる事にした。

「お願いします」

「こいつに乗って時間旅行をすると、行った先ではこの装置は見えない様になる。なのであなたはそのスマホでちゃんとこの装置の位置を確認してから降りるのだぞ。後はスマホで指示通り操作すれば今の時間の5分後に戻れるようになってる。それからあなたの持ってるスマホは使えないので電源は切っておいた方がいい。
同じ番号が2つになると面倒な事になるから。」
ずいぶん大雑把な説明ではあったが、もう既に説明など、どうでも良かった。
オレは
「分かりました」
と即答した。

先生は機械から離れると縦に割れた扉がゆっくり閉まり、
間髪入れずに何事も無く再びスゥーっと空いた。
何かの誤作動かな?とも思ったがスマホの時計は2019年になってる。
時間を旅するってこんなに瞬間なの?
とか実感の湧かぬ感想を感じたままその球体の装置から出ると確かに見た目には見えない様になっていた。
扉が閉じたら完全に消えてしまう。

さて…ココはどこだろうか

オレはこの時間のこの場所に置かれて一体どうしたらいいか考え込んでしまった。今更である。
オレの目的はあの日、頭痛を訴えて来た大切なあの人に一言精密検査を受けろと伝えたかった。
だがそれは…
確かに大切な人を失う事は防げるかも知れない。それはオレにとっては望む事ではある。
亡くした人の大切さを痛感して、涙に暮れて、後悔して、悔しくて悔しくて塞ぎ込む毎日を過ごさず済むからだ。
が、しかし…
それは余りにも自分本意であろう。
が、残された家族も普段と変わらぬ生活を過ごす事が出来る。
その反面、オレが帰るはずの未来を変えてしまう事になる。それはその後のオレ、その後の家族、全てが取消されてしまうという事に他ならない。
その後の新しい出会い、新しい気持ち、環境、全てだ。
それが良い方向に進むとも限らない。更なる苦痛があるかも知れない。それをオレは受け入れる事が出来るだろうか…
そう思うと今ここでオレがやろうとしてる事は正しい事なのか?自分本意の行動で未来が変わってしまう事、それは決して、してはいけない事なのでは無いだろうか…
ここで一目あの人に会う事も叶うかも知れない。だがそれをしてどうなる?この先亡くなると分かっていて冷静になってあの人に会えるだろうか…。
そう自問自答を繰り返してただ時間だけが過ぎた。

そしてオレは決断した。
スマホを取り出しそこにあるであろう装置の扉を開け、再び乗り込みゆっくりシートに座った。その動きは今までになくスローだった気がする。
考えあぐねた結果、オレはその場を去る事にした。
そう、何もせずにそのまま。

この場でオレが1つの行動を起こす事により、未来が変わってしまう。それはオレが過去を否定する事になりそれを受け入れていない事。過去を受け入れ無い事で未来が変わる、それは今現在を否定する事になる。今を否定する事、それは自分を認めていない、認められないと言う矛盾になる。
今の自分を否定するのか?
オレは今の自分を認められない人間か?
そう思うと自分が情け無く感じる。
いつまでも悲しみに暮れる自分が。
今の自分を認めろ、そして受け入れろと。
その過去があっての今が有ると。
辛い事、悲しい事、嬉しい事、全てがその人の人生で無くてはならない今を形成した経験で有ると。
それは自分の人生のステップで、その一段一段が無くては踏み外してしまっては、今が無くなるのである。

そう思った今、オレはこのまま帰った方がいいのでは無いかと…そう判断した。

そして装置に入り、すぐに開いた扉の前に先生がいた。確かに出掛けた時間の5分後を表示していた。

「いかがでしたか?」

先生は興味深げに尋ねてきた。

「私は何も出来ませんでした。」

先生は大きく頷き

「それで良いのです」

と言ってくれた。

「時間旅行と言うモノは、それぞれの時間の必然です。それを変えてしまっては今を否定する事になります。
どんな事があっても過去を変えてはいけません。1つの過去を操作する事は自分の未来、強いては自分の存在すら消し去ってしまうかも知れないのです。
それに気が付いてくれて、私は正直ホッとしています。
あなたの行動次第で、もしかしたら私の安らぎであるやじろべえさえ無かったかも知れません。
過去を操作すると言う事、それは絶対してはいけない事です。
私はあなたがそれに気が付いてくれると信じてこの装置を使ってもらったのです。

過去も未来も、決して操作されてはいけないのです。
それぞれの時間旅行、生まれてからの人生の経験はリセットも上書きも消去も…
してはいけないし、されてもいけない。
それは自分の積み重ねた階段であってそれは一つ一つが自分を形成してる経験であると。
楽しかった経験、辛かった経験、それが自分の未来へ向けての階段なんだと。
例え一つを踏み外しても、その下の段があれば、その一段に救われるでしょう。
積み重ねた階段を消す事は決してしない様に。
過去を操作してしまうと、その一段を消してしまう事になります。
過去の経験はそこにあるだけで宝物になるのです。
未来はわかりません。このタイムマシンで見る事が出来ても、それは今のあなたの行動次第で変わるかも知れない。
そして過去は変えられないのです。

なので、この今の時間を
この1秒を大切にしなければいけません。

私はそれをあなたが理解してくれた事、それだけでこの装置を作った意味を見出せたのです。
タイムマシンとは、人類が手掛けるモノでは有りません。
下手をすると…

いえ、これ以上は私にもわかりませんね。」

そう言って先生は微笑んだ。

オレはその夜、ママに事の一部始終を話した。

「えぇーー
兄さん!なんで私を誘ってくれなかったの!!
私だったら、何度もあの日へ帰ってアノイチモツを堪能したのに…」

「あ、そっちね」
ママは天井を見上げてニヤニヤしておる。
「けど、ママ、考えてみてくださいよ。
ママとP様との行為を見ているママが居て、そのまた次のママが来て、
その次、その次…。
鏡に鏡を映しているような状態になってしまいませんか?」
ママはそれを聞いて我に返ったのかこっちを見た。

「その光景、地獄絵図みたいですよ…ね」
「確かに…」
オレとママは思わず大声で笑いあった。
腹痛くなるまで笑った。